何度でも訪れたくなる

4月14日(水)

恒例のひとり合宿である。

抗原検査は陰性だったので、晴れてひとり合宿が認められた。

僕にとっては、職場のことを気にしなくてもよい3日間なのであるが、それでも職場からひっきりなしにメールが届き、「添付の書類の確認をお願いします」とあるので、いちいち確認しなければならない。まあそういう役目なので仕方がない。

ひとり合宿のときには、できるだけ職場の仕事のことは考えず、本を読むことにしているのだが、今回まず読んだのは、戦場ジャーナリストの桜木武史さんが文章を書き、『ペリリュー』でおなじみの武田一義さんが漫画を描いた『シリアの戦争で友だちが死んだ』(ポプラ社、2021年)である。

少し前に、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」の「大竹メインディッシュ」のコーナーのゲストで桜木さんが出演していて、その話がとても惹かれる内容だったのと、文章に添えて武田一義さんが漫画を描いているということに惹かれて、読むことにしたのである。

桜木さんは戦場ジャーナリストなのだが、それだけでは生活できないので、ふだんはトラックの運転手をして生計を立てている。で、あるていどお金が貯まると、戦場に取材に行くというのである。だが、戦場で取材したことを記事にしても、それだけで食べていくことはできないので、次の取材ができるようになるまで、やはりトラックの運転手の仕事をする。

こうなると、職業は戦場カメラマンなのか、トラックの運転手なのか、厳密な定義に即して考えようとすると難しくなるわけだが、要はどこに自分のアイデンティティーを求めるか、という問題なのだろう。以前に読んだ『石の肺』の作者、佐伯一麦さんも、数々の文学賞をもらっているにもかかわらず、小説だけでは食べていけないので電気の配線工事の仕事で生計を立てていたというし、本当に好きでないと、そういう生き方はできないなあと、我が身を振り返ってふがいなさを反省することしきりである。

この本で描かれているシリアの状況は、それはそれは酷いものである。桜木さん自身も、取材中に戦闘に巻き込まれて、銃弾を右下顎に受けて顎を粉砕してしまう。まさに死と隣り合わせの経験を何度もしているのである。

それにもかかわらず、シリアに何度も足を運びたいというのだ。これだけ酷い目に遭っても、なぜまたシリアに行きたいと思うのだろう。

僕の友人の中にも、かなりツラい思いをしているにもかかわらず、同じ国に何度も行ったり、さらにはそこに住み着いたりする人がいたりする。かくいう僕も、韓国がそれにあたるだろう。

僕の場合は、いっぺん見てしまったものは、見届けなければならないという心理がはたらいているような気がする。ジャーナリストはそこからさらに進んで、自分が見届けたからには、それを伝えたいということなのだろうと思う。

文章の間にはさまれる、武田一義さんの漫画が、桜田さんの文体とマッチしていて、とてもよい。

| | コメント (0)

俺は何をやっているのか

4月12日(月)

先週の水曜(4月7日)、都内で会合があった折に、偉い先生から、

「4月27日に韓国が主催するオンライン国際会合で、15分でも20分でもいいので発表してください」

と言われた。なんとも寝耳に水の話である。

僕が逡巡をしていると、

「あとで事務局に伝えます。追って事務局から連絡が来ると思いますので、よろしく」

おいおい!そんな乱暴な!

そもそもその国際会合は、半年くらい前から計画を練って、当日の発表者も人選していたんじゃないか?当然、当日のタイムテーブルも決まっているはずである。

それを20日前に変更するなんてことして大丈夫なのか?東京五輪じゃないんだから。

するとその翌日に、事務局をしている韓国の方からメールが来た。当日の午後3時頃から25分ほど時間をとってくれるらしい。急遽作り替えたと思われるタイムテーブルが添付されていた。

短い内容のメールだったが、行間から、いきなり偉い先生に言われてタイムテーブルの変更を余儀なくされたことへの困惑した気持ちが感じられた。

(俺がごり押しして発表を希望した感じになっていないだろうか?)

と僕は少し心配になったが、考えても仕方がない。

それよりも心配なのは、いつまでに原稿を出したらいいのか、という肝心な情報が、まるでないことである。ま、いつものことといえばいつものことなのだが、僕はこれまでの経験と与えられた発表時間から類推して、原稿の量を考えた。

原稿だけではない。これまでの経験によると、原稿そのものは翻訳されず、要旨だけが中国語や韓国語に翻訳されている。ということは、原稿と一緒に要旨も書いて提出しなければならないのではないだろうか?

あくまでも僕の推測なのだが、何の連絡も来ない以上、僕の推測に任せて原稿と要旨を作るしかない。

いろいろと逆算してみると、今日のうちに原稿と要旨を提出しなければならないのではないか(これも僕の推測)という結論になり、僕は今日一日かけて、原稿を作ることにした。

原稿といっても、文章原稿を6000字程度のほかに、図版10点くらいを準備しなければならない。

この図版がまたたいへんである。原稿の内容に合う図版を見つけてきて、片っ端からスキャンして、トリミングして、その中から選択して、レイアウトする。この作業がとてもめんどくさい。

原稿もまた面倒である。書き殴ってよいものではなく、いずれ翻訳される可能性もあるし、文化的差異もあるので、そうしたことに配慮した書き方をしなければならない。こっちではあたりまえと思っている知識が、むこうではまったく知られていない、なんてことはざらだからね。

そんなこんなで悪戦苦闘して、なんとか6000字弱の原稿と1000字程度の要旨を仕上げ、10点程度の図版をレイアウトしたものを付けて、先方にメールで送信した。

はっきり言って、かなりのやっつけ仕事である。

今日はこれしかできなかった。まったく俺は何をやっているのか?

しかし、早くこの仕事から逃れたいと思っていたので、やれやれである。僕は先方に、「原稿の提出先や締切や分量など何も教えていただいてないので、とりあえずこちらで考えたものをお送りします」と、なかばイヤミを書いてお送りした。

やれやれと思っていたら、韓国の事務局の方から連絡が来た。

「中国の○○先生から突然連絡が来て、自分も発表したいと希望されましたので、やむを得ずタイムテーブルを変更いたします。これが最終版のプログラムです」

今度は明らかに困惑した様子がメールからうかがえた。

僕の発表時間は、その先生のおかげでさらに30分ほど後ろ倒しされることになった。

ま、想定内だから別に驚かない。「これが最終版のプログラムです」といったが、本当に最終版なのか、安心はできない。

| | コメント (0)

これでも映画か?

大林宣彦監督の遺作「海辺の映画館 キネマの玉手箱」は、これまでの大林作品の清濁をすべて併せ呑んだような映画である。

清濁の「濁」のほうについてみると。

映画の中で、「男装の麗人」といわれた川島芳子が登場する場面がある。川島芳子に好意を持つ男性が、川島芳子にピストルで殺されるというところで、「好きです、芳子さん」というセリフが入る。これって、明らかに林家三平の「好きです(ヨシコさん)」の歌のパロディーだよね。

僕は見ていて、「ここでパロディー?」と、正直言って面食らったのであるが、これはたぶん、映画「金田一耕助の冒険」に通じる、監督のパロディー精神からきたものだと思う。

映画「金田一耕助の冒険」は、大林作品の中でも、賛否両論がある作品である。そもそも、当時のキャッチコピーが「これでも映画か?」とあるほど、はっきり言ってふざけた作品だった。

映画の中では、ありとあらゆるパロディーが炸裂する。もともと大林監督はテレビCMの演出をやってこられたので、映画の中で、そのパロディーを縦横無尽に駆使したのである。

結果、怪作というか、珍作ともいうべき映画が完成した。おそらく金田一映画ファンには噴飯物だったろうと思うが、なんともエネルギーに満ちあふれた映画である。

僕は「好きです、芳子さん」のセリフを聞いて、「金田一耕助の冒険」のパロディー精神を思い出したのである。

もう一つ、「海辺の映画館 キネマの玉手箱」では、ミュージカルシーンが登場する。

これも唐突で、面食らう場面だと思うのだが、これは映画「漂流教室」を彷彿とさせる。大林宣彦監督の映画で、劇中にミュージカルシーンが登場するのは、おそらく「漂流教室」だけだったと思う。

で、映画「漂流教室」は、大林作品の中でも、ほとんど封印されているといってもいいほどの珍作である。僕は大林監督ファンであると同時に楳図かずおファンなのだが、さすがにこの映画には戸惑いを抱かざるを得なかった。

のちに聞くところでは、映画の制作会社といろいろとトラブルがあり、開き直ってああいう作品になったのだということのようだった。

僕にとって、大林映画の中の「珍作3部作」は、「金田一耕助の冒険」「ねらわれた学園」「漂流教室」なのだが、「海辺の映画館 キネマの玉手箱」の中には、大林映画の「濁」の部分ともいうべき映画までをも取り入れ、文字通りの集大成になっているのである。

「キネマの玉手箱」の「玉手箱」という意味は、そういうことなのだろうと思う。

| | コメント (0)

俺は何を調べているのか?

前回のようなタイプの文章を書くのが、一番好きである。「どーでもいい知識や教養を脈絡もなく組み合わせて書く文章」といったらよいか。

いつも、着地点を決めずに書き始めるのだが、前回は、実際に書いている途中で、手塚治虫の『ロストワールド』のことを急に思い出した。書き始めた時には、まったく意識していなかったのに。

それで、「豚藻負児(ぶたもまける)」の最後の「児」をなぜ「る」と読むのだろうという長年の疑問のことを思い出し、調べていくと、医学用語に「加多児(カタル)」があり、医学の知識がある手塚治虫がこれを採用したのではないか、という仮説に行き着いた。マジで、自分でも思いもよらなかった結論である。

…とまあ、自分ではたいへん面白がって書いたのだが、これを読んでいる人がいるとしたら、「何がおもしろいんだかちっともわからない」ということになるのだろう。だから僕の書く本はまったく売れないのである。

そんなことはともかく。

前回の「加答児」の続き。

「カタル」とは、オランダ語由来の言葉で、江戸時代に伝わった言葉らしい。医学に関する言葉が多く伝わったそうであるから、「カタル」もその中の一つとして伝わったのだろう。それを漢字の音にあてはめたのである。

…というくらいしか今のところわからず、なぜこの言葉を「加答児」とあてたのかは相変わらずわからない。

僕は恥ずかしいことに中国語がわからないので、以下に書くことはまったくの見当違いかもしれないのだが、中国語には「児化」というものがあるらしい。Wikipediaによれば、

「普通話や中国語の一部方言に確認できる発音表現である。接尾語としての「児」が音節として独立せず、前の音節と1音節として発音され語尾が巻舌音化する。日本では通例「アル化」と呼ばれるが、実際の発音はあまり「アル」には似ていない。北京語・東北官話・膠遼官話などの北方方言の話し言葉では頻繁に使用され普通話にも取り入れられているが、他の地域での使用は稀で、このことから簡体字で「儿化」と表記するのが一般的である」

「「児」は前の音節の母音をR音性を持った音に変化させる」

と書いてある。これはつまり、「児」が最後に来る時には、R音風の「ル」と発音するということのようである。

一方で、「児」の前にある「答」という字は、中国語では「da」と発音する(らしい)。ちなみに韓国語では「답」と発音する。

つまり「答」のあとの「児」は、「児化」によりR音風の「ル」と発音することになり、両者をつなげて中国語風に発音し、これを仮名表記すると、「タル」となるのではないだろうか。

…というのが、いまのところの仮説である。中国語のわかる人に「加答児」を発音してもらえば、すぐにわかることなのかもしれない。語学の知識がないというのは、ツラいものだねえ。

| | コメント (1)

蛇の道は蛇

4月9日(金)

今週も仕事ではいろいろなことがありすぎて、ストレスがたまる一方だったが、なんとか金曜日を無事に迎え、TBSラジオ「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークを聴くことができた。

さて、視覚障害者向けに本を音読する奉仕団の方が、うちの職場で作った本の音読をすることになったそうだ。僕もその本に少しだけ書いているのだが、僕の書いたコラムの中で、読めない名前があるので、読み方を教えてほしいという問い合わせが来た。

僕はそのコラムの中で、「モンゴル風の名前」として、「伯顔帖木兒」と「都兒赤」という名前を紹介したのだが、この二つは何と読むのか、という問い合わせである。

…というか俺、どんなコラムを書いてんだ???ふつう、コラムに「伯顔帖木兒」とか「都兒赤」とかは出てこないだろう。

自分で書いておいて、この二つの名前が何と読むのか、まったくわからない。なのでルビも振らなかったのである。

「都兒赤」が、どうしても「麿赤兒」に見えてしまい、「まろあかじ」と読みたくなってしまう。知ってると思うけれども、俳優の麿赤兒ね。大森南朋のお父さん。

しかし「まろあかじ」と読むわけにもいかず、どう読んだらいいのか、皆目見当がつかない。どうしよう…。

そうだ!僕の友人に、モンゴルの専門家がいることを思い出した。彼ならわかるかもしれない。

でも、この「モンゴル風の名前」というのは、ずいぶんと古い時代の名前なので、はたしていまのモンゴル語で読めるのかどうかもよくわからない。ダメ元で、恥を忍んでモンゴルの専門家の友人に聞いてみることにした。

するとメールの返信がすぐに来た。

「どんな難題かと思いましたが、一応私の守備範囲なのでひと安心です。

まず「伯顔帖木兒」は、バヤン・テムルです。バヤンが豊かな、テムルが鉄なので、二つの語の合成名です。どちらもモンゴル語です。

「都兒赤」は恐らくドルジです。

そう!朝青龍で有名になったドルジです! モンゴル人がよく付ける名前でかなりむかしから普通に付けています」

ということで、「伯顔帖木兒」はバヤン・テムル、「都兒赤」はドルジだということがわかった。

なんかすごくない?モンゴル人の名前のことがわかってないと、絶対に読めないよねえ。

さすがは専門家、蛇の道は蛇である。ふつうの人にはどんなに逆立ちしてもわからないけれど、専門家にとっては朝飯前のことなのだ。僕はこういう瞬間に、最も感動するのだ。

さて、ここからは僕の分析。

この二つの名前をくらべてみると、共通するのは「兒」。どうやら「兒」は「ル」という発音をするらしい。ということは、表音文字なのか?

その仮説でいくと「都」は「ド」、「兒」は「ル」、「赤」は「ジ」ということになる。

「伯顔帖木兒」もその線でいくと、「伯」が「バ」、「顔」が「ヤン」、「帖」が「テ」、「木」が「ム」、「兒」ガ「ル」となる。

…と、ここまで書いてきて、ハッと思い出した。

手塚治虫の初期の漫画に、『ロストワールド』という作品がある。この作品、大林宣彦監督をして「手塚漫画の一冊、というと、ぼくは躊躇うことなく《ロストワールド》をあげる」と言わしめた初期の傑作である。

この作品の中で、まるまると太った「豚藻負児」という博士が登場する。豚藻負児博士は、あやめという美しい植物人間を作り出し、自分に愛の告白をさせたいと願うのだが、それが叶わない。これは、ヒッチコック監督が終生夢に描き、結局は実現しなかった「メアリー・ローズ」という作品と重なるのだというのである。「メアリー・ローズ」とは、いわゆる「ヒッチコック・ブロンド」と呼ばれた美女たちに、「もしあなたがはげの太っちょになっても、私はちっともかまわないわ」とまるで自分自身に対して愛の告白をさせたい、という願いだけで作ろうとした映画だった。だが結局その夢は叶わなかった。あたかも豚藻負児博士の夢が叶わなかったのと同じように。

さて、話が脱線したが、「豚藻負児」は何と読むのか?「ぶたもまける」と読むのである。豚も負けるくらい太っていて醜い男という意味である。手塚先生は、なんと残酷な名前を付けたのだろう。

それよりもここで大事なのは、「児」を「る」と読ませていることである。

ひょっとしてこれは、モンゴル語か??手塚治虫は、モンゴル語の読みを知っていたのだろうか?

さらに調べていくと、「加答児」という語を見つけた。「カタル」と読み、いわゆる「腸カタル」などの時の「カタル」である。

そうか、手塚治虫は、もともと医学生だったから、「カタル」を「加答児」と書くことを知っていて、それで「児」を「る」と読ませることに抵抗がなかったのだな。

では、「加答児」を「カタル」と読ませるのは、そもそもなぜだろう?

…という疑問が次に浮かんだが、今日はここまで。

| | コメント (0)

マンボウ

「ヤン坊マン坊天気予報!」

「それはヤン坊マー坊天気予報!」

「チャッチャチャラッチャチャッチャラッチャッチャ」

「それはマンボNo.5!」

「北杜夫!」

「それはどくとるマンボウ!」

「マンボウダンス!」

「それはリンボーダンス!」

「マンボウの女!」

「それはミンボーの女!」

「君たちキウイ、パパイヤ、マンボ‥」

「それはマンゴー」

ささ、どんどんボケてくださいよー。

| | コメント (1)

キーワードは高齢化

4月7日(水)

今週月曜日に放送されたTBSラジオ「アフター6ジャンクション」(通称アトロク)の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーを聴いた。武田砂鉄氏によるメタル音楽特集である。

先週の金曜日に、TBSラジオ「アシタノカレッジ金曜日」の、武田砂鉄氏と澤田大樹記者によるアフタートーク(YouTube配信)で、「アトロク」の宇多丸さんに、どうやったら興味を持ってもらえるかということについて、アトロク出演経験のある澤田大樹記者が「アトロク攻略法」を武田砂鉄氏に伝授していて、それがあたかも、モテない男子同士が「どうやったら女子を落とせるか」という作戦会議を彷彿とさせた、ということはすでに書いた

澤田大樹記者はそのときに、「私もリアタイしますんで。グッドラック!」と武田砂鉄氏にエールを送っていたのだが、実際の放送を聴いてみると、澤田大樹記者はその放送をリアルタイムで聴くどころか、スタジオのサブで見届けていたのだという。

どんだけ仲がいいんだ?

最近僕の仕事まわりはとても殺伐としていて、人間関係の中でこのような経験をしたことがほとんどなくなってしまったことに、あらためて愕然とした。

最近は、「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークのような会話をしてみたいという衝動に駆られることがある。

さて、アトロクのメタル音楽特集は予想以上におもしろかったのだが、なかでも笑ったのが、「メタル音楽の送り手と受け手(ファン)の高齢化」問題である。メタル音楽は50年の歴史があるが、若い世代の新規参入が難しく、世代交代がうまく行われていない問題があるというのだ。

「ライブじゃなくて、株主総会かな?って思うことがある」というくだりに笑ってしまった。

しかしこれはメタル音楽に限ったことではない。

今日、久しぶりに都内に出て、20代の頃から一緒に勉強をしている方たちと勉強会があったのだが、こちらの方も、高齢化が甚だしい。若者の新規参入がなく、新陳代謝がないことにあらためて危機意識を抱かざるを得なかった。

このままでこの先この業界は大丈夫なんだろうか、と不安を抱かずにいられない。

| | コメント (2)

アダモさん

4月6日(火)

毎月第1火曜日は、朝9時半から僕が議長をする会議があり、憂鬱な気分になる。

朝6時過ぎには家を出なければならない。車で通勤しているので、いつ何時、渋滞に引っかかるかわからないのだ。

そのため前の晩はできるだけ早く寝ることにしているのだが、翌朝が会議となると、なかなか寝付けない。

結局、ずっと浅い眠りのまま朝を迎えることになる。

しかも今日は新年度1回目の会議なので、メンバーも一部新たになったこともあり、どうなるか不安である。

誰かが言っていたが、この国の会議は、議論をする場ではなくて、承認をする場である。だから、あらかじめ根回しをしておいて、会議の時には異論が出ないようにしておかなければならないのだ、と。

僕はその根回しというのが死ぬほど苦手なのだが、かといって根回しをせずにいて怒られるのも苦手である。そんな人間が、よく会議を仕切っているよと、ほとほと自分には呆れてしまう。

午前の会議は2時間半ほどかかり、終わった頃にはお昼休みの時間になっていた。

午後にはいくつかの打ち合わせがあり、それもまたストレスだったのだが、気がついたら夕方だった。

大学時代の先輩に誘われて、夜からはZoomによる会合に参加した。

ゆるゆるとした知的会合で、昼間の殺伐とした感情が少しだけ解きほぐされた。

1時間ほどで会合を失礼して職場を出るつもりが、時間を忘れて1時間半ほど参加した。

帰ると家族はすでに寝ていた。

テレビをつけると、「ザ・ギース」というお笑いコンビがコントをしていた。

「アダモさん」というタイトルで、外国人のアダモさんが、日本語のフレーズを「あ」から順番に勉強していて、「あ」から始まるフレーズにはめちゃめちゃ詳しいのだが、「あ」までしか勉強していないので、「あ」から始まるフレーズしか使わないで仕事仲間の日本人と会話をする、というコントである。

言葉遊びの発想が筒井康隆的で、とてもおもしろい。なんとなく『残像に口紅を』を思い出した。

| | コメント (0)

もしも病院

4月5日(月)

お世話になっているので、あんまりヘンなことはいえないのだが、今日は都内の病院で3か月に1度の定期検査であった。

そこは、最先端の治療を受けることのできる病院で、僕はそのおかげでなんとか生きながらえているといっても過言ではない。

ところが、いつも困ったことがある。

検査をして、検査に引っかかったら入院ということになり、入院と決まったら、採血をしなければならないのだが、この病院、こんなことを言っては申し訳ないのだが、採血が恐ろしく下手なのである。

もともと僕は、血管が出にくいと言われていて、採血泣かせの腕なのだが、それでも、いつも1時間半以上かけて通っている、総合病院で採血をする時は、まったくそんなことは問題にならず、スムーズに採血が行われている。

ところが、この都内の病院では、全員がおしなべて採血ベタで、毎回必ず、採血に悪戦苦闘しているのだ。

結局この日も、採血をすることになってしまい、嫌な予感がした。

おそらく初めて僕の採血を担当する女性の看護師さんだったのだが、僕が腕をまくった瞬間、困ったような顔をした。

いくらがんばっても、採血ポイントが見つからないようだ。

悪戦苦闘したあげく、ようやく採血ポイントを見つけたようで、

「ちょっとチクッとしますよ」

と言われ、僕は目をつむった。

腕にチクッと感じたのだが、その看護師さんは、

「あれ?あれ?」

とつぶやき始めた。

おいおい!針を刺してから不安になるなよ!と思いながら、それでも我慢していると、

「すみません。やっぱり抜きますね…」

抜くのかよ!

その看護師さんは、ほとほと困った様子で、打つ手なし、という感じだった。

こっちからしたら、簡単にあきらめるなよ!と思うのだが、まだ経験が浅い人だったようで、どうしていいかわからなくなったようだった。

「すみません。ちょっと難しいので、看護師さんを呼びます」

え?あなた、看護師さんじゃなかったの???じゃあいったい誰なんだ?

看護師さんではなかったその女性は、内線の電話をかけて、看護師さんを呼び出した。

看護師さんがすぐに来てくれ、なんとか悪戦苦闘の末、採血は終了したのだが、最先端の医療技術とは裏腹に、毎回この病院で採血検査を受けるたびに不安になるというのはどうだろう。

これがドリフだったら、「もしも採血がひどく苦手な病院があったら」というコントができるのではないだろうかと、毎回、そのコントを想像しては、ニヤニヤしてしまう。

| | コメント (2)

おともだち

4月3日(土)

午前中は、娘と「タイヤ公園」で遊び、午後は僕の実家に娘を連れて行き、その近くの公園で遊ぶという公園のハシゴをして、すっかりくたびれてしまった。

公園における、最近の娘の遊び方に、一つのパターンがあることに気づいた。

それは、公園に着くなりまず、その公園に来ている子たちの一人を、「おともだち」と認定する、ということである。もちろん、その場の一期一会の「おともだち」である。

娘にとっては、どうやら「おともだち」と認定する条件があるようで、自分と同じくらいの背格好か、あるいは自分よりも少し小さな子が、ターゲットになる。

ターゲットを見つけると、その子に近づいていって、なんとなく行動を共にする。その子がすべり台を滑ろうとすると、そのあとをついて行って自分もすべり台を滑ろうとするし、その子が砂場に移動して遊ぼうとすると、娘も砂場でいっしょに遊ぼうとする。

別に何かを喋るわけでもなく、黙ってその子について行って、その子と同じことをしようとしているのだから、ちょっとしたストーカーである。

いままでのところ、娘が勝手に「おともだち」と認定した子たちのなかで、嫌がっている子はいないようなのだが、こっちとしては、いつ嫌がられるかと、不安でしょうがない。娘からしたら、自分よりもちょっと小さい「おともだち」を作って、自分がお姉さん気分に浸りたいということなのかもしれない。

ただ、たいていは、その「おともだち」のほうが先に帰ってしまう。娘はもっと遊びたがっているようで、

「あれ?おともだち、どこへ行ったの?」

と、いつの間にかいなくなってしまった「おともだち」をさがすのだが、ちょっと「泣いた赤鬼」っぽくって、見ていて切ない。

| | コメント (0)

«事実はドラマよりも奇なり