3級6班親睦会
7月11日(土)
今日は、3級6班の親睦会である。
夕方6時、大学の北門に集合し、タクシーでしゃぶしゃぶ食べ放題の店に行く。
出席者は、ナム先生、パンジャンニム(班長殿)のクォ・チエンさん、日本語を勉強しているワン・ウィンチョ君、お笑い担当のチ・ヂャオ君、遊びとなるとテンションが高くなるチャン・チンさん。まじめなリュ・リンチンさん、おとなしいピ・チョンカイ君とチョ・ヒャッポ君、2級4班以来のチングであるル・タオ君とそのヨジャ・チング(ガールフレンド)。そして私と妻。合計12人である。
隣に座ったル・タオ君と、いろいろと話をする。
「この前の『後悔』の作文、とっても面白かったですよ」とル・タオ君。
「え?読んだの」と聞くと。
「ええ、授業中、みんなで推敲しているときにまわってきましたから」と、私が作文に書いたフレーズを口に出して、思い出し笑いしている。
そんなに面白かったのかな。たいしたこと書かなかったんだが。
私の正面に座っている妻が、隣に座っているル・タオ君のヨジャ・チングに話しかけた。
「西洋人みたいな顔立ちですね」
たしかに、ル・タオ君のヨジャ・チングは、目鼻立ちがはっきりしていて、美人である。
ル・タオ君も好青年だし、お似合いのカップルといえる。
いろいろ話を聞いてみると、ル・タオ君のヨジャ・チングは、料理ができないのに対し、ル・タオ君は料理が上手なので、もっぱら、ル・タオ君が作った料理を、ヨジャ・チングが食べるらしい。
中国では、男性がみんな料理をする、とよく聞くが、聞いてみると、ワン・ウィンチョ君やチ・ヂャオ君も料理が得意だという。
一度、彼らの作った料理を食べてみたいものだ。
さて、韓国のしゃぶしゃぶは、基本的に牛肉の薄切りを入れる点では日本と同じだが、スープが辛い点が、日本と異なる。あと、魚介類を入れることもある。
要するに、何でもアリの鍋である。
鍋に入れたワタリガニを食べながら、オレンジジュースを飲んでいると、ル・タオ君があわてて注意した。
「カニを食べながらジュースを飲んじゃダメです。魚とビタミンCを一緒に取ると、死ぬんですよ!」
え?という顔をすると、ル・タオ君のヨジャ・チングが補足説明する。
「そうなんです。中国では、何人もの人が死んでるんです」
ええぇぇ!そうなのか?初めて聞いたぞ。あわててジュースを飲むのをやめた。
でも、本当にそうなんだろうか、と、冷静になって考える。単なる食べ合わせの問題なのだろうか。中国でそういう事件が起こるのには、別の要因があるようにも思えるのだが…。
そんなことはともかく、食べ放題の制限時間、1時間40分が、あっという間に終了。タクシーで再び大学の近くに戻り、2次会はノレバン(カラオケ)である。
ここで、カラオケの苦手な妻は帰宅。そして、2次会からリ・プハイ君が合流する。
今回のノレバンでは、1つの野望があった。それは、韓国語の歌を歌う、という野望である。
実は数日前から、「I believe」という曲を練習していた。映画「猟奇的な彼女」の挿入歌である。
歌詞をノートに書いて、曲を何度も聞きながら、歌詞を目で追った。声に出して練習したことはないのが不安だが、まあなんとかなるだろう。
ノレバンに入るやいなや、さっそくワン・ウィンチョ君が曲を予約する。その1曲目が、なんと「I believe」だった。
それ、俺の曲だよ!と言わんばかりに、私もあわててマイクを握る。なにしろ、これを逃すと、韓国語で歌える歌がないのだから。
そして、ワン・ウィンチョ君と2人で歌い始めた。
ワン・ウィンチョ君がめちゃめちゃ上手い。ワン・ウィンチョ君に助けられて、なんとか歌いきる。
その後も、ワン・ウィンチョ君は、韓国語の歌を何曲か歌い続ける。
パンジャンニムのクォ・チエンさんも、韓国語の歌を何曲か歌う。だが、昨日の授業でとり決めた、「踊りを踊りながら歌う」という約束は、チ・ヂャオ君ともども、果たしてもらえなかった。
いつも思うのだが、彼らは韓国語の歌が本当に上手だ。若いから適応力が優れているのか、それとも単に私にその能力がないのか…。
やがて、彼らが歌える韓国語の歌が尽きると、今度は中国語の歌を歌い始める。どうも定番の歌ばかりのようで、彼らの盛り上がりようは半端ではない。
わからない曲ばかりだったのだが、途中、「后来(ホーライ)」という歌を聴いて、ハッとする。
kiroroの「未来へ」という曲のカバーである。
しかも、サビの部分の「ほら 足元を見てごらん」の「ほら」の部分が、「后来(ホーライ)」と歌っているのを聴いて、「なるほど、上手く考えるもんやなあ」と、感心してしまった。
そして最後に、彼らが全員で歌った歌も、聴いたことのある曲だった。
大事MANブラザーズバンドの「それが大事」だ!
日本語の歌詞を思い出そうとしたが、まったく思い出せなかったので、一緒に歌うことができなかったのが残念。
11時過ぎに、ようやく終了。
学生の立場でありながら、つい、いつもの癖で教員の立場を考えてしまうのだが、延々と知らない中国の歌を聴かされて、ひたすら盛り上げ役に徹していたナム先生には、本当に恐れ入る。だが、さすがにお疲れになったのか、「このあと、3次会でスルチプ(居酒屋)に行きましょう」と学生たちに誘われたが、「疲れたので帰るわ、また今度ね」と言って、お帰りになった。
私も疲れたので、3次会につきあわず帰った。
彼らは何時まで盛り上がったのだろう。
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