アメとムチ
明日からソルラル(旧正月)の4連休というこの日、「猟奇的な先生」は、2時間目の最初に、みんなに「ヤクパプ」を配った。
「ヤクパプ」とは、旧正月の時に食べる、餅米を炊いたもので、日本でいえばお餅にあたるものだろうか。ちまきにも似ている。
「猟奇的な先生」は、連休の前の日ということもあってか、いつになくやさしい。本来であれば、授業中に飲食をすれば、怒った上に、その食べ物をとりあげるのであるが、今日は、「トゥセヨ(食べなさい)」とおっしゃる。
私が、(これは何かの罠ではないか)と思って、食べるのをためらっていると、やはり「トゥセヨ」とおっしゃる。
昼食を抜いていたこともあり、美味しくいただいた。
また、「猟奇的な先生」は昨日、映画「レッドクリフ2」を見に行ったという。
「ソルラルは、家にいないで、映画を見に行きなさい。この映画は面白いから」
お調子者のマ・クン君は、「じゃあ今日の夕方、さっそく見に行きます!」と答える。
「猟奇的な先生」のご機嫌もよいようだし、これで、気持ちよく連休がすごせる、と思った矢先のことである。
悲劇は、2時間目の最後に起こった。
「この前のクイズ(小テスト)の結果、相当悪かったわよ。それに、今日のパダスギ(書き取り小テスト)もひどかったわね。このままだと、この班のほとんどの人が、来学期もう一度、1級をやることになるわね」と、先生がおもむろに話し出す。
そして、私とパオ・ハイチェン君の2人は、このままの調子で頑張れば2級に上がれると思うが、そのほかの人たちは、このままでは、2級に上がれない、と宣告したのである。
この言葉に、一同が耳を疑った。
マ・クン君が「僕は来学期、2級に上がりたいんです」と懇願する。
「おそらくダメだわね」と先生。
ジャッキー・チェンにそっくりのトゥン・チネイ君も、「僕も、来学期はもう一度1級の授業を受けなければいけませんか?」と、消え入るような声でたずねる。
「このままだと、おそらくそうなるでしょうね」と先生。
一同が、慄然とする。
パンジャンニム(班長殿)も、言葉を失っている。ただただ、「ウェ?(どうして)。ウェ?」と、信じられない、という様子で先生に質問する。
しかし先生は、「別に私が決めるわけじゃないのよ。いままでの点数を総合的にみると、そうなる可能性が高い、ということよ」と突き放す。
そして、「このあと、クイズが1回あって、最後に期末試験があるでしょう。その時には一生懸命に頑張りなさい」とだけおっしゃる。
私以外はみんな、2回も3回も、多い人は4回も、この1級(初級)の授業を受けてきた連中だ。とくにパンジャンニムは、もう1年も韓国にいる。その間に、ヨジャチングはどんどんと上級のクラスへと進んでいる。いつになったらこの「1級地獄」から抜け出せるのか?
たぶん、いちばん慄然としたのは、パンジャンニムだっただろう。
「ソルラルには、映画を見たり、一生懸命勉強したりして、有意義に過ごしなさいよ~」とおっしゃって、「猟奇的な先生」は教室をあとにした。
いつものような激しい怒りではなく、どちらかというと、突き放した、あきらめムードの捨て台詞である。こちらの方が、はるかに恐ろしい。
「猟奇的な先生」が教室のドアを開けて去られたあと、心なしか、教室には冷たい風が吹き抜ける。一同が、言葉を失っていた。
パンジャンニムは、宿題のノートをみんなから集めるという班長の仕事をやる気力すらなくなっている。そのことを察したパオ・ハイチェン君は、パンジャンニムの代わりにみんなから宿題のノートを集め、先生のところに持っていった。
さて、後半の、ベテランの先生の授業。
教室が、水をうったように静かである。全員がうなだれている。「心ここにあらず」といった感じである。
ベテランの先生が不審に思って、「どうしたの?今日はみんな変よ」と聞く。
パンジャンニムが泣きそうな顔で、「キム先生が、このままではこの班のみんなが2級に上がれない、とおっしゃったんです」
おいおい、「みんな」ではないだろう。
「それでみんな元気がないのね。残っているクイズと期末試験を一生懸命頑張れば大丈夫よ。だから気持ちを切り替えて勉強しましょう!」
と先生はおっしゃるが、そんな言葉くらいで気持ちを切り替えられるはずもない。
「ほら!どうしたの?おかしいわよ。いつもならうるさいぐらいに喋っているのに。この班らしくないわよ」
ん?「授業中にうるさくない」のが「おかしい」って、どういうことだ?
それはともかく、面白いくらいに、みんなの様子が変化したことだけははっきりしている。
いちおう教員の端くれとしての立場から言えば、彼らの日ごろの授業態度、学習態度では、成績が伸びないだろうな、というのは、容易に想像がつく。だから、厳しい言葉だが、「自業自得」と言わざるを得ない面もある。
そして学生の立場から言えば、これほどの戦慄な発言はない。私自身についても、「調子に乗るなよ。うかうかしていたら、1級地獄から抜けられなくなるぞ」という恐怖感が、これからたびたび私を襲うことになるだろう。
しかし、教育、とは難しい。
このタイミングで、「1級残留」を彼らに宣告したことは、果たして、彼らにとってよかったのか?残された授業に対する士気を高めることになるのか、あるいはその逆になるのか、よくわからない。
あるいは、そのどちらでもないかも知れない。彼らは、今日言われたことも、次第に深刻に受け止めなくなり、忘れてしまうかも知れない。
4時間目の授業では、次第に本来の元気を取り戻していく。
「○○を勉強したいので○○に電話をかけて、入会方法を聞く」という会話練習。
マ・クン君とトゥン・チネイ君の会話。
トゥン・チネイ「もしもし、テコンドー教室ですか?」
マ・クン「ハイ、こちら『大マ・クン テコンドー道場』です」
トゥン・チネイ「私、フランス人なんですけどね。フランスでテコンドーを習っていたんですが、韓国へ来てもテコンドーを習いたいと思いまして。」
マ・クン「ありがとうございます。『大マ・クン テコンドー道場』は、大邱でも知らない人がいない、有名な道場です」
トゥン・チネイ「練習はいつから始まりますか?」
マ・クン「3月2日から5月31日までの3カ月です」
トゥン・チネイ「いくらですか?」
マ・クン「1カ月15万ウォンです」
トゥン・チネイ「その、…『豚マ・クン テコンドー道場』に行くには、どうしたらいいんですか?」
マ・クン「『豚』ではない!『大』です!」
トゥン・チネイ「いま、チェジュド(済州島)にいるんですけどね。チェジュドから、どうやっていったらいいんですか?」
マ・クン「チェっ、チェジュド?…飛行機に乗って、大邱国際空港に降りなさい。そこからタクシーに乗って、運転手に『大マ・クン テコンドー道場』と言えば、有名なのですぐわかりますよ」
トゥン・チネイ「飛行機とタクシーですか。お金がないんで無理ですね。自転車では行けませんか?」
マ・クン「いい加減にしろ!」
相変わらず、トゥン・チネイ君が相手を翻弄しながら会話を進めていく。
しだいに、いつもの「わが班」らしい授業に戻っていった。
しかし私の心の中には、まだあのときの戦慄は消えていない。あのときの戦慄を最後まで引きずるのは、ほかでもない、この私ではないだろうか。
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