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マ・クン君からの手紙

今学期最後のクイズ(小テスト)も終わり、あとは明日の授業と明後日の期末試験を残すのみとなった。

「猟奇的な先生」は、「今学期の授業が明日で終わりで、本当に気分がいいわ!」とえらく上機嫌である。「猟奇的な先生」にとっても、この2カ月あまりの間は、長い戦いだったのだろう。

4時間目の授業中、私のところにノートの切れ端がまわってきた。

二つに折られたそのオモテのところには、「ピョンジ(手紙)」と書いてある。

顔を上げると、私の正面にいるリュ・ピン君が、マ・クン君を指さしている。

どうもマ・クン君が書いた手紙のようだ。

中を見ると、次のように書いてあった。

「スオプ クンナヨ ウリ カッチ パブル モゴッソヨ チュングク パブル マシッソヨ」

直訳すると、次のようになる。

「授業 おわります 私たち 一緒に ご飯を 食べました 中国ご飯を おいしいです」

綴りや助詞の使い方や時制がめちゃくちゃだが、ふだんの会話から察して、

「授業が終わってから、私たちと一緒にご飯を食べましょう。中国料理はおいしいですよ」

と言いたいのだと思う。

読み終わってマ・クン君の方を見ると、「OKですか?」という顔をしている。一瞬、どうしようか迷ったが、こちらもアイコンタクトで「OK」と返事をした。

授業が終わって、6時に大学の北門で待ち合わせる。待っていたのは、リュ・ピン君だった。横にもう1人いて、「僕のトンセン(弟)です」と紹介した。

「あなたがトンセン(弟)ですか」と聞くと、「いえ、僕はトンセンではありません。彼のチング(友達)です」という。

どういうことだ?てっきり、弟も一緒に韓国に来ているのかと思ったら、そうではなかったのだ。どうも、リュ・ピン君は、その友達を日本語でいう「舎弟」の意味でトンセンと呼んでいるようである。

リュ・ピン君の案内で、マ・クンの部屋に向かう。道すがら、リュ・ピン君が話しかける。

「アジョッシ、覚えてますか?僕が前にアジョッシに教えてもらった日本語」

「覚えてるよ。『アイシテル』だろう」

「そう、『アイシテル』」

「使ってみた?」

「ヨジャチング(ガールフレンド)に言ってみました。でも、ヨジャチングはわからなかった」

歩くこと10分。マ・クン君の部屋のある建物に到着。日本でいえばワンルームのアパートである。語学堂で学んでいる中国人留学生ばかりが住んでおり、さながら寄宿舎のようである。

部屋にはいると、マ・クン君と、リュ・ピン君のヨジャチングが、すでに料理の準備をしている。

やがて、同じアパート内に住んでいる、マ・クン君の友達が入ってくる。

「このアパートのヌナ(お姉さん)です」

とマ・クン君が紹介する。聞くと、同じ大学の語学堂で勉強しているのだが、学生ではなく、仕事をしているらしい。韓国語をマスターして、こちらで本格的に仕事をしたいのだ、という。実際、みんなより少し年上である。韓国語も上手で、しっかりもの、という感じの人である。

総勢6名で鍋を囲む。少々辛い鍋だが、冬の鍋のよさは、中国も韓国も日本も変わりないことを実感する。

途中、マ・クン君がスカイプをはじめた。故郷のオモニ(母)やヒョン(兄)と、他の中国人留学生たちにもわからないような地元の言葉(方言)で会話をしている。パソコンにつけられたカメラで、私たちをさかんに映して、故郷の人たちに紹介していた。嬉しかったのだろう。

スカイプでの会話が終わった後、私は彼に聞いた。

「今度のパンハク(休暇)に中国に帰る、ということを、プモニム(ご両親)は許してくれたの?」

「実はまだ話してません。でも、突然帰れば、プモニムも『帰ってくるな』とは言えないでしょう。だから黙って帰ります」

ひとりで韓国にいるのは、やはりつらいのだろう。

やがて、1人帰り、2人帰り、となり、私だけが残った。

中国の度数の強いお酒を飲みながら、お互い、たどたどしい韓国語でいろいろな話をする。

といっても、もっぱら話すのはマ・クン君で、私は聞き手である。どうも私は、日本だけでなく韓国でも聞き手に回ることが多い。

マ・クン君は、これまでのことを、ときに可笑しく、ときに真剣に話した。故郷の家族のこと、韓国に来てからのこと、そして、語学堂でいちばん大好きなナム先生のこと…。

その話しぶりは、ふだんの授業の会話練習からは想像もつかないほど、わかりやすい。技術の習得だけが、コミュニケーションを成り立たせているのではないことを、実感する。

気がつくと9時になろうとしていた。帰ろうと思って立ち上がると、マ・クン君が聞いた。

「中国のお酒はどうですか」

「度数が強くて大変だけど、冬に飲むにはいいね」

「今度中国から戻ってきたら、必ずおみやげに持ってきます」

マ・クン君がアパートの外まで見送ってくれて、「じゃあまた明日」といって別れる。

度数の強いお酒を醒ますには、ほどよい寒さの夜だった。

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