サムルノリ戦争!
4月26日(日)
金曜夜、休暇でソウルに来ていた妻と合流し、翌日の土曜日、ソウルの某大学で学会に出る。そして日曜朝、妻が帰国した。
せっかくソウルに来たのだから、このまま大邱に戻るのはもったいないと思い、午前中に昌徳宮をはじめて見学する。
昼過ぎ、土俗村のサムゲタンを食べたあと、大学路や東大門市場をブラブラする。
ソウルの中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)は、小さいながら、市民の憩いの場になっている。かつて、ソウル市民の生活用水として使われていたこの川は、衛生上の問題などから長らく暗渠化されていたが、21世紀に入って復元事業が進められた。休日ともなると川の両岸の歩道を歩く人びとで賑わう。
東大門市場の古本屋街をブラブラしていると、その脇を流れている清渓川の岸に、太鼓やどらを持った人がいるのを見つける。川岸にある小さな舞台のようなところで、韓服に着替えているところだった。
その楽器や服装などから、「サムルノリ」をこれから演奏するのだろうと思った。先々週、語学の授業で、韓国の伝統音楽である「サムルノリ」について勉強したばかりである。4種類の打楽器を使うこのサムルノリというものを、一度見てみたいと思っていたところだったので、さっそく、川岸に降りて、演奏が始まるのを待った。
そして、演奏が始まる。思っていたよりも、体を使った激しい演奏である。座ったまま演奏するのかと思っていたら、全員が立ったまま、行進をしたりぐるぐると回ったりしている。
さえないおじさんたちだったが、演奏する姿は格好いい。感心しながら見ていると、15分くらい経ったころであろうか。事件が起こる。
1曲目の激しい演奏が終わった直後のことである。突然、マイクを通しておじさんの声が聞こえてくる。
「ハイ、みなさん、大変お待たせいたしました!」
声のする方を見ると、川の中に特設された水上舞台の上に、おじさんがマイクを持って立っている。いま演奏していた川岸の舞台から、わずか30メートルほどしか離れていない場所である。
「ではこれから、1時間ばかり、素敵なショーでお楽しみ下さい。まずは、韓国の伝統音楽、サムルノリの演奏です!」
ええ?おかしい。だっていま、サムルノリの演奏を聴いたばっかりじゃん。
「今日は、サムルノリの第一人者、○○先生のグループの方に来ていただきました。みなさん、大きな拍手をどうぞ!」
どういうことだ?呆気にとられる。
いや、一番呆気にとられたのは、さきほどまでサムルノリを演奏していた、川岸舞台の一団の人たちだろう。わずか自分たちから30メートルしか離れていない場所で、別のサムルノリ奏者が演奏するのである。どう考えても、営業妨害である。
「みなさん。○○先生が舞台に上がられました。大きな拍手を!」
おじさんの大げさな「営業」用の司会にうながされるまま、川岸の人びとは拍手で迎える。
世の中、声の大きい人間が勝つのは常である。まさにマイクの力で、観客の目は瞬時にして、水上舞台にスタンバイしたサムルノリ楽団に注がれた。司会者が「有名な○○先生」と連呼したのも効果的だったのだろう。誰だかよくわからないが、有名な先生だ、という意識がすり込まれたのである。
川岸舞台の一団はたまったものではない。客を一気に取られてしまったからである。あわてて、今回の水上舞台を担当していると思われる女性スタッフが、川岸舞台の一団のところに走る。
ここから先は、声が聞こえないので、私の想像。
「おい、いったいどうなってるんだ!こっちだって、許可をもらってやっているんだ!」
「すいません。こちらも、ずいぶん前から決まっていたことでして…」
「冗談じゃないよ。まだ演奏の途中なんだ。1時間もやられたら困るよ」
「わかりました。では、30分!30分だけこちらに時間を下さい。そうしたら30分の休憩時間をとります。その間に、残りの曲を演奏してください。そのかわり、30分経ったら、必ずこちらのプログラムを再開します。私の方で演者を説得しますので、必ず時間は守ってください」
たぶん、こんな交渉が行われたのだろう。
さて、サムルノリの演奏は、さえないおじさんたちの川岸舞台の一団にくらべれば、女性ばかりの華やかな集団で、しかも演奏も上品。対照的な演奏である。
手持ち無沙汰で待っているおじさんたち。
水上舞台のサムルノリ演奏が終わった。
すると、ただちに川岸舞台のサムルノリ一団が楽器を鳴らし出す。
「ちょっと待ってください!まだです!」
と、女性スタッフの声。たしかに、まだ30分経っていない。川岸集団のおじさんたちは、「早く終われ!」と、プレッシャーをかけたのだろう。
続いて、水上舞台では演歌歌手の登場。コッテコテの演歌を歌う。大げさな司会者が、再び観客に拍手をうながす。
さらに続いて、音楽に合わせて、チマチョゴリを着たアジュモニによる、扇子を使った舞。なんだかよくわからないうちに、30分が経った。
「みなさん、大きな拍手ありがとうございます。では、30分ほど休憩の後、再びみなさんにお目にかかりましょう!」と、相変わらず大げさな司会者。
司会者の言葉が終わるか終わらないかのうちに、川岸のサムルノリ一団が演奏をはじめる。先ほどの上品なサムルノリ一団とは対照的である。なかばヤケクソぎみに、打楽器を乱打して演奏を続ける。
1曲目が終わったかと思うと、すぐさま先ほどの大げさな司会者がマイクをとる。
「ハイ、みなさん。大変お待たせいたしました!」
すると、
「まだ終わってないよ!」と川岸から怒号が響く。
先ほどの女性スタッフも、司会者に「すいません。まだです」と耳打ちする。まだ30分経っていない。先ほどの交渉で、2曲演奏する、という約束だったのだろう。
すると、今度は水上舞台の演者のマネージャーとおぼしき、大きなサングラスに真っ赤な服のやり手のおばさんが怒鳴りはじめた。
「冗談じゃないわよ。いつまで待たせるの?うちの娘(こ)たちが寒くて震えてるじゃないの!」
たしかに今日は寒い。こうして一部始終を見ている私も凍えてきた。
スタッフの女性がなんとかなだめる。
なんとも殺伐とした雰囲気の中、川岸の舞台で2曲目の演奏が始まる。
川岸舞台のおじさんたちは、演奏をしながらも、水上舞台の方をしきりに睨みつける。もっと演奏に集中しろよ、と言いたくなる。
水上舞台の女性スタッフは、時間が気になるのか、腕時計ばかり見ている。本当に時間通りに終わってくれるだろうか、と、気が気でなかったのではないだろうか。
そして若干時間をオーバーして演奏が終了。例によって大げさな司会者が、何ごともなかったように後半のプログラムを再開した。
そして、チマチョゴリを着た若い女性3人による歌が、水上舞台で始まる。心なしか、声が震えていた。
私はここでもう寒くて限界。このあとどうなったのかは知らない。でもいいものを見せていただきました。
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