気兼ねない会合

7月13日(土)

今日からが用務の本番である。

今年度から始まったプロジェクトの会合が、自分の古巣で行われた。10名弱が集まった。

古巣や古古巣で同僚だった人たちと同じプロジェクトを進めることができるのは感慨深い。ここに至るまでに10年かかった。

お昼休みに、古巣の門を出たところにあるお蕎麦屋さんに入ったのだが、僕がここで働いている10年以上の歴史の中で、実はこのお蕎麦屋さんに入ったことは一度もなかった。

職場の門を出てすぐのところにあるお蕎麦屋さんなので、お昼時には多くの同僚たちがここで蕎麦を食べる。僕はそこで同僚たちに会うのが苦手だった。だからこのお店をずっと避けていたのだった。

しかし今日は違う。土曜日で職場は休日だし、元同僚が食べに来るという心配もない。だから気兼ねなくこのお蕎麦屋さんに入ることができる。僕はこの職場を離れて10年目にして、初めてこのお蕎麦屋さんに入ったのだった。

午後も引き続き会合である。ふつう、この種のプロジェクトの会合の場合、ストレスがたまるものだが、今回は時間を気にせず、気兼ねなく意見交換をすることができた。こんなことは珍しい。そのあとの懇親会も気兼ねなく参加できた。どうやら「気兼ねない」が今回のキーワードのようだ。

明日も自分の古巣で別の会合が終日ある。明日はちょっと喋らないといけないので、気兼ねなく参加できるかどうかはわからない。

 

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再会リレー

7月12日(金)

新幹線と在来線乗り継いで、目的の町の駅に着いたのは、お昼過ぎだった。

駅では、「前の勤務地」時代に一緒にさまざまな活動をしたKさんが待ちかまえていた。

「どーも」

「ご無沙汰しています」

こうしてお会いするのは何年ぶりだろう。そのままKさんの車に乗り込んだ。

「お昼は何がいいですか?焼き肉屋がありますよ」

と、あいかわらず冗談を言う。

「お昼に焼き肉はちょっとね。麺類がいいです」

ラーメン屋に入り、冷たいラーメンを注文した。

食べながら、近況を話したり、むかしの話をしたり。

「むかしはいろいろと珍企画をたてましたね」

「覚えてますよ。ワンコイン講座」

ワンコイン講座とは、県庁所在地の繁華街の公民館を借りて、500円の参加費をいただいて市民向けの講座をするというものである。

チラシを作って宣伝したのだが、当日は市内の大きなイベントと重なったこともあり、受講者は2人くらいしかいなかった。

当初は定期的にワンコイン講座をやりましょうと計画を立てたのだが、初回にして受講者が集まらず、2回目以降はやらなくなった。

「僕らは、なぜ集客力がないんでしょうかね」と当時のことを思い出して大笑いした。

昼食後は2カ所の公共施設をまわった後、3カ所目の公共施設を訪れた。ここでKさんの車を降り、Kさんとはお別れである。

「じゃあまた」

3カ所目の公共施設では、SさんとIさんにお会いした。今年の晩秋にここで講演会を行うことになっており、そのご挨拶をかねて訪問したのである。

晩秋の講演会に向けてしばし打合せをしたら3時になった。

こんどはIさんの車に乗り込み、1時間ほどかかる県庁所在地の公共施設に向かった。この地にいた頃にずっとお世話になってきた人生の大先輩のN先生とI先生のお二人にお会いするためである。

約束の4時を5分すぎて、目的の場所に到着した。

「ご無沙汰しています」

1年ぶりの再会である。メインの目的は、来年の夏に講演をすることを依頼され、その打合せをするということだった。打合せは早々に済ませ、あとは思い出話に花を咲かせた。

2時間ほどお話をし、こんどはN先生の車で宿泊するホテルに向かう。ホテルにチェックインして、7時から歓迎会に参加した。

歓迎会といっても大規模なものではなく、総勢8名のこぢんまりとした集まりである。懐かしい人ばかりで、時間はあっという間に過ぎた。

初日から飛ばしすぎ。まだ始まってもいない。

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オープンスペース

7月11日(木)

明日から4日間出張なので、できるだけ今日のうちに仕事を済ませておきたい。

気の重い返信メールの文案作りから始まり、事務書類の校正、座談会原稿の修正、来週水曜日の市民講座の原稿作りなどが喫緊の作業だ。ほかにも来年度から始めるプロジェクトの原案作成と今年秋のイベントの関連本の校正などもあるのだが、それは出張中にやることにした。

以前に書いたが、昨年10月末に出版社の企画で座談会をやったのだが、みんなが思い思いのことを喋るというなかなかカオスな座談会で、こんなものどうやってまとめるのだろうと不安に思っていたが、できあがった原稿を見るとまったくカオスを感じさせない作りに仕上がっていた。さすが、老舗の出版社だけに編集の腕がすごい。

今日は集中する作業が続く。こういう場合、職場の仕事部屋にいると息が詰まりそうになるので、オープンスペースに置いてある机を使って作業をすることにした。木曜日は職場の同僚もあまり姿を見せないので、だれにも邪魔されず作業ができると考えたのである。

だが、オープンスペースで作業をするのは善し悪しで、職場に姿を見せている同僚は少ないながらも、僕を見つけるとやたらと話しかけてくる。愚痴とも相談とも話題提供ともつかない、というかそれが入り混ざった、まさに雑談である。そのたびに手を止めて雑談をすることになるので、なかなか作業が進まない。鬱々とした仕事部屋よりも仕事がはかどるという理由でオープンスペースで作業をしているのだが、かえって僕の存在が見つかってしまうと、ここぞとばかりに話しかけてくるのである。

みんな、言いたいことを抱えているんだな、それをだれに言えばいいのかわからず溜めていたところに僕が居たもんだから、たまたま話しに来るのだ。だがそういう機会でないと、同僚たちのふだん考えていることもわからないので、貴重な機会と言えば貴重な機会だ。

僕に話しかけてきた同僚たちは、みんな僕より先に退勤していった。残された僕は今日中にしなければならない仕事が終わるまで帰れなかった。でもまた職場に同僚が少なければ、今後もオープンスペースで作業をするつもりである。

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現在5名

7月10日(水)

来週の水曜日、つまり1週間後に市民講座の講師をすることになっているのだが、例によってすこぶる申し込みが少ない。

大新聞の系列のカルチャーセンターなのだが、数多くの集客数を誇る都内の会場ではなく、隣の県の会場である。

昨年の春も同じところから講師の依頼が来た。そのときは、僕が手がけたイベントにかかわる、1回限りの講座をお願いしたいということだった。通常、人気講師の場合は数回の連続講座だったりするのだが、無名の僕はたいてい1回限りという依頼が来る。

ギャラは歩合制のようで、受講者が多ければ多いほどギャラが増えるようなのだが、受講生の申し込みが少ないと、むしろ講師にとっては割に合わない報酬になる。

いちおう最低ラインが決められて、昨年の講座の場合は、最少催行人数を「5名」とした。これだってかなり屈辱的な数字だ。

しかし、締切までに申し込んだ人数は、なんと「3名」だった。

おかげで、せっかく準備したのに、講座は中止となった。

こんなことってある???たとえ県民版だとしても大新聞に広告を打ったのに、たった3名だぜ!?

今回は大丈夫だろうか?

「この7月に大きく取りあげられたニュースに関するテーマでお話しいただきますので、とてもタイムリーだと思います」

と言われたのだが、僕は半信半疑である。

そういえば5月下旬ごろ、その県在住の同業者の方に、

「新聞にあなたの写真付きで広告が載っていたね」

と言われ、僕は全然知らなかったのだが、大新聞の県民版の5月下旬から早々と広告を打っていたようだ。

で、今日、主催者からメールが来た。

「いまの段階で申し込まれた方は5名です」

えええぇぇぇっ!!5名???2カ月前から新聞に広告を出しているのにぃ~???

「申し込まれたご住所から察するに、県外の方ばかりなのでいずれもオンラインでの参加を希望されるかと思います」

おいおい、県民版に広告を打っているのに県外の人からの申し込みばかりって、どういうこっちゃ???

想像するに、こういうことなのか?

講座は平日の昼間に行われる。平日の昼間に参加できる人は、仕事をリタイアした人、すなわち「シニア」が大半を占めるだろう。さてそのシニアは、この猛暑が続く中を、わざわざ会場まで足を運ぶことをするだろうか?

ちょっと考えればわかることである。

自宅からオンラインで受講できるのだったら、わざわざ暑い中を移動せずに、涼しい自宅で受講した方がよい。これは人情として当然のことである。

…おいちょっと待て!オンライン受講を可能にしたハイブリッド形式にしたとしても、5名しか申し込みがないとはどういうことだ?これはもう、純粋に「人気がない」「聴く気が起こらない」ということである。

もし申し込んだ全員がオンライン受講を希望したとしたら、僕がわざわざ片道1時間半以上かかる会場まで出かけていって、無人の教室で喋ることになる。それだったら俺も自宅からオンラインで講義をするぞ!

あと1週間で少しは増えるだろうか?増えねえだろうなあ。

 

 

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文章を舐めるな

7月9日(火)

毎週火曜日はストレスフルな会議が続く。そればかりか解決する見通しのない問題について、ここ2カ月近く頭を悩ましている。

長年、いろいろな文章を読んだり書いたりしていると、他人を文章を読んだだけで、その人がどのような人間性であるかがわかる。…いや、わかるつもりになっているだけかもしれないが。

「自分がメンタルが強いのは相手の問題がどうなっても私は知りませんよっていう風に言い切れるからだ」といったことを選挙前に出した自著に書いている選挙候補者がいた。あるラジオパーソナリティーはその一文に注目し、「政治家が相手の問題がどうなっても私は知りませんよという聞く耳を持たない態度をとれば、なかなかそこに意見を届けることが難しくなってしまうのではないでしょうか」と本人に質問をしたところ、どうやらその質問の意味が理解できなかったらしく、逆質問をくり返したり、挙げ句の果てには論点ずらしをしたりして、わずか4分弱で化けの皮がはがれるというか、馬脚をあらわすというか、その候補者の底の浅さが露呈されたのである。これはたんに本人が勝手に自滅しただけなので、いわゆる「論破した」ということではない。

このやりとりはSNS上でバズったのだが、僕はこの候補者の書いた一文について、重要な問題は別にあると感じていた。

本当にメンタルの強い人は、さまざまな「相手の問題」について真剣に向き合って粘り強く対応することができる人である。「相手の問題がどうなっても私は知りません」という態度は、どう考えても「メンタルが強い」ことを意味しない。たんに「相手の問題」から逃げているだけじゃないか。そういうのを「弱腰」という。口惜しかったら俺の仕事を代わってみろ!と言いたい。僕はその一文の内容もさることながら、こういう破綻した文章を書くことが許せない。文章を舐めんなよ!

 

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アクスタ

「アクスタ」という言葉を初めて聞いた。「アクリルスタンド」の略だという。

Wikipediaで「アクリルスタンド」を調べてみると、

「アクリルスタンドは、透明なアクリル板に人物やキャラクターなどの画像を印刷して切り抜き、台座に差して自立できるようにしたものである。アクリルフィギュアともいう。アクリルスタンドの略称である「アクスタ」と呼ばれる」

という簡にして要を得た説明がある。

コロナ禍には、飛沫を防ぐためにアクリル板が多用された。アクスタはそこから発想されて作られた人形かと思ったら、そうではなかった。コロナ禍の前から、一部のアイドルグループ界隈ではすでにアクスタが作られていたというから驚きである。

しかしながら、コロナ禍のアクリル板が、アクスタの爆発的な人気を後押ししたとは考えられないだろうか。コロナ禍が明けると、それまで使われていた大量のアクリル板が不要となり、本来ならば廃棄すべきところを、アクスタに転用するなんてこともあったのではないだろうか。そしてそれがアクスタのコストダウンという思わぬ効果をもたらしたのではないか?

…もっとも、僕はそのへんの事情をまったくわからないので、たんに想像で好き勝手に言っているに過ぎないのだが。

先日、娘をプラネタリウムに連れていったときに、お昼をファストフード店で済ませたのだが、子どもが食べる用の「ハッピーセット」には、もれなくおもちゃがついていた。その中の1つが「リカちゃん人形のアクスタ風プラスチックスタンド」だった。形はアクスタを意識しているが、素材はアクリルではなく、プラスチックだったのである。アクリルよりもプラスチックの方がより安価に作れるということなのだろうか?これも想像である。

リカちゃん人形もとうとうアクスタになってしまったのか(素材はアクリルではないけどね)と、時代の流れを感じた。

それにしても、プラスチックごみ削減ということで、ストローをプラスチックから紙の素材に変えたのに、これでは元の木阿弥ではないか、と一瞬思ったのだが、そもそもこれは後生大事に持ち続ける大切な人形であってゴミであるはずはないと思い直した。

万が一、大切だったアクスタを手放すことになったら、神社がアクスタ供養をはじめることになるだろう、いや、廃棄するのが忍びないのでリサイクルショップでアクスタの売買がすでに行われているのかも知れない、などと僕の想像はどんどん広がっていった。いや、たんにアクスタと言いたいだけなのかも知れない。

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困ったときのプラネタリウム

7月7日(日)

朝食後、投票会場となった児童館に都知事選の投票に行ったのだが、行って帰ってくるだけで「川に落ちた」ように、汗で全身がずぶ濡れになり、さっそく着替えた。今日の予報では35℃を超える酷暑日である。

このあと、小1の娘を夕方まで遊ばせなければならないのだが、この酷暑日に公園に行けるはずもない。こういうときは映画館で映画を観ることがいちばんなのだが、どう探しても、小1の娘と一緒に観たいと思わせる映画が見つからない。こうなると打つ手がない。だが家でおとなしくしているタイプではないので、なんとかしてどこかに連れていかなければならない。

残された最後の手段は、プラネタリウムに行くことである。いままでもプラネタリウムに救われたことが何度もあった。だが、よく通っているプラネタリウムはあいにく改装中で、7月20日にリニューアルオープンするという。どこかほかのプラネタリウムを見つけなければならない。

スマホで検索してみると、自宅からさほど離れていないところに「世界最大級のプラネタリウム」があることがわかった。「世界最大級」ということは、観覧席のキャパシティーも世界最大級ということではないか?調べてみると、公共交通機関でも行くことができるが、電車とバスを乗り継いだらそれだけで汗だくである。車だと自宅から30分程度で着くようで、念のため駐車場があるかも確認したところ、駐車場もあるということだったので、善は急げと、投票から帰って着替えをして、ほどなくして自宅から車で行くことにした。

予約が必要なく現地に着いてから入場券を買えばよいということだった。先週行ったカンドゥーが入場時間も厳密に決められた完全予約制だったことにくらべれば、ふらっと行ける感じがよい。

さっそく車で現地に行くことにした。初めて行く場所だったのでどんなところなのかまったくわからなかったが、カーナビの指示通りに走ると、もうすぐ到着するというタイミングで幹線道路から外れて左の細い道に曲がり、住宅地に入っていった。こんなところにあるのか?と疑問に思いながら進んでいくと、プラネタリウムとおぼしき大きなドーム状の建物が突如現れた。さらに道案内の看板に従って駐車場に入ろうとすると、

「満車」

と書いてある。ま、日曜日だしあるていど混んでいるのは仕方がないなと思い、その場で待とうとしたら、

「待機禁止」

という大きく書いてある。住宅街の細い道なのでたしかにここで並んで待機しては近所迷惑になる。駐車場の案内人も「停まらないで走り続けてください!」という合図を出すので、ひとまず駐車場を通り過ぎ、住宅街を抜けて、再び幹線道路に出て、先ほどと同じところを左に曲がって、再度駐車場に向かったが、やはり「満車」は変わらない。仕方ないのでまた同じルートをぐるりとまわってみたび駐車場の前まで行くが、事態は変わらなかった。

うーむ。見通しが甘かった。こんな酷暑日に小さい子どもを連れて行けるとしたらプラネタリウムだよな。みんな考えていることは同じだ。

仕方がないので、いったん戦線離脱し、近くでお昼ご飯を食べてから午後にまた挑戦することにした。

昼食のときに、プラネタリウムのホームページを見ると、プラネタリウムの空席情報が載っていて、それを見たら午後の回も軒並み満席で、最終の回しか空きがない。

午後1時すぎにお店を出て、再びプラネタリウムに向かう。すると運よく駐車場に入ることができた。駐車場に車を止めてから、暑い中を歩いて建物の中に入り、入場券を買う。どうやらプラネタリウムの最終の上映にすべり込めたようだ。

しかし最終の上映は15時50分で、まだ2時間以上も時間がある。僕は建物内のカフェで時間まで休みたいと思ったのだが、娘がそれを許してくれるはずもない。このプラネタリウムには、5つの展示室があり、そこでさまざまな科学体験ができることを売りにしている。時間はたっぷりあるので、その「体験型ミュージアム」を満喫することにした。

…と、その前に、今日は7月7日、七夕である。エントランスに大きな笹竹があり、たくさんの短冊が吊されている。来館者が思い思いの願い事を書いて吊すことができるようである。せっかくなので娘に「願い事」を書いてもらったら、

「あいどるになれますように」

と書きやがった。その言葉のチョイスがあまりにも可笑しくて、むしろお笑い芸人向きだろ!と思ってしまった。

5つの展示室を擁した「体験型ミュージアム」は思いのほか面白かった。率直に言って、先週のカンドゥーの仕事体験や、いつぞや行った「君も博士になれる展」よりも面白いと思った。酷暑日の今日はバカみたいに客が来ているのでなかなか多くの体験はできなかったが、本来ならばもう少し余裕があるはずで、そうすればもっといろいろな体験ができるはずだ。

客層は、ほとんどが小さい子どもを連れた家族だったが、では子どもだけをターゲットにした科学館かといえば、必ずしもそうとはいえない。お客さんの中には「ゆとりっ娘(こ)世代」の若者が二人連れで来ているパターンもあり、「ゆとりっ娘世代」にも楽しめると思う。何よりプラネタリウムは子どもたちのためだけにあるのではない。大人も十分楽しめる。

5つの展示室で時間を潰したら、プラネタリウムの開場時間になった。このプラネタリウムは、外観がドーム状になっており、「サイエンスエッグ」という愛称がある。たぶんこれは、東京ドームの愛称「ビッグエッグ」にインスパイアされた呼び方だろう。世界最大級の触れ込み通り、たしかに会場は広かった。

プラネタリウムの上映時間は45分。ライブで解説をつけているのだが、その声と話し方がめちゃくちゃ心地よくて、ついうとうとしてしまった。

結局、夕方5時の閉館までいることになり、例によって僕の両足の裏の痛みは限界を越え、駐車場にたどり着くのがやっとだった。

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北の町の再会・夏編

7月6日(土)

北の町での用務が終わった夕方、この町に住む卒業生のOさんとお会いした。

2020年4月から5年間、毎年2月初旬に僕はこの町でちょっとした講演をすることが課せられているのだが、最初の2年間は、新型コロナウィルス感染拡大を恐れてオンライン開催だった。ようやく昨年(2023年2月)になって現地での対面開催が叶い、今年(2024年)2月がその2回目だった。あともう1回で終わりである。

Oさんはその2回とも、講演会に来てくれた。しかし休憩時間に挨拶をするていどの時間しかなく、近況などを聞く暇もなかった。今回は講演とは別の用務だったが、少しだけ時間をもらって、新幹線の時間までお喋りをすることにした。

以前にも書いたが、Oさんはこの町に住む小説家である。在学中から、というより高校時代から小説を書いていたが、大学を卒業してからも、そして結婚して子どもを産んでからも小説を書き続け、電子書籍を中心に出版していたようだが、昨年、満を持した小説が紙の文庫で発売され、書店で平積みになっているのを発見した。自分の好きなことを手放さずに続けたことが大きな実を結んだのだろうと僕は感慨深く思った。

子どもというのは、小3,小1,3歳とまだ幼い3人である。僕の小1の娘とほとんど変わらない。1人だって持て余しているのだから、3人を育てるのはいかにたいへんか…。

「うちの子、ピアノをやめちゃったんですよ」

「えっ!うちもそうだよ。まったく練習しないんだよ」

「うちもそうです」

ピアノというのは、やはり誰もがぶちあたる壁なのだろう。

あとは最近関心のあることについて聞いたり、こっちの仕事の話をしたりしたのだが、話しているうちに、意外な事実を知った。

Oさんのお連れ合いは、同じ大学にいた学生だったと初めて知ったのだが、文系ではなく、工学系の学生だったそうである。

「私の夫が1年生の時に、先生の教養教育の授業を受講していたんですよ」

「えええぇぇぇっ!そうだったの?」

ちっとも知らなかった。

「教養教育の文系の授業の中で先生の授業がいちばんおもしろかった、って、いまでも言ってるんです」

それはお世辞でも嬉しい。いまでも覚えていてくれているんだな。

話を聞いている限り、Oさんのお連れ合いは思索的な人で、ときどき小説を書くアイデアをそれとなく示唆してくれるのだという。Oさんは文系で、お相手は理系だけれども、発想の違いが思わぬ化学反応を起こして小説に結実するなんて、理想的ではないか。

もうひとつ話を聞いて驚いたのは、AmazonAudibleでオーディオブックになっている僕の本が1冊だけあるのだが、そのオーディオブックを最後まで聴いたというのである。

「4回聴きました」

「えええぇぇぇっ!4回も!?だって全部聴き終わるまで8時間かかるって言っていたよ」

書いた僕自身ですら、クドい文章だなと我ながら反省し、途中で聴くのをやめてしまったほどである。それを4回もくり返して最後まで聴いたとは!

「2倍速で聴いたので、8時間ではなく4時間でした」

そこでハタと気づいた。そうか、オーディオブックはさまざまな世代に聴いてもらうために、デフォルトではわざとゆっくりと読んでいるのだな。若い人にとっては、2倍速で聴くとちょうどよい仕組みになっていたのだ。プロの声優さんが読んでいるから、2倍速で聴いても聞き取りやすいのだろう。あらためてプロの声優さんってスゲえと思わずにいられなかった。

もちろんOさんは何か用事をしながら聴いているとのことで、効率よく、そして心地よく聴いてもらっているようで安心した。Oさんの小説も、遠からずオーディオブックになるだろう、というかそれを聴いてみたい。

あっという間に帰る時間となった。再会を約束して新幹線の改札口に入った。

吉報を待っているぞ!

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北の町へ

7月5日(金)

職場で午後の会議が終わった後、職場を出て東京駅に向かい、新幹線に乗って北へ向かった。

明日は朝から立場上どうしても参加しなくてはいけない会合があるためである。

自宅→職場→出張という動きは、体力がなくなったいまとなってはけっこうな負担である。それに外に出るとバカみたいに暑い。

職場の前のバス停から東京駅に直行するバスが1日に1本ある。それに乗っていけば乗り換えもないし、無駄に歩くこともないので、職場から東京駅を経由して新幹線で出張するときはこのバスを利用している。しかし今日の利用者は僕を含めて2人しかおらず、バス路線廃止になるのではないかと戦々恐々としている。

東京駅に直行といっても、バス停から駅まで少しばかり歩かなければならず、健康な人間ならどうってことない距離なのだが、そうではない人間にとっては、暴力的な暑さも相俟って、そうとうに体力を消耗する。新幹線に乗るまで少しばかり時間があり、東京駅を徘徊していると、かなりふらふらになり、これはヤバいと思ったが、新幹線が目的の駅に着き、その町の名物である「冷たい麺」を食べたら、少し回復した。

いろいろとやらなければならないことは多いのだが、そのための仕事道具を持っていっても、結局何もできないというのはお決まりのパターンである。

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3人との再会

7月4日(木)

午前中にいくつかの「根回し」のために走り回ったが、午後はうちの職場のホールで「同じ業種の人たちが集まる全国大会」が行われるというので、参加することにした。

この「同じ業種の人たちが集まる全国大会」は、コロナ禍の間は対面で集まることができず、今回が久しぶりの対面会合である。僕も以前に何度か参加していた。

全国から100人程度の参加者がいただろうか。せっかくうちの職場が会場になるのだから、同僚ももっと参加してくれればいいのに、と思ったが、参加する同僚はあまりおらず、どうも他人事のようだなとちょっと寂しかった。

参加者名簿を見ると、あまり知り合いがいなさそうだなと思った中で、九州のSさんが来ていることがわかった。

Sさんは僕の大学のサークルの1年先輩で、2年ほど前にいちど先輩の職場に訪れたときにご挨拶したが、ほんとにご挨拶したていどだった。むかしから無愛想な人だったが、その印象は変わらなかった。

会場を見わたすと、Sさんらしき人を見かけたので、会合の休憩時間にご挨拶しようとその席まで行くと、はたしてSさんだった。

「どうも、ご無沙汰しております」

と挨拶すると、向こうはこっちのことを認識しているのかしていないのかわからないような反応をした。

(あいかわらず無愛想だな…)

と思って、

「あの…、鬼瓦です」

と名乗ると、いきなりお話を始めた。この先輩は、最初は無愛想なんだが、その実、けっこうなお喋りで、だんだんとエンジンがかかっていくタイプである。

2年ほど前は挨拶をしただけだったが、今日は、近況やらいま考えていることやらをお話ししてくれて、大学生の頃とまったく変わらないリズムに安心した。

10分ほどお話をしたところで休憩時間が終わった。

さて、次の休憩時間。さすがにもう知り合いはいないだろうと思ってホールの入り口を出て廊下を歩いていると、

「鬼瓦先生!」

と声をかけてくる女性がいた。

「四国のSです。いつぞやお世話になった…」

「ああ!Sさんですか!」

いまから7年前、これもまた大学の1学年先輩、といってもサークルではなく研究室の先輩なのだが、その職場に呼ばれてイベントに参加して講演をすることになった。そのときに、そのイベントを一緒に準備されていたのが、先輩の下で働いていた当時おそらく新人だったSさんだった。

「その節は大変お世話になりました」

「こちらこそ。あのときは季節外れの台風が来てたいへんだったこと、いまでも覚えていますよ」

「そうでしたね」

「またおうかがいしたいと思いつつ、なかなか機会がありません」

「ぜひまたお越しください」

「ありがとうございます」

少し立ち話をして、思い出話を語った。僕の先輩でもあり、Sさんの上司でもあったその方は、つい最近職場を移ったのだが、話題はもっぱらその方のことだった。

それにしてもSさんとはあのとき初対面で、それ以来お会いしていなかったのに、よく覚えてくれていたものだ。

休憩明けに会合が再開され、予定通り夕方に会合が終わった。

帰ろうと思ってホールを出たところで、

「鬼瓦先生!」

という、またしても女性の声。

見ると、昨年の春に僕が企画・実行したイベントで大変お世話になったFさんだった。Fさんの職場は、私の自宅の近所にある。

「Fさん!あれ?参加者名簿にお名前ありましたっけ?」

「ええ、あります。ここです」

よく見るとたしかにあった。見落としていたのだ。

「今日は鬼瓦先生が息災かどうかを確認してこいと、先輩同僚2人に命じられてやってきたのです」

「そうだったんですか」

「会場を見わたしても見当たらなかったので、こちらの職員の方にお願いして探していただいていたところでした。お元気でしたか?以前は体調がすぐれないようなことをおっしゃっていましたが」

思い出した。そのときたしか自分の手がけたイベントを「生前葬」だと言ったら本気で心配されたのだった。

「大丈夫ですよ。この通り」

「それはよかったです。あれから私どもの方でもいろいろと反響がありまして、いま新しいコンテンツを開発しているところです」

「そうでしたか…。近所なのになかなかご挨拶に行けず申し訳ありません」

「いえ、お忙しいでしょうから…。新しいコンテンツの完成の目処が立ったら、ぜひお試しいただきたく、またご連絡差し上げます」

「ありがとうございます」

「鬼瓦先生はお元気だったと、先輩同僚2人にも伝えます」

といって去っていった。

なんと、この数時間の間に、九州、四国、ご近所と、3人もの懐かしい人に再会したぞ。しかも期せずして、というのがおもしろい。あいかわらず引きが強いねえ。

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