割に合わない原稿

10月19日(月)

今日は、職場が一斉停電のため、お休みである。職場からメールが来ないというだけでも、気が楽である。

先週金曜日締切の、短い原稿を、今日のうちに仕上げておかなくてはいけない。それでなくとも、今週半ばに第二弾の原稿の締切、週明けには第三弾の締切が待っているのだ。

ごくごく短い原稿で、分量にすると1200字程度の文字数だと思うのだが、これがなかなか書けず、1日がかりの仕事である。

なるべく自分の個性を押し殺して、正確な記述につとめなければならない。さまざまな制約の中で書かなければならないこともあり、そのために今までなかなかやる気が出なかったのだが、ともかく今日のうちに書いてしまって出版社に出さないと、面倒なことになる。

夕方、なんとか書き終えて、図版候補も何点か入れて出版社に送ったのだが、すぐに出版社から返信が来た。

「たいへん申し訳ないんですけども、図版候補のうち、1点の写真については、使用料が法外に高くて、金銭的な事情で掲載するわけにはいきません。別の写真に差し替えていただけませんでしょうか」

聞いてみると、たしかに法外な使用料である。しかし以前にも自分の原稿に使用したことがあったと思ったが、そのときは出版社から何も言われなかったぞ。約15年前と今とでは、事情が違っているのだろうか。だとすれば、世知辛い世の中になったものである。

そんなに法外な使用料を取ったら、だれもその写真を使いたがらなくなり、かえって観光などで人が呼べなくなるぞ、と思うのだが、まあそれでも、写真の使用料から上がる利益のほうを大事にしたいということなのだろう。まったく、何が世界共有の財産なのか。

あわてて、まったく別の写真候補に差し替えて再送した。

とにかく、使いたい写真も使えないし、1200字の文章を書くにも1日がかりだし、原稿料などいつ入ってくるかわからないし、人目につく可能性はほとんどないし、まったく、割に合わない原稿である。最近はそんな原稿ばかり書いている。

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よい読書

現在開催中のイベント用のTwitterの件だが、管理人さんたちがえらく盛り上がっていて、どんどんエスカレートしていくような気がして、ちょっと怖くなってきた。

僕も、ツイート文をこれまで何度かアップさせてもらったのだが、だんだん面倒くさくなってきたので、ここらで引こうかと思っているところである。

『文藝春秋』2020年11月号の巻頭随筆に掲載された芸人の光浦靖子さんのエッセイ「留学の話」が、ネットで評判になっていて、僕も読んでみたのだが、とてもよい文章だった。

一つのことを追い、極めることが世間では素晴らしいとされています。でも私にはできそうもない。じゃ、どうする? 深さじゃなく、広く浅く、数で勝負するのは? 「逃げ」と「新しい挑戦」の線引きなんて曖昧なもんだ。」

「外国生まれの日本人の友達がいます。彼女は10代で日本に戻って来た時、虐められたそうです。「違う」と。でも彼女は「世界はここだけじゃない」ということを知っていたから、虐めを乗り越えられたそうです。仕事も友人も住む場所も、「世界はここだけじゃない」を知ったら、どれだけ強くなれるんだろう。私はそれを知りたいのです。英語から逃げた分岐点に戻って、もう一つの人生も回収したいんです。」

このあたりがグッときたので、心覚えに引用しておく。

「上から目線」の書き方かもしれないけれど、よい文章に出会った時は、「この人は、きっと『よい読書』をしてきたんだろうなあ」と思うことにしている。光浦さんが本好きなのは有名だが、たんなる本好きではなく、「よい読書」をしてきた人なのだ。ほかの芸人さんでいうと、バービーさんのエッセイを読んだ時も、同じ感想を抱いたことがある。

反対に、「うーむ。この人は、読書に恵まれなかったか、読書嫌いだったのだろうなあ」と思ってしまう文章に出会うこともある。人間は、歳を重ねるごとに自然と文章が上手くなるというわけではなく、それまでにどれだけ「よい読書」をしてきたかが、文章の深みを左右するのではないのだろうか、と思うようになってきた。

リンカーン大統領が、「男は40を過ぎたら自分の顔に責任を持て」みたいなことを言ったとか言わなかったとか。「男は40過ぎたら」の部分はともかく、それまでの生き方が顔に出る、というのであれば、それまでの生き方が文章に表れる、ということもまた、真実なのではないだろうか。

光浦さんのエッセイを読んで、いまの業界における自分の立ち位置、みたいなことについて、少し考えてしまった。

光浦さんが自分について感じているのと同じように、僕自身もまた、一つのものを極めたという人間でもなければ、一芸に秀でている人間というわけではない。どちらかというと、かなりブレブレの人間だし、この業界でなんとなくやり過ごしてきた人間である。

この業界には、まったくブレない人がいて、そういう人は、自分のやるべきことが決まっているから、それにもとづいた仕事を量産してしている。僕はそういう人を、とてもうらやましく思っている、というより、かなり嫉妬している。僕には、「ブレない」ことが窮屈で仕方がない。

「ブレブレで何が悪い」と開き直っているのだが、たぶん光浦さんが書いているように、「新しい挑戦」といいながら、実際には逃げているだけなのかもしれない。

ただまあ、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしているおかげで、「世界はここだけじゃない」という感覚を、漠然とだが持つことができた。

同じ業界の人から、酒に酔った勢いで僕がいかにダメかを延々と説教されたことが、何度かある。そのときはひどく落ち込んで、いまでもそいつらに対して根に持っていたりするのだが、それでもいまは、「俺はそんなところで勝負していない」という自負がある。「おまえらの考えている世界なんて、その程度のものさ」と。ま、負け惜しみなんだけどね。

まだ、「負け惜しみ」といっている時点で、勝ち負けにこだわっている自分がいるのだが、やがては、そんなことすらどーでもよくなるような境地に達したい。

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音声収録

10月15日(木)

病院に定期診察。

診察は半日がかりなので、ふだんなら職場に行かないのだが、この日は、夕方に仕事が入った。

数日前、いまうちの職場で開催しているイベントの代表者の同僚が、

「木曜日の夕方、空いてますか?」

「木曜日ですか…。病院に行くんですけど、夕方ならば職場に行けないことはありません」

「イベントで、音声ガイドが必要なんじゃないかと盛り上がってしまいまして、急遽音声ガイドの収録をおこなおうかと」

「音声ガイドですか?」

ああいうのって、プロに頼むんじゃないの?南部広美さんとか、堀井美佳アナウンサーとか。…ま、僕の好きな語り手だけど。

「お願いします」

「わかりました」

ということで、音声ガイドの収録を急遽することになったのである。もちろん、原稿は自分で作り、自分で読むことになる。

診察をする病院というのは、自宅と職場の中間あたりにあるので、診察が終わったらそのまま職場に向かうことができる。ま、かなり体力的にはつらいのだが。

診察が2時過ぎに終わり、これならばなんとか夕方に間に合うだろうと、車で職場に向かった。

すると、途中でイベントの代表者の同僚から連絡が来た。

「ごめんなさい、間違えてました。音声ガイドの収録は、今日の夕方ではなくて、明日の夕方です!!」

ええええぇぇぇぇっ!!!もうだいぶ来ちゃったよ!!

仕方なく自宅へ引き返したのであった。

10月16日(金)

今日も朝から忙しい。

午前10時から会議があるのだが、会議でスムーズに承認されるための対策のため、9時前に出勤して打ち合わせ。なんとか会議では原案通り承認されて一安心。

午後からも打ち合わせが一つあり、その合間にも書類作成など。あっという間に夕方になった。

夕方から、いよいよ音声ガイドの収録である。

イベント会場で収録した方が臨場感がある、という同僚の提案で、会場でおこなうことになった。

ふつう、音声ガイドって、一人が全部をナレーションすると思うのだが、担当者が、自分の担当のところに音声ガイドをつける、ということらしい。これって、聴いてる人からしたら、どうなのだろう?煩わしく感じたりしないだろうか?と思ったが、まあそれで進めるというのだから仕方がない。

あらかじめ原稿を作成してきたのだが、問題は、どんなトーンで喋るか、である。

考えたあげく、「大竹発見伝 ~ザ・ゴールデンヒストリー~」風で喋ろうということに決めた。ま、わかる人だけがわかればよろしい。

音声ガイドは、いずれネットで公開されるようである。はたして、僕の語りが「大竹発見伝 ~ザ・ゴールデンヒストリー~」風になっているかどうか、乞うご期待!

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イヤイヤ期にもほどがある

最近は仕事があまりに忙しいうえに、精神的にもストレスのたまることばかり起こる。朝早く家を出て、夜に帰るころには、2歳半になる娘はもう眠りにつく時間。娘とのコミュニケーションがほとんどとれない。

疲れ果てて帰って来て、娘に近づこうとすると、

「あっちへ行って!」

と言われる。娘は、母親にだっこしてもらいたいらしく、私がだっこしようとすると、泣き叫んで全力で拒否するのである。

「パパのこと嫌いなの?」

「うん」

「顔も見たくないの?」

「顔も見たくない」

「いない方がいいの?」

「いない方がいい」

まあね、ここまで言われてしまうとね、仕事で凹んでいる身が、さらに凹んでしまう。

2歳半のときにこんなことを言われているくらいだから、思春期になったらどんなことを言われるのだろう?想像するだけで恐ろしくなる。

まったく、なんのために生きているのか、わからなくなってきた。

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客として職場へ

10月11日(日)

家族親族に、いま職場で開催中のイベントを見てもらおうと日程を調整したら、10月11日(日)しか予定の合う日がなかったので、急遽、家族親族5名を連れて職場に行くことにした。

ただ、週末は事前予約の手続きをした人が優先的にイベント会場に入ることができることになっていたため、数日前にあらかじめ事前予約の申し込みをした。

自分の手がけたイベントに、わざわざホームページで申し込んで観に行く、というのも、変な話なのだが、ま、自分の出演した映画にお金を払って劇場に見に行く俳優のようなものなのだろう。

2歳半の娘が、イベント会場に着くやいなや、

「おうちへ帰ろう」

と言い出し、しかも繰り返し言うので、凹んでしまった。

それに、イベント会場のあちこちにいる会場スタッフは、先日僕が研修会の講師をつとめたこともあり、

「先日の研修はありがとうございました」

と挨拶される始末。まったくもって恥ずかしい。

それでも午前中から夕方まで、職場で「客として」時間を過ごし、ヘトヘトになって帰ってきた。

疲れ果て、寝ようと思ったら、イベント専用のTwitterの管理人からメールが来て、僕が書いたツイートの文案に、不正確な記述があるのではないかという疑義が出されて、あわてて調べ直し、文案を修正して送信した。

あまり不用意なことを書くと炎上するから、表現に気を配るのが難しい。

ツイートの文案を作るのが面倒になってきた。Twitterなど、やるものではないね。

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どうも、熱狂的なファンの者です

10月9日(金)

朝、職場に行くと、今開催中のイベントの代表をしている同僚と廊下ですれ違った。

「いよいよ今日ですよね」

「ええ」

「あれ?リモート出演ですか?」

「そうです」

今日の夕方は、僕がヘビーリスナーとして愛聴するあのラジオ番組に、その同僚が開催中のイベントの宣伝を兼ねて出演するのである。スタジオに行かず、職場の仕事部屋からリモート出演するようだ。

僕はその同僚に、僕があのラジオ番組のヘビーリスナーであることを昨日メールで伝えていた。

しかし同僚は、その番組を1回も聴いたことがないという。

「影響力のある番組ですよ」

「そうなんですか。鬼瓦さんにも一緒に出てもらえばよかったですね」

「いえいえ、僕はたんなる一リスナーですから…。今から楽しみです。僕は、パーソナリティーのお二人のファンですからね。よろしく伝えておいてください」

「わかりました」

さて、午前から午後にかけていろいろな仕事をしていると、あっという間に夕方になってしまった。気がつくと5時半が過ぎていた。

すると、イベント代表の同僚が僕の仕事部屋にやってきた。

「…ラジオ聴きました?」

「いえ、まだ…。職場からの帰りの道中で、ラジコのタイムフリー機能を使って聴こうと思ってまして」

「そうですか。実はお願いがあるんですが」

「なんでしょう?」

「番組パーソナリティーのお二人に、イベントのカタログをお送りしようと思うんですよ」

「はあ」

「それで、私と鬼瓦さんの連名でお送りしようと思うので、ここにお名前を書いてください」

見ると、「謹呈」と書かれた短冊が2枚ある。一方の短冊の上の方には、男性パーソナリティーの名が書かれ、その下には同僚の名前が書かれている。

同僚の名前の左隣に、名前を書けということらしい。

もう一枚のほうには、「謹呈」と印刷された文字以外、何も書かれていない。

「こちらは?」

「こちらは、もうひとりの女性パーソナリティーのお名前を、鬼瓦さんに書いてもらいたいんです」

「はあ」

「で、その下に鬼瓦さんの名前を書いていただいて、その左隣に、私の名前を書きますから」

言われるがままに、短冊の上の方に女性パーソナリティーの名前を、その下に僕の名前を書いた。そしてその左隣に、同僚が自分の名前を書いた。

「しかし、「謹呈」の短冊に、僕の名前を書くというのはどうなんでしょう?パーソナリティーのお二人に「誰だこいつ?」と思われませんかね?」

同僚は、ラジオに出演したから名前を書く必然性があるが、僕はまったく関係ないのだ。

「大丈夫ですよ。言っておきましたから」

言っておいた?何を言っておいたんだ?

さて帰宅の道中で、いよいよ、同僚が出演したあのラジオ番組のMainのコーナーを聴くことにした。

40分ほどの話が終わって、いよいよMainのコーナーが終わりだな、という雰囲気になったのだが、そこで男性パーソナリティーが

「他に何かお知らせすることなどありますか?」

と同僚に聞いたところ、同僚は最後の最後に、

「あ、これは忘れないうちに言っておかなくては」

と前置きして、

「実はこの番組の出演のお話をいただいたとき、私の同僚で、イベントを一緒に作ってきたメンバーがいるんですけれど、お二人の熱狂的なファンで…」

「まあうれしい!」

「このイベントのことをこの番組で取り上げてほしいとメールを書こうかと思って悩んでいたところだったんだそうです」

「ああそうですか」

「そうでしたか~」

「ぜひお二人にがんばってくださいって言付かっていますので」

「ありがとうございます」

「うれしいです」

と、とてもよい雰囲気のうちに、Mainのコーナーが終わった。

…というか、「熱狂的なファン」って、俺のことじゃん!

ええ、たしかに、番組宛てにメールを出そうと本気で思いましたよ、ええ。

お二人に贈るカタログにつける「謹呈」の短冊に、出演したわけでもない僕の名前を書く理由が、これでわかった。

僕はお二人の「熱狂的なファン」として、コーナーの最後の最後のところで、紹介されたのだ!

名前は出されなかったけど。

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「車中のバナナ」と「ああ軍歌」

頭木弘樹『食べることと出すこと』(医学書院、2020年)について、もう少し書く。

この本の中には、数々の文学作品からのエピソードや言葉がちりばめられているのだが、その中に、脚本家・山田太一の「車中のバナナ」というエッセイを紹介しているくだりがある。「このエッセイが好きで仕方がない」と、頭木さんは述べている。

それは、こんなお話である。

山田太一が、旅先からの帰り、普通列車に乗っている。電車の四人がけの席には、中年男性と、老人と、若い女性、すべてその場に居合わせた他人が座っている。その中の一人、気のよさそうな中年男性がみんなに話しかけ、わきあいあいと会話が始まる。

その男性が、バナナをカバンから取り出す。

そこに座っていた老人と若い女性は、バナナを受け取ったが、山田太一は断った。中年男性は「遠慮することないじゃないか」といったが、山田太一は「遠慮じゃない。欲しくないから」と再び断った。

するとその中年男性は、

「まあ、ここへ置くから、お食べなさい」と窓際にバナナを置く。

「おいしいんだから、あんたも食べなさい」と、中年男性は山田太一にしつこく勧める。

老人も非難し始める。「いただきなさいよ。旅は道連れというじゃないの。せっかくなごやかに話していたのに、あんたいけないよ」と山田太一をたしなめるのである。

頭木さんは、このエッセイにひどく共感する。

せっかくバナナを通じてみんながなごやかになっているのに、どうしてバナナを受け取らないのか?雰囲気がぶち壊しではないか、ということを当然のことと考えることに対する恐怖に、頭木さんは共感したのである。

「もともとは、たんにバナナを出したというだけのことでも、このように、「たちまちなごやかにはなれない人間」に対して、圧力をかけ、非難するという展開になっていく」ことが、ここでは問題なのである。

この話を読んで、僕は山田太一脚本のあるドラマのことを思い出した。

それは、渥美清主演の「泣いてたまるか」というドラマシリーズの、「ああ軍歌」(1967年)という回である。

「泣いてたまるか」は、1話完結型のドラマで、渥美清が毎回さまざまな職業の人間に扮して、その悲哀を描くというものである。脚本家も毎回異なり、のちに一線で活躍する脚本家たちが、このドラマの脚本に関わっていた。山田太一も、その1人である。

山田太一脚本の「ああ軍歌」は、たしかこんな内容である。

主人公は、杉山という、ある会社の営業課長(渥美清)。戦争でつらい体験をした彼は、戦後になっても、その思いが消えない。いつまでも戦争の悲しみを引きずっている。

ある日、親会社から元軍人の重役(山形勲)がやってくる。この重役は、軍隊時代を誇りに思っている人間で、職場をまるで軍隊のように作り上げようとする。その職場方針に、営業課長の杉山の心は次第に塞いでゆく。

ひどく憂鬱なのは、宴会である。その重役が中心となる宴会では、みんなが手拍子を打ちながら軍歌を大きな声で歌う。部下たちも重役の機嫌を損ねないようにと、一緒になって軍歌を大声で歌うのである。

しかし営業課長の杉山はそれが耐えられない。自分ひとりだけ、軍歌を歌わずに下をうつむいて黙っている。

それに気づいた部下は、「今さら軍歌にこだわってどうするってんですか。もっと人間の幅を持たなきゃ! たかが歌じゃありませんか? もっと平気になってもらわなきゃ、この激しい生存競争をどうして乗り切れますか」と営業課長の杉山に説教するのだが、それでも杉山は軍歌を歌うことに納得がいかない。

そしてついに、本社からの客をもてなす宴会の席で、杉山は重役から軍歌を歌うことを強要される。重役も、杉山のこれまでの態度が気に入らなかったのであろう。ここで歌わないと、本社からの客に不愉快な思いをさせてしまうことになる。

杉山は立ち上がり、自分はなぜ軍歌を歌いたくないかについて、自らのつらい戦争体験を語り出す。

宴会の席が重苦しい雰囲気になり、重役の怒りは爆発する。「もう歌わんでいい!」

「いえ、歌います!こうなったらどうあっても歌います!」と、これまでの怒りをぶつけるように、杉山は軍歌をひとり大声で歌い始める。それは、懐かしい思い出などとはほど遠い、つらい戦争体験を喚起させる歌い方である。

重役は「あんなヤツはクビだ!」と、杉山の態度に怒り心頭になる。

…というストーリーなのだが、この話は「車中のバナナ」とまったく同じ構造ではないか。

電車の中でバナナを食べるように勧める人のよさそうな中年男性と、宴会で部下に軍歌を歌うことを強要する元軍人の重役と、どこがどう違うのだろう?

ひょっとして、「ああ軍歌」は、山田太一自身が体験した「車中のバナナ」がモチーフになっているのではないだろうか?

少なくとも言えることは、山田太一は、かなり早い段階から、この国の社会が持っている「同調圧力」を危惧していて、それをエッセイや脚本を通じて発信していた、ということである。「同調圧力」という言葉が生まれるはるか以前から、山田太一はそのことに気づいていたのである。

名脚本家は、予言者でもあるのだ。

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あのラジオ番組

10月8日(木)

今週の火曜日から始まった職場のイベントが、Twitterとかでかなりの反響を呼んでいる。

そしてなんとなんと、僕がヘビーリスナーとして愛聴している、あのラジオ番組で、紹介されることになった!しかもMainのコーナーで!

そのことを知ったのは、今日の夕方、イベント関係者がメールで教えてくれたのである。どうやら急遽決まったことらしい。

もちろんゲスト出演するのはイベントの代表者である同僚である。僕もスタジオ見学くらいしたかったなあ…。

実は、ずいぶん前から、このイベントを、あのラジオ番組が取り上げてくれたらなあ、と夢想していた。Mainのコーナーで、1時間近くかけて、ラジオパーソナリティーとうちの同僚が対談をしている様子を、想像してみたのである。

その思いがますます強くなり、いっそ番組にメールして売り込もうか、と思っていた矢先に、ついに実現したのである!

理想をいえば、僕も一度ゲストに呼ばれてみたいと思うのだが、贅沢は言わない。こうして自分が関わったイベントが、自分の好きなラジオ番組で取り上げられるというだけでも、十分に嬉しい。

リアルタイムで聴けない方は、番組ホームページからポッドキャストで聴くことができます。あと、ラジオクラウドのアプリで聴くこともできますので、ぜひ御一聴ください。

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気は病から

10月7日(水)

「特急のすれ違う駅」の町へ日帰り出張の道中で、頭木弘樹さんの『食べることと出すこと』(医学書院、2020年)を、すがるような気持ちで読んだ。

大学生のころに潰瘍性大腸炎を発症し、今も闘病を続けている頭木さんの、闘病記、というよりも、闘病を通じた思索、というべき本である。

潰瘍性大腸炎の当事者だけでなく、まったく身に覚えのない形で発症し、いつ治るかもわからない病気を抱えている人にとっては、じつに共感できる本なのではないだろうか。というか、少なくとも僕は共感した。

本で書かれたことの一部は、先日紹介したTBSラジオの「荻上チキSession22」で語られているが、そこで語られなかった内容についても、共感することばかりである。

たとえばこんな話。

「病は気から」という言葉がある。病気をしている人たちが、いかにも病気になりそうな性格だ、と思えることがある。

「潰瘍性大腸炎の人たちは、みんな同じような性格をしている」といわれたことがある著者は、最初はピンとこなかったが、やがて闘病を続けているうちに、自分もだんだんそういう性格になっていったことに気づく。

「つまり、そういう性格だから、その病気になったのではなく、その病気だから、そういう性格になったのである。病気によって形成された性格であるため、その性格を見ると、その病気になりそうに見えるのだ。「病は気から」というが、「気は病から」でもあるのだ」(252頁)。

潰瘍性大腸炎を患った著者は、「病気になる前とは、別人のようになってしまった」と述懐している。

もちろん、病気になっても性格が変わらない人もいるんだけどね。でも、僕はこの頭木さんの気持ちはなんとなくわかる。

病気には休みがない(199頁)、というのもよくわかる。「「病気であることを忘れる」という瞬間がないということが、とても苦しい」と頭木さんは述べている。

頭木さんが、ある医師とプライベートで会って話をしたとき、

「自分だけがたいへんなようなつもりでいる。誰でもたいへんなことがあるのに、それがわかっていない」

そう言って、その医師はジョッキでビールを美味しそうに飲んだ、という。

たしかに誰でもたいへんなことがある。しかしたとえ医師のほうがはるかにたいへんだったとしても、勤務時間を終えれば、ビールを飲んでひと息つける。

しかし慢性痛の人の場合は、痛さから逃れてひと息つくことはできない。休みがないということは、どれほど人を消耗させ絶望させるかしれない、と頭木さんは述べている。

僕は慢性痛ではないのだが、病気には休みがない、という感覚は、よくわかる。

もともと、集まってお酒を飲んだりすることは好きではなかったが、病気になってからはよりその傾向が強くなった。お酒をやめてしまったこともあるが、気心の知れた仲間どうしの集まりであったとしても避けるようになった。そういう集まりに出ることが、耐えがたくなったのである。その理由はいわく言いがたい。病気のことが頭の片隅にあり、みんなと同じようにひと息つくことができない、という感覚があるからかもしれない。これはあくまで僕の心の問題であり、誰かのせいというわけではない。

一方で、こんなこともある。完治できない病を抱えているある人と、病気の種類はまったく異なるが、同志というつもりでいろいろとお話をしていたが、あるときからぱったりと音信不通になってしまった。あまり心当たりは見当たらなかったのだが、おそらく僕が何かしら無頓着なことを言ってしまったのかもしれない。

繰り返しこの本を読もう。この本のよさは、楽観的ではなく、思索的であるという点にある。

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いきなり!会議

10月6日(火)

そういう役回りのせいで、最近は「いきなり!ステーキ」ならぬ、「いきなり!会議」というケースが多い。

先々週の金曜日(9月25日)だったか、廊下を歩いていたら社長に呼び止められて、

「月曜日の午後、代わりにオンライン会議に出てくれへん?」

と言われて、

「はあ」

と答えた。

その会議というのは、職場の中の会議ではなく、複数の会社が集まって話し合う会議のようなのだが、まったく中身を知らされていない。

しばらくして、会議用の資料がメールで送られてきたのだが、そこに書かれているポンチ絵を見ても、何のことやらいっこうにわからない。

(う~む、困った)

で、会議当日(9月28日)。

1時間ほどの会議だったのだが、結局最後までよくわからず、一言も発言せずに終わってしまった。

そして昨日の晩。

家に帰ろうと思った矢先に、同僚が来て、

「明日の午後、申し訳ありませんがオンライン会議に出てください」

という。

「情報システムのリプレイスについての会議なんですが、そこでうちの会社の立場から発言してください」

ええええぇぇぇぇっ!!!??

「情報システム」とか「リプレイス」とかって、俺がいちばん苦手なやつじゃん!

一体何を話せばいいのだ?

「お役に立てるかなあ」

「大丈夫です。『わからない』ということを発言してもらえればいいです」

なんじゃそりゃ?ま、それも大事なことだ。

そして当日。

聞いたことのない横文字が延々と飛び交う会議の中で、僕はなすすべもなくボーッとしていた。

(今この状況で、鬼瓦さんはどう思いますか?と聞かれたら、何と答えればよいのだろう?)

議論の内容がまったくわからない。

僕に参加を頼んだ同僚が、さすがに見かねたらしく、2回ほど、僕に話を振ってくれたので、それらしい意見を言ったのだが、何しろコンピューター用語が飛び交う会議で、自分の稚拙な発言がどれほどの意味を持っているのか、よくわからない。

こんなんでいいのかなあ、と思う今日この頃である。

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