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ニセのあんパン

5月4日(月)

今日の授業では、命令形の間接話法を学ぶ。

これが、けっこうややこしくて難しい。とくに難しかったのは、「○○してください」を、間接話法で表現する場合である。

「私に連絡してください」を間接話法にする場合と、「○○さんに連絡してください」を間接話法にする場合とでは、使う表現が異なる。

つまり、「Aさんが私(B)に、連絡してくださいと言った」という、当事者に連絡する場合と、「Aさんが私(B)に、Cさんに連絡してくださいと言った」という、第三者に連絡する場合とでは、「ください」という表現が異なる、というのである。

ややこしいので、休み時間にノートに整理していると、私の右隣に座っている素直で明るいポン・チョンチョンさんが、じっとのぞき込んでいる。

ノートに書き終わると、「すごいですね」と手をたたいた。

なにもすごいことでもなんでもないのだが、ポン・チョンチョンさんの目には、2つの用法の違いが、わかりやすく整理されている、と思ったらしい。

「ちょっとノート貸してください。写しますので」

とポン・チョンチョンさんが言うと、いまノートに書いたものを、自分の教科書の余白に写しはじめた。

くり返すが、私のノートはきれいに整理されたノートでもなんでもない。殴り書きのようなものである。最近、「東大生のノートはきれいである」という都市伝説めいたものが広まっているそうだが、私のノートは、お世辞にも、きれいなものとはいえないのである。

しかも、韓国語の実力は、ポン・チョンチョンさんの方が私よりはるかに高い。なのになぜそんな小汚いノートを写したのだろう。

中国人留学生たちを見ていると、ノートをとる、という習慣がない。これは、中国人学生全体にいえることなのか、それともこの語学堂に通っている留学生たちだけにいえることなのかわからない。

彼らは文法の先生の授業内容を、ノートに整理しようとせず、教科書に書き込むか、さもなくば聞き流すかのどちらかである。以前、愛嬌のある赤ら顔のリ・ポン君の教科書をのぞいたことがあったが、私以上の殴り書きが余白に随所に書き込まれていて、「これでは何を書いているのかまったくわからないな…」と思ったことがある。本人だけがわかっているのだろうか。

ノートをとる、というのは、思考を整理する、という作業であるが、ひょっとして、彼らはその思考整理のトレーニングを受けていないのではないか。

もしそうだとすれば、まずノートの取り方を教えるべきではないだろうか、と思う。もしノートの取り方をマスターすれば、彼らの語学の点数は、飛躍的に上がるようにも思うのだが。

余計なお世話かも知れない。これも「優等生の発想」だ、といわれるのかなあ。

優等生の発想、といえば、私が「授業中にやらない」と誓っていることが2つほどある。

1つめは、授業中に、宿題を内職しない、ということ。

2つめは、授業中に食べ物を食べたりしない、ということ。

どちらも当たり前ではないか、と言われそうだが、中国人留学生たちは、この2つを授業中によくやっている。

いつも不思議に思うのだが、16人しか学生がいない狭い教室で、彼らはよく平然と宿題を内職できるな、と思う。いま先生が話している内容の方がよっぽど重要なのにもかかわらず、彼らはそれを聞かず、宿題の内職に必死である。そこまでして、家で宿題をやりたくないのかよ、といいたくなる。

あの、まじめ美人のル・ルさんも、平然と宿題を内職している。いや、いつもいちばん注意されているのは、ル・ルさんなのである。こうなると、まじめなのかふまじめなのかわからない。

「宿題は家でやりなさい!いまは先生のお話を聞きなさい!」とよっぽど言ってやりたいのだが、険悪な雰囲気になると困るので、いつもグッとこらえている。

2つめの「食べ物」は、1つめの「宿題」ほどひどくはない。先生の目を盗んで、授業中にお菓子を食べる学生が何人かいる、という程度である。

さて、今日の後半の授業。

大柄の先生が、私の右隣のポン・チョンチョンさんの席に近づく。何か発見したようだ。

ポン・チョンチョンさんのカバンの上に、あんパンが1つ置いてある。大柄の先生はそれを見ながらおっしゃった。

「美味しそうなあんパンですね。授業中に食べてはダメですよ……。うわっ!」

突然、先生が驚いたような声を上げた。大柄の先生の声は大きいので、私はむしろその声にビックリする。

「あら、これは、本物のあんパンじゃないですね!本物かと思ったわ」

見ると、大きさといい色の具合といい、どこから見ても本物のあんパンに見える。だが、先生は本物ではないとおっしゃる。

「ちょっと貸して」

といってそのあんパンを手に取る。手触りもたしかにあんパンである。それだけではない。においも、あんパンのにおいがする。だが、本物ではない。ニセ物の、食べられないあんパンである。

私の左隣のパンジャンニム(班長殿)のス・オンイ君も俄然興味を示し、そのあんパンを手にする。あまりの美味しそうな手触りとにおいに、思わず口の中に入れようとする。

「ダメですよ。食べられないんですから」と先生。

それにしてもよくできたアクセサリーだ。ジョークグッズというべきか。「どこで買ったの?」と聞くと、「大学の北門の前の大通りを渡って左に行ったところにある店です」と答えた。今度買いに行こう。

さて、このニセのあんパンが、まるまると太ったパンジャンニムの食欲に火をつけた。

パンジャンニムは、カバンから、小さな大福餅が4つはいった袋を取り出し、そのうちの1つをモリモリと食べはじめた。いてもたってもいられなくなったのであろう。

かくいう私も、食欲に火がついた。

そのことに気づいたのか、パンジャンニムは私に「1つどうぞ」と大福餅を勧めてきた。

「授業中だからダメだよ」と私。

「大丈夫ですよ。1つくらい」とパンジャンニムは言ったが、それでも断った。

すると、パンジャンニムは、大柄の先生に大福餅を勧める。

「ソンセンニム!1つどうぞ」

「あら、ありがとう」と、先生はあっさりと受け取る。

「ほら、先生も受け取りましたから大丈夫ですよ」

と、パンジャンニムはもう一度私に大福餅を勧めた。

パンジャンニムの機転に感謝しつつ、大福餅を受けとる。そして先生が後ろを向いている間にそれを口の中に入れた。

罪の意識を感じながら食べる禁断の味。ニセのあんパンで刺激された食欲を満足させるに十分な味である。

さて、先生の名誉のために言っておくが、先生は、受け取った大福餅を口にしなかった。

それを、中国語で私語ばかりしている「孫悟空」ことチャン・イチャウ君の口の中に放り込んだ。

大福餅を食べさせられたチャン・イチャウ君は、その時だけ、静かになったのであった。

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