特技はテンジャン・チゲ
2級に入って、急にレベルが上がった。
当然といえば当然なのだが、その原因の一つは、わが班の学生たちが、先学期の学生たちとはくらべものにならないほど、熱心に授業を受けていることにある。
ここへきて、自分とは倍ほど違う年齢の学生たちとの潜在能力の違いを、まざまざと思い知らされる。やはり語学は若いうちにやるべきである。
もう一つの原因は、担当の先生の授業の進め方である。
(自分の能力の無さを棚に上げて、他人のせいにばかりするのもどうかと思うが)
前半の文法の先生は、昨日書いた「サザエさん」というよりも、「海老名みどり」みたいな感じの人といった方が、より近い(このたとえも、わかりにくいか?)。見た目の印象も、話しぶりも、そんな感じなのである。早口で、粗忽者だが、憎めないタイプ、と言ったらよいだろうか。
とにかく早口でまくしたてる。それでいて、言い間違えとかうっかりミスもけっこう多い。本日のパダスギは10点満点で9点だったのだが、その1問は、昨日の授業で習っていないものだった。「あら、ごめんなさい。これは昨日教えなかったわね」と、採点し終わってから気がつかれたのである。粗忽者、といったら失礼だろうか。
今日は「トゥキ」と言って、リスニングの授業だったのだが、聞き取った内容を書かせるときに、「はやく書いて!」「はやくはやく!」「わからなくてもいいからはやく!」と、何度もおっしゃって、せきたてる。
リスニングのCDも、早送りして聞かせる始末。いったい、何をそんなに急いでいるんだろう。
せっかちなのは韓国人気質といえようが、それにしても、これほどせっかちな人は見たことがない。
とにかく、早いサイクルで授業が進むので、脳細胞が死滅しつつある私には、ついて行くのがやっとである。
前半の先生の授業が終わってから、先生が私の席までやってきて、
「授業は簡単?難しい?」
とお聞きになる。
「クジョクレヨ(まあまあです)」
と答えた。
「ということは、簡単でもなく、難しくもない、てことね」
「ええ、でも、『トゥキ』は、(進むのが)早くて少し難しいです」
私はいまの気持ちを正直に申し上げた。
「やっぱり早かったかしら。でも今日はやらなければいけないことがたくさんあったのよ。次回からは少しゆっくりやることにします」
そうおっしゃったが、次回のリスニングの授業も、おそらくやることがたくさんあるはずである。
さて、前半の授業が終わった、休憩時間でのこと。
私の右側にいた中国人留学生が、2階の自動販売機で買ってきた缶のコーラを私にくれた。そして「こんにちは」と日本語で話しかけてきた。
「あれ、日本語しゃべれるの?」
と聞くと、その学生は、ノートを取り出して、そのノートを読み上げはじめた。
「ハジメマシテ。ワタシハ『チャン・ハン』トモウシマス。ドウゾヨロシクオネガイシマス。○□×△※%&……」
ノートをのぞき込むと、日本語の発音をハングルで書いていた。ただ、後半は、何を言っているのかよくわからなかった。
(以下は韓国語で)「どうですか?合ってますか?」
「合ってるよ。どこで日本語を習ったの?」
「兄が日本で会社に通っているのです。兄はソニーに勤めています」
「あ、そうなの」と答えるが、本当かどうかはわからない。
「BOA、知ってますか?」
「知ってるよ。歌手でしょう」
「かわいいですよね」
「そうだね。日本でも有名だよ」
そうは言ったものの、BOAの歌はほとんど知らない。
会話はそれで終わり。チャン・ハン君はイヤホンを両耳に当て、音楽を聴き始めた。
さて、後半の授業。
ナンシー関に似ている先生の、底抜けに明るい授業である。
授業中に、中国語(や日本語)を喋ったら、歌を歌わせる、という罰ゲームがあると昨日書いたが、「歌を歌ってもらう時間がないので、罰金1000ウォンに変更します!」とおっしゃった。この発想も、いかにも韓国らしい。
さて、今日のテーマは「自分の特技」。ピアノが得意だとか、サッカーが得意だとか、得意なもの、あるいは得意になりたいものについて語る。
昨日の授業で、先生は私に「韓国の料理を作ったことがありますか?」と質問された。
私は「テンジャン・チゲをよく作ります」と答えた。何のことはない、日本の味噌汁のようなものなので、こっちは適当に作っているのだが、うっかりこう答えたことが、命取りになる。
もはや先生の中では、私の特技は完全に「テンジャン・チゲを作ること」、になってしまっているのである。今日の授業では、ことあるごとに私に向かって、「テンジャン・チゲを上手に作れるんですよね」「みなさんも、作り方を教わりましょう!」などとおっしゃる。
いつの間にか、私は「テンジャン・チゲを上手に作る」というキャラを与えられてしまったのである。
まあ、うっかり「ノレ(歌)」と答えてしまって、歌を歌わされるよりはましだろう。それとも、いつか、本当にみんなの前でテンジャン・チゲを作らなければならない日が来るのだろうか。
さて、今日出された宿題、「私の特技」と題する作文には、何を書いたらいいものか。
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