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「ウブ」な資料と出会う

5月15日(金)

昨日の研究会で、いまから1500年ほど前に作られたと思われる大きな石碑(石に文字がきざまれたもの)が発見された、というニュースを先生からうかがった。発見してまもないため、まだよくわからない段階であるにもかかわらず、地方紙がスクープしたらしい。

以前、最古の碑が見つかった場所の近くから発見されたという。

研究会でも、この話題で持ちきりだった。もしこれが本当だとしたら、20年ぶりの発見となるそうだ。

私の(韓国での)指導教授は、翌日の午後に、その石碑を見に行かれるようである。

おそるおそる、「私もついていっていいでしょうか?」とうかがう。

おそるおそる、と書いたのは、私の度胸のなさもあるが、新発見の資料を、外国人が先に見てしまうことへの遠慮があった。

古本屋業界で、まだ市場に出回っていない、人の手に渡ったことのない貴重書などのことを「ウブ」という、と聞いたことがある。その意味で、この新発見の資料は、まだ評価が確定していない「ウブ」である。

それを、外国人、とくに日本の研究者が見ることは、かなりデリケートな問題なのである。以前、何度か経験したことであった。

すると指導教授の先生は、「いいよ。一緒に行こう」と、あっさりおっしゃってくださった。

そして本日。

午後12時半に大学を出て、1時間半ほどで慶州の某所に到着。数人の研究者と一緒に、待望の新資料を観察し、文字を判読していく。

といっても、あまりじゃまにならないように、横の方で、他の先生方の文字の判読の様子をうかがっていた。

みなさんメモをとっておられないので、(メモをとってもいいのかな、ダメなのかな…)と逡巡しているうちに、先生方の判読が一通り終わってしまった。

すると、指導教授の先生が、私に向かって、

「さあ、じゃあ次は、あなたが最初から読んでみなさい」

とおっしゃる。

突然のことでビックリして、え?という顔をすると、

「新しい目で見ると、また違った解釈が出るかも知れないから」

とおっしゃって、私を石碑の前に立たせた。

石碑は、高さが1メートル、幅が50センチくらいのもので、文字が書かれている面を上にして寝かせてある。私は四つんばいになって、碑面とにらめっこして、メモをとりながら判読をはじめた。

別の先生が、横から、撮影用のライトを碑面に照らしてくださる。このライトのおかげで、文字がよく見えるのである。

だが、このライトが、私の顔にも当たるため、とても暑い。それに加えて、いままでほとんど基礎知識のない分野についての判読である。他の先生も周りでじっとご覧になっているし、「時間がないから早く早く」とせき立てられもする。

いろんな条件が加わって、いつものように、また無意味に汗をかき始めてしまった。

石碑に汗を落とすこともできない。そのプレッシャーでまた汗が噴き出す。

(今日は涼しいのに、何で汗をかいているんだろう)と、他の先生方が不思議そうな顔をしている。

周りの先生に助けられながら、判読結果をメモしていく。だが、時間切れとなり、途中で終了。

他のグループがいらしたということで、私たちは別室に移り、判読の結果をまとめる。

すでにある程度整理されている判読結果と、今回の判読結果を比較しながら、内容を確定していく。私の小汚いメモもコピーされて全員に配られた。明らかに読み間違えたところが何カ所かあり、反省する。

わずか2時間ほどの観察だったが、それでも、「ウブ」の資料をこれだけ贅沢に観察させてもらったことは、何ごとにも代えがたいくらいありがたいことである。私の滞在中に、20年ぶりに新しい資料が発見されて、しかもそれを間近に見ることができる環境にあったことは、奇跡に近い。

たぶん、この経験は、滞在中の最も得難い経験として、記憶に残るだろう。

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