名探偵登場!
6月16日(火)
今学期最初の「クイズ」(小試験)をなんとか乗りきり、ホッとする。夕食は妻と一緒に大学の近くでサムギョプサルとビール。ささやかな打ち上げである。
店の主人であるアジョッシ(おじさん)にビールとサムギョプサルを注文すると、「日本人ですね」と、かたことの日本語で話しかけてきた。
韓国の人の多くは、日本人だとわかると、簡単な表現については日本語で話そうとするが、こみ入った内容の話をしようとすると、英語で話しかけようとする。日本人はみな英語がペラペラだと思われているのだろうか。
そのアジョッシも、英語で話しかけようとしたので、こちらも必死に韓国語で応酬する。いまとなっては、英語でコミュニケーションをとるより、韓国語でコミュニケーションをとった方がはるかにましだからだ。
食事が終わり、会計を済ませようとレジに向かうと、レジに先ほどのアジョッシが立っていた。
「本当に韓国語がお上手ですねえ」と妻に向かって言う。
「アジョッシも、日本語がとてもお上手ですね。どこで習ったんですか」と妻が聞き返す。
「ひとつ、お願いしたいことがあるんですが」と、アジョッシが思いつめたように言葉を続ける。
「いまから14~15年前、釜山から下関に向かうフェリーで、2人の日本人女性と会ったんです。そのとき、名前と電話番号を書いてもらったのですが、私は日本語がわからないので、ずっと連絡できないままでいました。日本に戻ったら、その女性と連絡をとって、私の連絡先を伝えていただけないでしょうか」
そう言うとアジョッシは、レジの下から、古びた1冊の本をとりだした。その本の一番最後のページに、万年筆で2人の日本人の女性の名前がローマ字でメモされており、その下にはそれぞれの電話番号が記されていた。女性たち自身が書いたもののようである。
2人とも、「03」で始まる電話番号である。
「電話番号からすると、東京の人のようですね」と妻が言った。
そうですか、と言いながら、その古びた本にメモされた名前と電話番号を、アジョッシが白紙の伝票の裏に転記していく。そして最後に、自分の名前と連絡先を書いた。
「これ、お願いします」と、アジョッシはそのメモを妻に渡した。
タイミングのよいことに、妻は来週から1週間、日本に一時帰国する。その間に、メモに書いてある電話番号にかければ、アジョッシの依頼に答えることができる。
そういうタイミングもあって、妻はこの依頼を引き受けたのだろう。
それにしても、この依頼には謎が多い。
私たちが今日、この店に来たのは全くの偶然であった。ところが不思議なことにアジョッシは、日本人女性の名前をメモした15年前の本を、いともあっさりとレジの下から出してきたのである。つまり15年間、アジョッシはこの本を書庫にしまうこともなく、ましてや捨てることもなく、後生大事に、肌身離さず持っていたことになる。そして、日本人の客が来たときに、いつか、依頼をしようと考えていたのではないか。
アジョッシにとって、それほど思い入れのある女性なのだろうか。いったい、このアジョッシとこの女性たちとの間には、15年前に何があったのだろうか。
そして、この15年前のことは、アジョッシがかたことの日本語を話せるという事実と、何か関係があるのだろうか。
さらに、アジョッシが、15年たってもなお、この女性たちの消息を知りたい理由は何なのか?そして連絡を取りたい理由は何なのか?
事情をあまり聞かぬまま依頼を引き受けてしまった妻。
はたして、メモに書かれたところに電話して、女性は電話に出るのだろうか?
その女性たちは、アジョッシのことを覚えているのだろうか?
そしてその女性たちは、いったい何者なのか?
15年ぶりに、アジョッシと女性たちは、連絡を取り合うことができるのか?
すべては、妻の「探偵」ぶりにかかっている。
「探偵!ナイトスクープ」に依頼したいと思ったことはあったが、まさか依頼される側になるとは思わなかった。
(注 タイトル「名探偵登場」は、ニール・サイモン脚本の同名映画より)
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