マスク編年

不織布は、他の素材のマスクにくらべて、飛沫を防ぐ効果が高い、というニュースが、ここ最近浸透してきた。

かくいう僕も、以前は洗濯可能な布製のマスク(アベノマスクではない)を着用していたのだが、ここ最近は、とくに人出の多いところに出かけるときなどは、不織布のマスクを着用することにしている。

ウレタンマスク、ってのは、あんまり飛沫防止に効果がないらしい。スーパコンピューターの富岳が実証していた。

ところで富岳は、もっぱら飛沫の計算の時にしか見ないのだが、もうすっかり、富岳といえば飛沫、という認識が人々に定着してしまったように思える。スーパーコンピューターなのに、残念な気がしてならない。

…そんなことはともかく。

いっとき、おしゃれな人たちがこぞってウレタンマスクをしていたが、これからはウレタンマスクの割合が減り、不織布マスクを着用する割合が、増えていくであろう。

そこで考えたのは、町行く人を撮影したニュース映像にあらわれたマスクの割合によって、ある程度の時期が特定できるのではないか、ということである。

不織布マスクだけだった時期、マスクの供給が安定的になり、洗濯可能なマスクがバラエティーに富んで発売された時期、ウレタンバスクが流行した時期、そしてまた、不織布マスクの効果が見直され、着用の割合が増えた時期…。

ニュース映像から、町行く人のマスクの種類の割合を分析してその変遷を追う、というだけで、立派な卒業論文が書けるのではないか、と思うのだが…。

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体調不良で休んだ日の午後

1月18日(月)

本当は、出張のため新幹線で北へ向かう予定だったのだが、緊急事態宣言が発出されたので、出張は取りやめになった。

その代わりに、職場で作業がある日だったのだが、今日は体調不良を理由に、その作業も休ませてもらうことにした。

実際、体調がすこぶる悪い。週末も、娘とお散歩に出かけた以外は、ほぼ寝て過ごした。

というか、ここ5年くらい、「今日は快調!」と思える日なんて訪れていない。

先週の「アシタノカレッジ 金曜日」は、ゲストが作家の三浦しをんさんだったのだが、

「(物書きの)プロに必要なことは、締切を守ることと、体調管理につとめること、でも私はどちらもできていない」

と言っていて、自分もまったくそのとおりだなあと思ったのだった。

以下、パーソナリティーの武田砂鉄さんと、三浦しをんさんのやりとり。

武田「依頼を何でも引き受けるのはよくない、とも書いておられますね。僕なんかわりと、どんな依頼でも、はいはいって受けちゃうんですけど、あんまり受けすぎない方がいいですか?」

三浦「お体を大切になさってください」

武田「これを断ると別の人がやると考えてしまうと、自分がやってしまいたいという欲があるんですけど、あまりよろしくないですよね…」

三浦「うん、そうですね。私もそういうふうに思ってました。でもそれをすると、身体を壊しますね」

武田「そうですよね…」

三浦「いつか身体を壊すんで、ほんと気をつけてください」

何気ない会話だが、どちらの考え方にも、激しく同意する。若い頃は砂鉄さんの考え方だったが、いまは三浦さんの考え方に近い。それでもやっぱりホイホイと依頼を受けてしまう自分がいる。

いろいろな依頼をホイホイ受けているうちに、僕のようなキャパシティーの少ない人間は、たちまちに身体を壊してしまうのである。

今年度になって、例年以上に不要不急なイベントや会合には(もちろんオンラインも含めて)顔を出さないことにしているのだが(なぜなら疲れてしまうから)、もともと、どうしてもはずせないオンラインの会議や会合が多すぎて、それだけで疲れてしまうのだ。ましてや息抜きにオンライン飲み会をしましょう、というのは、矛盾もいいところである。

昨日の午後、たまたま「ザ・ノンフィクション」という番組を見ていたら、「シフォンケーキを売るふたり ~リヤカーを引く夫と妻の10年~」というタイトルの放送をやっていた。

IT企業に勤める夫が、会社の人間関係に悩んだあげく、うつ病になり、会社を辞めた。夫はあるきっかけから、シフォンケーキを売って生きていこう、と決意し、夫婦でシフォンケーキ屋を始める。しかし、いつまた鬱が発症するかわからない。なるべく人と会わないように、リヤカーを引いて、神出鬼没にシフォンケーキを売り歩くことを思いつく。

インタビューを受けている、その夫を見ている限りでは、ごくふつうの人に見えるし、とくにうつ病であるとは感じないのだが、不特定多数の人に会うということに、過度なストレスを感じてしまうらしい。

ある日その夫は、お店のある青梅から、池袋の販売イベント会場までリヤカーを引いていくということを決意するのだが、たくさんの人がいる都会に向かうことへのプレッシャーに押しつぶされそうになり、何度もトイレに駆け込むのである。それでも、最終的にその目的を達成した。

うつ病という病を抱えながら、僕などよりも、はるかに力強く生きている。

僕はとりあえず、組織の中で、なんとか耐えながら仕事をしているが、周りからはふつうに見えても、僕の心は病んでいないのだろうか?僕は自分自身が、わからなくなってしまった。

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おたすけ!およよマン

1月16日(土)

妻が仕事があるというので、午後から2歳9か月の娘を近くの公園に連れて行くことにした。

最近、娘はすべり台がお気に入りのようで、すべり台のある公園に連れて行けば、満足するのだ。

近くにある公園に行くと、見知らぬ親子がもう1組いた。5歳くらいの女の子である。

娘が興味を持ってその子の後をくっついていったりすると、いつの間にか二人はいっしょに公園の土を掘り返したりして遊んでいた。

そのあともう1軒、公園をハシゴして、3時間くらい遊んで自宅に帰り、お風呂に入ると、娘も僕も、もうグッタリしてしまった。

そんなことはともかく。

ここ最近、忙しくて「おかあさんといっしょ」をちゃんと見ていなかったのだが、1月の「月歌」が、「おたすけ!およよマン」という歌だそうで、テレビから聞こえてくる歌を聴いていると、なんとも珍奇な歌詞である。

「作詞はオノ・ヨーコだよ」と妻。

「え?オノ・ヨーコって、あのオノ・ヨーコ?」

「そう」

「へえ、すごいねえ」

まさかオノ・ヨーコが「おかあさんといっしょ」の「月歌」を作詞する日が来るとは、ビックリである。まあ考えてみれば、昨年度の「月歌」では、内田也哉子とか、いとうせいこうとかが作詞を担当しているから、そういう文化人的なジャンルの人、と考えれば、オノ・ヨーコが、子どもに対してメッセージを込めた歌を書く、なんてことは、あながち不自然なことはない。

それにしても、である。

歌詞が珍奇すぎる。ひたすら「およよ」を連発するのだ。これ本当に、「イマジン」をジョン・レノンと共作したオノ・ヨーコが作詞したのか?ギャップがありすぎるだろ!

しかし、オノ・ヨーコのことだから、一見、珍奇な歌詞の中に、深い意味が込められているに違いない、と思って歌詞に注意して聴いてみるのだが、それでもよくわからない。

(う~む。この歌詞の哲学的な意味は何なのだろう…?)

そう思って今日、じっくりと聴いてやろうと思い、テレビに正面から向かい合って、最初から画面を見ていたら、

「作詞 オヨヨーコ」

とあるではないか。

「オノ・ヨーコじゃないよ!オヨヨーコだってよ!!」

「え?そうだったの?」

妻もすっかり「空目」だったようだ。やはり、オノ・ヨーコがあのような歌詞を書くはずはないのだ!

…というか、オヨヨーコって、誰?

さっそくインターネットで調べてみても、オヨヨーコなる人物の正体は、明かされていないようであった。Twitterでも、オヨヨーコって誰?と、騒然としている。

そうか、これは「はらぺこカマキリ」でいうところの「作詞 カマキリ先生」というのと、同じことだな。ここでいう「カマキリ先生」というのは、俳優の香川照之のことである。

ただこの場合は、同じEテレの「昆虫すごいぜ!」を見ていれば、いかにも香川照之が書きそうな歌詞だということはわかるし、しかも香川照之がペンネームとして「カマキリ先生」と名のっている理由もよくわかるのだが、オヨヨーコについては、まったく手がかりがない。

真っ先に思い浮かぶのは、桂三枝(現・桂文枝)である。「オヨヨ」といえば、僕らの世代では桂三枝である。

ということで、僕は「オヨヨーコ=桂文枝」説を唱えたいのだが、あるいはひょっとすると、オノ・ヨーコが、セルフパロディーとして「オヨヨーコ」と名のっている可能性も、なくはない。

もしそうだとすると、あの歌詞にはやはり、平和への深い意味が込められているに違いないのだが、はたして、真相はどうだろうか。

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だんみっつぁん

1月13日(水)

緊急事態宣言に対して、職場としてどう対応したらいいのか?コロナ禍にさなかにあって、仕事をどのようにまわしていったらいいのか?

そんなことばかり考えさせられて、結局何もいい知恵が出ず、自分のふがいなさに落ち込むばかりである。これでは後手後手の対策しかしていない政府を批判できないではないか…。

憂鬱な日々なのだが、唯一癒やされるのは、往復5時間の車通勤でのラジオである。文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」をラジオクラウドで聴くのが楽しみである。

なかでも楽しみなのは、水曜日のオープニングでの、いとうあさこのトークである。最近は、月曜日の阿佐ヶ谷姉妹のトークが猛追している。

今週月曜日のオープニングで、阿佐ヶ谷姉妹が本番前にトイレに入り、二人同時に隣どうしの個室で用を足している最中に、妹のミホさんが、

「成人式は今はリモートでぇ‥」

と姉のエリコさんに語りかけるのだが、エリコさんは流水音を設定しているため、隣の個室で用を足しているミホさんの声が聞き取れず、

「え?え?え?」

と何度も聞き返すのだが、ミホさんはそれでもなお、

「だから成人式はリモートでぇ‥」

と語りかけ、そのたびにエリコさんが何度も、

「え?え?え?」

と聞き返していたのを、たまたまさらにその隣の個室で用を足していたガンバレルーヤのよしこさんが一部始終を聴いていて、それを面白おかしく再現していたのには、腹を抱えて笑った。

「全然聞こえなかったのよ。なんでこのタイミングで話しかけてくるのかしら?こっちは聞こえないために音を流しているわけでしょう?それなのにあえてそういうときにしゃべってきてねぇ」

「隣だから聞こえるだろうと思ってついつい話しかけちゃったのよ」

という、阿佐ヶ谷姉妹のやりとりも、たまらなく可笑しい。

…ま、わかる人だけにわかればよろしい。

だがそれよりも、いとうあさこなのである。いとうあさこが友だちなら、どーでもいい話をずっとしていられるような気がする。

水曜パートナーの壇蜜のことを「だんみっつぁん」と呼んでいるのも、「銭形のとっつぁん」みたいでそこはかとなく可笑しい。

ときおり壇蜜が、変なことを言ったときのいとうあさこのリアクションが、これまたそこはかとなく可笑しい。

今日のオープニングでは、壇蜜が「堅焼き」という、めちゃめちゃ堅いお菓子みたいな物を持ってきて、みんなに食べさせて面白がっていたのだが(ま、それじたいが僕には理解しがたい感覚なのだが)、その中に、白い粉をまぶしたお菓子があったらしく、

「あ~!怪しい白い粉がついてますよ。怪しい白い粉!」

と、これまたいつもの壇蜜らしく、物議を醸しそうな言い方を嬉しそうにしたわけだ。するといとうあさこは即座に、

「言い方なのよ、すべては」

と、たしなめるでもなく、ボソッと冷静にツッコミを入れた、そのやりとりが、無性に可笑しかったのである。というか、「言い方なのよ、すべては」とは、壇蜜の本質を見事に言い当てた言葉ではないだろうか。

僕の文章表現の拙さもあり、面白さが全然伝わってないと思うのだが、疲れているので、これ以上のことは書けない。というか、面白いと思っているのは俺だけか?

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いかなる人をも軽んじない

前回の「ピンクのマスク」のエピソードが、なぜ印象的だったのかを考えたのだが、

「軽んじられていない」

ことを実感するエピソードだったからだ、ということに気がついた。

人は、自分が「軽んじられていない」と実感したときに、相手を信頼することができるのではないか。

この国の政権担当者が記者会見を開いても、ちっとも心に響かないのは、僕たちを軽んじていることがまるわかりだからである。僕たちだけではない。言葉そのものが、軽んじられているのである。

どんなに政府からいろいろと要請されても、僕たちを軽んじている人の言うことなど、どうして重んじることができようか。

日本テレビの夕方のニュース番組「Every」をたまたま見ていたら、成人式のニュースをやっていた。このコロナ禍で、成人式を中止や延期になる自治体が多かったことを伝えていた。

ニュース映像が流れたあと、スタジオの藤井アナウンサーが、こんなことを言った。

「成人式が中止になって、多くの人が残念に思っていることと思います。話を聞きますと、人によっては時間をかけて髪を伸ばし、友人と振袖が重ならないように準備を進めるんだといいます。決して安くないお金を親に出してもらったという人もいるでしょう。一生に一度のことですから「残念」という言葉では足りないかもしれません。ただ、この新型ウィルスに苦しんだ経験は人の気持ちを理解するうえでとても重要だったと思います。世の中、思い通りにいかなくても誰かを批判するのではなく、誰かのために力を発揮できる強い大人でいてください。成人おめでとうございます」

短いながらも、言葉を選びながら誠実に語りかけた藤井アナの言葉に、少し感動してしまった。僕は成人式なんてクソ食らえ!と思う人間だし、この語りの内容に全面的に賛成というわけではないのだが、それでも、多くの当事者たちが成人式を楽しみにしていたことは事実だし、その機会を奪われたことに対する悲しみは、尊重すべきなのだと思う。そして藤井アナの語りは、その人たちの気持ちに配慮した、言葉を尽くしたメッセージだったと思う。

「いかなる人をも軽んじない」ことが、人との信頼関係を築く最大の条件なのではないか、と、他人を軽んじがちな僕は、肝に銘じたのであった。

話は変わるが、古い仲間がSNSで、高血圧だが医者に行く気はない、とつぶやいたら、コメント欄で同じ世代の仲間が一斉に「医者に診てもらえ」と説得を始めた。それ自体はいいのだが、その理由が、

本来安価な投薬治療で済むはずのものが未必の故意で重症化すると、国民全体の金銭的負担を無責任に増やすことになる。要するに社会人である以上は健康で過ごす責任がある」

会社としてはどこのパーツが欠けたとしても、会社に関わるすべての方(従業員、お取引様、お客様)にご迷惑がかかる」

という言い方をしていて、「たしかに正しいけど、言葉が冷たいなあ」と思わずにはいられなかった。いつぞやの、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くなら……」というフリーアナウンサーの発言を思い出した。

もちろん、そう考える僕の心がねじ曲がっているのは重々承知なのだが。「社会に迷惑がかかる」(つまり俺たちに迷惑がかかる)という理屈ではなく、「自分自身の身を守るため」とか「自分自身が幸福に生きるために」という理屈で語りかけられないものだろうか。僕自身も、自分の身体をほったらかしにしておいたツケで、大病を患った経験があるので、そんな言い方をされるとよけいに切なくなる。でも、世間にはそんなふうに思っている人がけっこう多いのだということを、これらのコメントを見て、気づかされたのである。

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ピンクのマスク

1月9日(土)

夕方、たまたまTBSテレビの「報道特集」を娘の遊び相手をしながら見ていたら、ちょうど台湾の新型コロナ感染症対策についての特集をやっていた。その中で、こんなエピソードを紹介していた。

台湾政府が、新型コロナ感染症についての専用ホットラインを開設した。すると、ある小学生の男の子から電話があった。

「クラスの男子は全員青いマスクなのに、僕はピンクのマスクしか手に入りませんでした。僕だけピンクのマスクを着けて登校するのは恥ずかしくて、学校に行きたくありません」

すると翌日。

新型コロナウィルス対策本部の記者会見で、本部長以下全員(全員、男性だったと思う)が、ピンクのマスクを着けて記者会見場に現れた。そして本部長が、カメラの前でこう言った。

「マスクの色は(感染対策に)関係ありません。男の子がピンクのマスクを着けても、恥ずかしいと思うことはありません。私は子どもの頃、ピンク・パンサーが大好きでした」

僕は、「おかあさんといっしょ」で昨年度の「月歌」だった「きみイロ」という歌を思い出した。

「ひとりひとりは イロちがい

きみだけのイロをさがすんだ

7つよりそいあえば

きらきらのにじ

イロイロ とりどりのイロ

みんながイロイロな イロもって

あんなイロ こんなイロ どんなイロ

たったひとつ きみイロ」(作詞作曲 えだまめンズ)

番組ではほかにも、徹底した情報公開とか、理にかなった感染防止対策とか、記者会見を時間無制限にするとか、さまざまな方法で、台湾政府と国民との信頼関係を構築していったことを紹介していた。

印象に残ったエピソードだったので、ここに書きとめておく。

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俺は発見されたのか?

1月8日(金)

TBSラジオ「アシタノカレッジ 金曜日」を聴いていたら、

「初夢に武田砂鉄さんが出てきました」

というリスナーのメールがけっこう来ていたとかで、思わず笑ってしまった。曰く、

「武田砂鉄さんに卒業論文の指導をされた」

とか、

「武田砂鉄さんがずっと横にいて締切厳守のプレッシャーをかけられた」

といった類い。僕が見た「ラジオ番組にゲストに呼ばれたにもかかわらず、『誰だこいつ?』という顔をされた」というのと、同じようなテイストである。というか、武田砂鉄が初夢に出てくる確率はけっこう高いんじゃないだろうか?せっかくなら番組宛てにメールを出せばよかったな…。

そんなことはどうでもよい。

この日のゲストが歌人の穗村弘さんだった。穗村さんのエッセイは、ちょっと自虐的なところが好きである。

ラジオの中で、

「毎日郵便受けをチェックして、『君は天才だ!』という手紙が来ないか、待ち続けていた」

と言っていたのがおもしろかった。つまり、

「誰か俺(の才能)を発見してくれ!!」

と、待ち続けたというのである。

穗村さんは、晴れてその才能が発見されていまに至るわけだが、僕はいまでも、「誰か俺のことを発見してくれ」と待ち続けている。

そんな、今日の出来事。

職場に出勤すると、今日は緊急事態宣言に対応するための会議があるし、パソコンを開くと朝から大量のメールが来ているし、またこんなことで1日が終わってしまうのか、とゲンナリしていると、大量のメールの中の1通に目がとまった。職場の広報担当からである。

「A新聞のT様より、取材の依頼が来ております。

お受けになられる場合は、直接先方にご連絡お願いいたします。

お断りになる場合は、広報担当から断りますので、

その旨広報担当までご連絡ください。

ご検討をよろしくお願いいたします。」

転送されたメールの内容を読んでみると、三大紙といっても、僕にとってほとんど縁もゆかりもない県の支局の記者からのメールだった。どちらかといえば地味な県で、47都道府県を順番に言っていくと、後の方になってようやく出てくる、というイメージの県である。

しかしその内容がじつにおもしろい。というか、この内容だと、俺が取材を受けるしかないだろ!

僕はその取材を受けることにした。会議が終わった後の昼休みに、T記者宛てに、取材内容に対するコメントを含めた、長いメールを書いた。ついでに、その取材内容に関係すると思われる、僕の書いた本や原稿を紹介した。

するとほどなくして、返信が来た。

「メールをありがとうございます。お聞きしたいのは、○○についてと、××についてです。後ほど電話を差し上げたいのですが、よろしいでしょうか」

僕は、(コメントはさっきメールに書いたんだがな‥)と思いながらも、

「4時から1時間半ほど打ち合わせが入っているので、その前後であれば大丈夫です」

と返信した。

3時50分になって、電話が鳴った。電話を取ると、T記者だった。

(おいおい、会議の10分前だよ…)

と思ったのだが、T記者は、

「短い時間でけっこうですので、取材にお答えいただければと」

「はあ」

僕はいろいろと話す気満々だったのだが、T記者は、2つぐらい質問をして、それを僕が手短に答えると、その答えを復唱して、「なるほど、そういうことなんですね」と感心して見せた。

「実はインターネットを検索していたら、たまたま鬼瓦先生のお名前を見つけまして、この記事にふさわしいコメントがいただけるかと…」

「そうでしたか」名前をネットで見つけただけで、僕の本を読む気はないらしい。

「先生の肩書きは、○×○×□△◇…でよろしいですか」

「はあ」

「ありがとうございました。あまり大きな記事にはならないかもしれませんが、記事になりましたら新聞をお送りいたします」

「そうですか」

電話取材は10分以内で終わった。

要は、僕に取材をしたというアリバイがほしかったのだな、ということに、電話を切った後になって気づいた。

すでに記事の内容はほとんどできていて、僕はその記者が作ったストーリーに合わせて喋らされたんだな。そういえば、以前もそんな取材を受けたことがあった。T記者は、とても丁寧な方だったので、そこには文句はないのだが、肉声を聞かなければ取材したことにならない、ということなのだろう。ネットで検索したらたまたま僕の名前を見つけたと言っていたが、この場合、「俺は発見された」ことになるのだろうか???いや、発見されたとしたら、自分の本が400冊も廃棄処分されるなどという憂き目には遭わないはずである。やはり僕はまだ発見されていないのだ。

三大紙とはいえ、その県の人しか見ることのできない地方版の片隅に僕の名前が載ることを想像して、僕は次の打ち合わせ場所に急いだ。

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2度目の緊急事態宣言が出された日

1月7日(木)

何度でも書くが、緊急事態宣言が検討されてから発出されるまでの時間は、

「あるある言いたい!」

と言いながら、なかなかあるあるネタを言わないレイザーラモンRGのネタのようなものである。

しかも、今回発出される緊急事態宣言の中身は、具体的にどのように対応したらいいか、判断に困るような中途半端な内容である。

「外出自粛を要請します。午後8時以降は不要不急の外出を自粛してください」

え?そんなことなの?

こっちが知りたいのは、県外との往来を制限するべきかどうかなのだが、それについてはとくに触れていない。うちの職場は仕事柄、県外出張をする人が多いのだが、ほうっておくと、ふつーにみんな出張に行っちゃうぞ!いいのか?

で、緊急事態宣言の対象都県以外の道府県では、飲食店の時短要請がないところもあるから、出張先で会食が行われたりするかもしれないぞ。うちの職場は禁止しているんだけど、守ってくれているかどうか、確かめようがないのだ。

これを「ザル法」と言わずして、なんと言おう。

…いや、今日僕が言いたいのは、そんなことではない。

ちょうど1年前のこと、覚えていますかな?

SNSのタイムラインに誕生日のお祝いコメントが来るのが鬱陶しかったので、誕生日を非公開にしてみたらどうなるか、1年後の誕生日に向けて、実験してみることにしたのであった。

そして1年がたち、今日を迎えました。すると…、

おめでとうございます!お祝いのコメントは0件です!おざなりのお祝いコメントがなくなって、じつに清々しい。

よかったよかった。何がよかったって、タイムライン上はおろか、個人的にも、誰からもお祝いの言葉をもらわなかったことである!これはまさしく快挙である。

夜、仕事から帰宅すると、玄関のドアを開けるなり、お風呂から出たばかりの2歳9か月の娘が全裸で、

「はっぴばーすでい くーゆー はっぴばーすでい くーゆー はっぴばーすでい びあ ぱーぱー はっぴばーすでい くーゆー♪ おめでとう!」

と歌ってくれたのが、唯一の、そして最高のプレゼントだった。

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初夢を語る

最近、2歳9か月の娘がしきりに観ているのは、年末に録画しておいた「おかあさんといっしょスペシャル プリンセス・ミミィと音の城」である。

「あつこおねえさんがツルツルめんめんをたべているテビルがみた〜い」

と言われ、一瞬、何のことかわからなかったのだが、たしか前述の番組の中で、あつこおねえさんがラーメンを食べているシーンがあったことを思い出し、その番組を再生し、「これ?」と聞いたら「そう」と答えたので、以降はこの番組ばかりを繰り返し観ている。

地下の迷路で迷子になったあつこおねえさんが、モグラが経営しているラーメン屋の屋台を見つけて、そこでラーメンを食べる、という、言葉で説明しただけでは何のこっちゃわからないシチュエーションなのだが、そこであつこおねえさんは、本物のラーメンではなく、よくできた小道具のラーメンを持って、麺をすすっている(ふりをしている)のだが、その食べっぷりが、見ていて気持ちいいのである。

はは~ん。娘も、あつこおねえさんのこの食べっぷりがそこはかとなくおもしろいと思い、繰り返し観たいと思ったのかもしれない。

さて番組は、迷子になったあつこおねえさんをほかのメンバーが地下の迷路を探しまわるという、これまた言葉で説明しただけではよくわからないストーリーが展開するのだが、その中で、ゆういちろうおにいさんが、「ホ!ホ!ホ!」という歌を歌う場面がある。

「会いたい人に 会いたいときは

呼んでみようよ その名前」

いままでなんとも思わなかったのだが、僕はその歌にある真理を見出だしたのである。

3年近く前、僕は、若い頃からの大ファンだった大林宣彦監督にインタビューするという幸運に見舞われたのだが、それは僕が、「大林監督の大ファンである」ということをその仕事の関係者にカミングアウトしたからである。

つまり、自分の憧れの人とか、手の届きそうにない人の名前を秘めずに、言葉に出せば、その人に近づくチャンスがある、ということなのだ。

昨年後半は、敬愛するラジオパーソナリティーに2度もお便りが読まれたからね。やはり自分から行動しなければ、そういう機会は生まれないのだ。ようやくこの年齢になってわかった。

僕は初夢というのを、いままでほとんど見たことがないのだが、今年見た初夢は、はっきりと覚えている。

僕が武田砂鉄さんのラジオ番組にゲストで呼ばれたのだが、武田砂鉄さんが「誰だ?こいつ」という感じで、ほとんど相手にしてもらえなかった、という夢である。

もう、どんだけラジオに取り憑かれているんだ?

とくに昨年は、新型コロナウィルスの影響で車通勤をするようになり、車の中でラジオを聴く機会が格段に増えた。それに、ラジオ番組でリクエスト曲がかかったり、実名でお便りが読まれたりと、成功体験が続いたことも大きい。

しかし初夢から覚めて、僕は落ち込んだ。そうだ。そうなんだよな。僕はラジオに呼ばれるほどおもしろい仕事をしていないのだ。

せっかくだから、ゲストに呼ばれたい番組を書いておくと、宇多丸さんのアトロク、チキさんのSession、大竹さんのゴールデンラジオ、砂鉄さんのアシタノカレッジ、あたりなのだが、どれもハードルがとても高い。呼ばれたい番組名を言葉に出しておけば、いつか呼ばれることがあるだろうか…。

しかし、それを心の中に秘めていて何も行動しない、というのも悔しい。少しでもこれらの番組に近づくために、戦略を考えなくてはいけない。

自分自身がおもしろい仕事をするというのが一番なのだが、当分の間それができそうにないので、別の戦略をいま、考えているところである。

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疱瘡神社の謎

高校の後輩が元旦にSNSで書いていたことがなかなか謎めいていた。

その後輩は、毎年正月に義母の家で過ごすことになっている。東京の隣県、といっても、かなりの田舎町である。都内から電車を乗り継いで3時間くらいかかるところじゃないだろうか。

毎年、初詣は電車に乗って一ノ宮と呼ばれた神社に行くそうなのだが、今年は密を避けるため、車に乗って、ふだん行かなそうな小さな神社に行くことにした。

グーグルマップで周辺を見てみると、ポツンと「疱瘡神社」という神社がある。誰も行かないような、小さな神社のようだ。

やはり新型コロナウィルスを乗り切るにはここにお参りするしかない、と思った後輩は、その神社をめざして車を走らせた。

ところが、である。

なんと神社があった場所は整地されていて、社殿も何も跡形もなくなっている。真新しい階段とスロープがあり、上ると地面になにやら糸が引かれている。神社が取り壊され、再建されるのだろうか?とその後輩は思ったという。

あるはずの場所に神社がないことに驚いたその後輩は、別の神社(熊野神社)に初詣に行くことにしたのだが、その神社に着くと、社殿の屋根のあたりに今度はハーケンクロイツがあることを発見して、これはいったいどういうことだ、と、不思議な思いをして帰ってきたというのであった。

後者については措くとして、僕が興味を持ったのは、疱瘡神社の件である。

いったいなぜ、更地になっていたのだろう?

僕はそのことが妙に気になり、疱瘡神社という神社名を手がかりに、インターネットで調べてみると、2019年10月に訪れた人のレポートを発見した。おそらく後輩が訪れたのと同じ疱瘡神社である。

そのレポートによれば、その時点で神社はすでに跡形もなかったようである。ただ、その9か月前のGooglemapの投稿では、小高い地形の上に小さな社と社殿があったことが確認できたと、そのレポートには書かれていた。

つまり、2019年1月の時点では、社殿は確実に存在していたのである。

それから2019年10月までの間に、どのような事情があって、社殿が忽然と姿を消したのだろうか?

うーむ。これは謎めいているぞ。

このことを後輩にコメントしたら、

「やはりこのコロナ禍は疱瘡神社の社殿を取り壊したことで封印されていた魔力が世界中に解き放たれたからに違いない!」

という荒唐無稽な仮説を立てていた。

いやいや、僕が知りたいのは、疱瘡神社がなぜ忽然と姿を消したのか?ということである。

僕の仮説は、「疱瘡神社が漂流教室みたいにタイムスリップしてコロナで人類が絶滅した未来を漂流している」というものなのだが、これもまた荒唐無稽である。

ま、これだけの情報では、どこの疱瘡神社かはわかるまい。

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