5月3日(日)
ソウルでは、毎年5月の第一日曜日に「宗廟大祭」が行われる。
「宗廟」とは、朝鮮王朝の歴代の王や王妃の位牌がまつられている場所である。1995年にユネスコ「世界文化遺産」に登録された。
この場所で年に一度行われる「宗廟大祭」は、朝鮮王朝の子孫が、歴代の王と王妃をまつる大規模な祭礼である。2001年にユネスコの「人類口伝および無形遺産傑作」に登載され、2008年には「世界遺産代表目録」に統合された。
要は、朝鮮王朝時代の祭礼を体感できる大規模な国家的イベントである。毎年5月の第一日曜日ということで、例年だいたい、日本の大型連休のど真ん中にあたる。
3年前の冬だったか、前の職場の同僚から、今年もまたうちの研究室のゼミ旅行に一緒に来ないか、というお誘いの電話がきた。いつですか、と聞くと、5月の大型連休の直後だという。その年の5月の「宗廟大祭」は、幸いなことに、5月の大型連休の直後に行われるので、旅費も安くすみ、「宗廟大祭」を見るのに、またとないチャンスだ、というのである。
「5月の連休明けですか。授業が休めないかも知れませんね」
「いいじゃん、1回くらい休講にしても。めったにないチャンスだよ」
「でも連休の後にまた休むというのも…。ちょっと考えさせてください。参加する方向で考えてみます」
と言って電話を切った。
これが、彼との最後の電話だった。
いま思えば、「参加する方向で考えてみます」とは、なんとも私らしい、煮え切らない返答である。こんなことなら、あのとき、二つ返事で「参加します!」と言えばよかった、と後々まで後悔した。
だから「宗廟大祭」を見ることは、私の3年越しの宿題だった。
しかし、具体的に、「宗廟大祭」がどのようなスケジュールで行われるのかがよくわからない。いろいろ調べてみると、大きく次の3つの行事からなるという。
9:30~11:00 宗廟の永寧殿で、祭祀行事が行われる。
11:30~12:30 景福宮から宗廟まで、御神輿行列が行われる。
13:00~15:00 宗廟の正殿で、祭祀行事が行われる。
この3つの行事は、行われる場所がそれぞれ異なる。それに、いずれもものすごい数の見物客がいるといわれる。この異なる3つの行事をうまく見るには、どうすればよいか?
以下は、本日私が体験した「宗廟大祭」をふまえた、「宗廟大祭をできるだけ楽しむための攻略法」である。
まず、「宗廟大祭」を体感するには、3つの行事をすべて見るべきである。メインは、午後に行われる正殿行事であるが、これだけを見るのではなく、すべてを見ることをおすすめする。
そのためには、朝9時には、宗廟に到着するのが望ましい。
私の場合、朝6時45分の東大邱発のKTXで8時30分にソウル駅に到着した。そこから地下鉄1号線に乗って鐘路3街で降り、9時前には宗廟に到着した。
この日の入場料は無料である。入口で、「宗廟大祭」の冊子が無料で配布されているので、必ず受け取ること。日本語版があるが、できればハングル版も一緒にもらうとよい。
さて、入口を入ると、道の真ん中に石畳の道が続いているが、この上を歩いてはいけない。この石畳の道は、王様が通った後でないと歩くことができないので、その前に歩くことは固く禁止されている。アジュモニが見張っていて、うっかり歩いたりするとものすごい形相で「降りなさい!」と注意される。
永寧殿に着いたら、できるだけ席を前の方にとって、さっさと座ってしまおう。席と言っても、石畳の上に直接座るので、新聞などの敷物があった方がよい。私はなにも用意してこなかったので、でこぼこした石畳の上に直接座ることになり、かなり窮屈だった。あと、長丁場なので、天気がよい場合には帽子も必要だ。
午前中に永寧殿で行われる行事は、あまり重要ではない王族への祭祀だが、だからといって軽く見てはいけない。午後に正殿で行われると同じ儀式次第なので、儀式の全体像を把握するのに実に有益である。しかも、正殿にくらべてこぢんまりした空間で行われ、しかも観客も午後の祭祀ほど多くはないので、近いところで、じっくりと儀式を見ることができる。
儀式は、一体何をしているのか、見ていても実はよくわからない。そのために、入口でもらっておいた冊子が役に立つ。儀式次第が書かれているからである。
儀式には、司会のような人がいて、儀式の間ずっと、独特の抑揚で何か言っているが、これは、儀式の段取りを説明しているのである。もっと正確に言えば、儀式次第を書いた漢文を、韓国語の発音で抑揚をつけて発声しており、儀式はそれにしたがって進行する。冊子を見ながら、いまどんな儀式が行われているのかを把握することができる。
さて、11:00に儀式が終わったら、すぐに永寧殿を出て、宗廟の外に出よう。ほどなくして、宗廟の前の大通りに、景福宮から来た行列があらわれる。自動車やバスが走っている横に朝鮮王朝時代の行列がつづいている光景は、それだけでも見る価値がある。
行列を見たら、急いで宗廟に戻り、遅くとも12:30ごろまでには正殿に入るようにしよう。ただし、いくら急いでいたとしても、石畳の道の上は絶対に歩かないように。アジュモニにすごい顔で叱られる。
正殿はすでにたくさんの人でいっぱいである。だができるだけ前に進み、少しでもすき間のあるところに座り込もう。こちらは敷物が敷いてあるので問題ない。
なにしろ年に一度の国家的行事なので、ものすごい数の人である。しかも、永寧殿にくらべて敷地が広いので、最初はなかなか儀式の様子を把握することはできない。とくに建物の中で、一体何が行われているのか、ほとんど見えない。でもあきらめることはない。
ここで、午前中に予習しておいた永寧殿行事が役に立つ。基本的に同じ儀式次第なので、だいたい見当がつくようになる。そして再び冊子を活用しよう。
また、当日はテレビ局のカメラが入っていて、その様子が正殿の左右の大きなスクリーンに映し出される。建物の中で行われる儀式の様子も、これによって見ることができる。だから、できるだけスクリーンがよく見えるところに陣取った方がよい。ただ、注意すべきことがある。
クレーンカメラなども使用されており、力の入れ具合がうかがえるが、しかし、テレビ局のスタッフという性(さが)なのか、演出のために、どうも不必要にクレーンカメラを使いたがるようである。
無意味に上から撮影したりするのであるが、そこに、カメラを手持ちにして撮影しているカメラマンもしっかり映り込んだりしている。だったら、手持ちのカメラマンの映像をもっと見せてくれよ、と思ってしまうのだが。
また、スイッチャーというのだろうか。画面を切り替えるスタッフの人もいるようなのだが、テレビの癖で、やたら画面を切り替えたがる。(もう少し今のところをじっくり見たいんだけどな)と思うと、すぐに画面が切り替わって、司会の人の顔が大写しになったりする。司会の人の顔はいいから、儀式をしている人の手元をもっと映しててくれよ、と思ってしまうのだが。
若干そのあたりのストレスはたまるが(というか、こんなことに文句をつけるのは、私くらいかも知れない)、気にすることはない。儀式が1時間も過ぎると、飽きちゃって帰る人がどんどん出てくる。その隙をねらって、席を前へ前へと移動しよう。私は最終的に、一番前の列まで行くことができた。
3時にすべての儀式が終わっても、すぐに帰ってはいけない。そのあと、儀式が行われた建物の中に入ることができるので、しばらく待っていること。「早く中に入れさせろ!」と文句を言ってスタッフともめている人もいるが、いっぺんに全員が入ることはできないので仕方がない。順番が来るまでおとなしく待っていよう。
建物の中に入ると、儀式の際に歴代の王や王妃に献げられたお供え物を、間近に見ることができる。これはちょっと感動である。
しかしここで驚くべきことが起こる。
見学していたアジュモニが、お供え物のお餅を、盗み食いしていた。それを見たアジュモニ予備軍の女子大生が、「あら、食べてもいいのね」てな感じで、次々とお餅を持ち帰っている。
たしかにお供え物を後でいただくことはあるが、王様に献げたものを勝手に食べていいものか?ここは、マネをして食べない方がよいだろう。恐るべし、アジュモニである。
以上が、「宗廟大祭」をできるだけ楽しむための攻略法である。
この攻略法が次に役立つのは、いつだろう。
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