先生も、大変なのだ
つくづく思う。語学の先生は大変だなあ、と。
「粗忽者の先生」を例にとろう。午後1時から、文法の授業を2コマ続けて行う。途中、10分間の休憩時間があるが、1コマ目と2コマ目の間の休み時間は、授業の最初に行うパダスギ(書き取り試験)の採点をして、授業時間内に返さなければならない。だからほとんど休みなく次の時間に突入する。2コマの授業が終わると、今度は別の班のマラギ(会話表現)の授業を2コマ担当しなければならない。つまり、月曜日から金曜日の、午後1時から5時まで、ほとんど休みなく授業を行っているのである。しかも、わからずやの中国人留学生たちを相手に、大声を張り上げながら根気よく授業をしなくてはならない。
先生の仕事は授業だけではない。学生に毎日提出させている宿題のノートも、すべて添削して、翌日までに学生に返さなければならないのである。学生に宿題を多く出せば出すほど、先生の負担も増える、という仕組みになっている。
あの小柄な「粗忽者の先生」に、よくあれだけのパワーがあるものだ、とひたすら感心するほかない。過重労働なのではないか、と他人ごとながらつい心配になってしまうのである。語学の先生の入れ替わりが激しいのも、そういうことと関係しているのだろうか。
4月8日(水)、「粗忽者の先生」の授業がはじまる直前、5人くらいの「先生」らしき人が教室に入ってきた。以前にもあったことだが、どうも「粗忽者の先生」の授業を見学するらしい。合わせて、授業の様子を録画するためのビデオもセットされた。
こういうときは、誰でもいささか緊張するもので、「粗忽者の先生」も、その例外ではない。最初は緊張している様子が手に取るようにわかるが、次第に本来のペースを取り戻していく。授業を見に来た「先生」らしき人たちも、「粗忽者の先生」の話術に引き込まれているようだった。
今週は、私の席が教卓のすぐ近くだったので、1コマ目が終わった休み時間、パダスギを採点している先生に聞いてみた。
「今日は公開授業ですか?」
「ええ。勉強をしない学生にどうやったら勉強してもらうように教えるか、というテーマで聞きにきたみたい。授業のスピードはやっぱり速かったかしら」
「いいえ、大丈夫でした」
実際、私もこの先生のペースにすっかりと慣れていた。5人の先生が聞きにくるにふさわしい授業だと、私も思う。
2コマの授業が終わった後、見に来ていた「先生」らしき人が「粗忽者の先生」に対して、「チャル トゥロッスムニダ」と口々に挨拶した。直訳すると「よく聞きました」ということだが、興味深く聞きました、という意味の褒め言葉である。実際、5人の方々も、授業に引き込まれていたようだった。
この班のよさは、先生の話芸ばかりではない。それを受けとめたり投げ返したりする、中国人留学生たちとの絶妙なコミュニケーションによるところも大きい。
授業中には、絶妙なまでのちぐはぐなコミュニケーションが展開されるのである。
これが日本の学生だったら、ある程度先生の期待する答えを出そうと努力するが、彼らは、それを見事なまでに裏切る。
たとえば、「ル・タオ君がヨジャ・チングのことで悩んでいます。みなさんだったらどうやってアドバイスしますか?」と先生が質問する。
先生が期待する答えは、「一緒に美味しいものを食べて仲直りする」とか、「花をプレゼントする」といったものだろう。だが彼らはいの一番に、「新しいヨジャ・チングをつくればいい」とか、「ヨジャ・チングに新しいナムジャ・チングを紹介すればいい」とか、おそらくは先生の期待を裏切るような答えを次から次へと繰り出してゆく。
それに対して、また先生も切り返す。授業は、このくり返しである。
今日(4月9日)も、こんなことがあった。
「みなさーん。旅行に行ったら、どんなところに泊まりますか」
と先生がおっしゃって、ホテル、モーテル、などをあげていく。
「最近は、お金のない学生はともだちの家やチムジルバンに泊まったりすることも多いんですよ、他にどんなところがあるでしょうか?」と先生。
「PCバン(日本でいうネットカフェ)!」
「でもそこでは寝られないでしょう。ちゃんと寝られるところでないとダメよ」
「陸橋の上!」
「それはお金のない人が寝ていたりするところでしょう」
「ノレバン(カラオケボックス)!」
「ノレバンも寝られないでしょう」
「でも先生、ノレバンにチムデ(寝台)がある部屋もありますよ」
「そんな部屋あるわけないでしょう」
「あります!ソウルで見ました!」
ここから、中国人留学生たちが、どういうところに泊まるか、について、中国語で議論しはじめた。
先生がうっかりと話題をふったばっかりに、中国人留学生たちの間で大議論がはじまり、収拾がつかなくなってしまうことは、よくあることだ。
業を煮やした先生が、
「わかったわかった。みんなの言っていることは全部正しいわよ。どこでも寝られるわ!」
と言って、この話題を強引に終わらせようとする。
私にはこの光景がたまらなく面白く、ひとり大笑いしてしまう。
しかし毎時間、このちぐはぐなコミュニケーションを忍耐強く続けていく精神力は、並大抵のものではないだろう。
つくづく思う。語学の先生は大変だなあ、と。
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