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デルス・ウザーラ

黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」は、渾身の傑作である。

個人的には、好きな黒澤映画の中で、5本の指に入る。

これは日本映画ではない。1902年から10年のシベリア地方を舞台にしたソ連映画である(正確には、日本との合作映画)。1923年に出版されたロシア人探検家ウラディミール・アルセーニエフによる探検記録(『デルス・ウザーラ』)が原作である。

アルセーニエフは、当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いることとなった。そこで、彼は先住民のデルス・ウザーラと出会う。

詳しくは映画を見てほしいが、映像表現の力強さには、目を見張るものがある。

何よりも想像されるのは、極寒の地での撮影の困難さである。黒澤明監督は、過酷な自然環境の中で、ほとんどがロシア人というスタッフやキャストに囲まれて、なぜかくも過酷な映画を撮影し、それを成し遂げることができたのだろうか。

当時、黒澤明監督は失意のうちにあった。ハリウッド進出が失敗に終わったことや、自殺未遂騒動が起こったことなどはよく知られている。スランプというにはあまりに大きな空白時期である。日本で映画を撮ることは、黒澤監督にとって絶望的なことだったのかも知れない。

そして黒澤監督は、新天地を海外に求める。以前からあたためていた「デルス・ウザーラ」の企画を、ソ連に持ち込み、実現させるのである。

映画を作る執念が堰を切ったようにあふれ出たのかも知れない。その力強い映像表現と、強いメッセージには圧倒される。あえて過酷な現場を選んだのではないか、と思ってしまうほどである。

この映画は、1975年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞している。世界が、この映画を認めたのである。

この映画にまつわるエピソードで私が好きなのは、黒澤監督が、その後の映画人生で困難にぶつかった際、「デルス・ウザーラ」の時のつらさを思えば、たいしたことではないと思うようになった、ということだ。何かの本で読んだ。

残念ながら、その後の黒澤映画はよい作品に恵まれたとはいいがたいが、それでも、この映画が、黒澤監督にとって一つの転機になったことは間違いないだろう。

つらい時には「デルス・ウザーラ」を思い出せ。

私にとっての「デルス・ウザーラ」とは、何だろう。

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