« カタカナが書けない! | トップページ | 観光、のようなもの・1日目 »

この坂をのぼれば

坂は、日によってその勾配を変える。

今日、語学堂に行く途中の坂道をのぼろうとして、そう思った。「あれ、この坂、こんなに急勾配だったっけ?」

もちろん、本当に坂それ自体が勾配を変えているわけではない。ここ数日の精神状態が、そう感じさせているのであろう。

私と同世代の深夜ラジオDJが、こんなことを言っていた。

「高校を中退したのは、高校に行く途中の坂道があまりに急だったから。でも最近、その坂道に高校中退以来、久しぶりに行ってみると、その坂道は急勾配どころか、平坦に近い坂だった。『この坂、工事しました?』とまわりの人に聞いても『そんなことはない』と答える。どうも、坂道が急だったから高校をやめたのではなくて、高校をやめたい理由を、坂道のせいにしたかったから、急な坂だと思いこんでいたのだろう」

話術を再現できないのが残念だが、だいたいこのような話だった。

ずいぶん前のことだが、笑福亭松枝という落語家が書いた『ためいき坂くちぶえ坂』という本を読んだことがある。六代目笑福亭松鶴一門のまわりで起こった、さまざまな出来事を綴ったエッセイなのだが、この本が私にとってはたまらなく面白かった。独特の観察眼とその柔らかい文体からは、笑福亭一門に対するそこはかとない愛情が感じられて、一門とは無縁であるはずの私も、笑福亭一門の世界にのめり込んだのであった。実は私のこの日記も、その視点や文体において、この本の影響を多分に受けているのではないか、と今になって思う。

本のタイトルとなった「ためいき坂くちぶえ坂」とは、松鶴師匠の家に行く途中にある坂のことである。弟子たちは毎朝、この坂を上って、師匠の家に行き、そして夜、この坂を下ってそれぞれの家に帰る。師匠の家に行くときはため息をつきながらの上り坂、師匠から解放されたときは、口笛を吹きながらの下り坂となるのである。そこでいつしか、弟子たちはこの坂を「ためいき坂」「くちぶえ坂」と呼ぶようになったのである。

同じ坂が、「ためいき坂」にもなり、「くちぶえ坂」にもなる。坂とは、なんと変幻自在なものだろう。坂は、人間の心情とどこかでつながっていて、心情が変化するたびに、坂もまたその姿を変えるのではないか。タモリ氏が、坂道好きが高じて『タモリのTOKYO坂道美学入門』という本を出しているが、坂道にはやはり、不思議な魅力があるのだろう。

さて、今日も1時から語学の授業である。最近の2級4班は、次第に学級崩壊の様相をみせてくる。とくに後半の授業になると集中力が切れるせいか、中国語の私語も増えてくる。そして彼らが作る例文も、相変わらず「ヨジャチング(ガールフレンド)」だの「ファジャンシル(トイレ)」だのといった言葉を多用している。

さすがの「粗忽者の先生」も、「そんなことばっかり言ってて面白い?」と、冷めたテンションでツッコミを入れる。

私は、もう無視を決め込み、あまり関わらないようにしよう、と心に決める。それに、先生のテンションに合わせるととてももたないので、淡々と授業を受けることにしよう、と。

後半の対話の授業では、2人がペアになって対話練習をする。

私の相方は、河南省出身のヤン・シニャン君である。ヤン・シニャン君は、物静かで、孤高の美青年、といったところか。あまりよいたとえが見つからないが、『御法度』の頃の松田龍平に雰囲気が似ている。

授業を休みがちで、先生方も、いつ彼が欠席するか、いつもハラハラしている。そういう危うさが彼にはある。

さて、2人でペアになって対話練習をすると、ほとんどのペアは、早々に練習を終えてしまい、中国語で私語するようになる。しかし私はまじめなので、めいっぱい練習をする。どちらかといえば韓国語がそれほど上達しているとは言いがたいヤン・シニャン君は、それでも、私の練習に最後までつきあってくれるのである。意外といいやつじゃないか。

さて、今日は授業の最後に、「この班で、誰が一番○○か」という問題を出して、それに答える、という練習をする。いちおう習った文法の練習ということだが、班のチング(友達)どうしの交流をはかる、という意味もあるのだろう。

「誰が一番笑顔がかわいいですか」とか、「誰が一番うるさいですか」とか、「誰の服が一番面白いですか」など。日本だったら、こんなことを授業でやったら「いじめを助長する」とか、「差をつけるのはよくない」などとして、たちまち問題となるだろう。しかしここではそんな理屈は存在しない。

別に多数決で決めるわけでも何でもない。質問された人が答えればよいだけなのである。ちなみに私は、「発音が正確な人」「勤勉な人」「料理が上手そうな人」という質問で名前があがった。最後の「料理が上手そうな人」は、特技がテンジャン・チゲである、という都市伝説が生み出した虚像である。

こんなことを言いあうのは意外と楽しい。そして、この過程で、ほとんどの人の名前を把握することができた。

正確に聞き取っていないかも知れないが、忘れないようにメモしておこう。

パンジャンニン(班長殿)のス・オンイ君。「スーパーマン」ことチャン・イチャウ君。雨上がり決死隊の蛍原にそっくりのホ・ジュエイ君。「粗忽者の先生」にいつも「マ・ポン君」と名前を間違えられるマ・ロン君。私に日本語で話しかけたチャン・ハン君。孤高の美青年、ヤン・シニャン君。1級1班からの同級生、リ・ミン君、愛嬌のある顔のリ・ポン君。リ・ポン君といつも仲良く喧嘩しているホ・ヤオロン君。そのホ・ヤオロン君といつも仲良く喧嘩しているチ・エさん。ビックリするくらい素直で韓国語もよくできるチン・チエンさん。優等生顔をしているリ・ペイシャン君。韓国に2年くらいいて、韓国語がよくわかるのに、なぜかまだ2級にいる、キザなタン・シャオエイ君。お菓子が好きなルー・ルーさん。あと1人、まだ名前が覚えられないな。白縁の眼鏡の青年。

帰りの下り坂の足取りは少し軽かった。くちぶえを吹くほどではなかったけれど。

|

« カタカナが書けない! | トップページ | 観光、のようなもの・1日目 »

2級4班」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« カタカナが書けない! | トップページ | 観光、のようなもの・1日目 »