すべての武器を花束に
江華島の歴史は、戦争の歴史である。13世紀のモンゴル襲来にはじまり、16世紀の豊臣秀吉による壬辰倭乱、さらに近代に入った19世紀後半には、フランス、アメリカ、日本から、次々と攻撃を受ける。そして現在、北朝鮮との国境に位置するこの島は、やはり、戦争と背中合わせの島である。
江華島にはじめて訪れたのは、いまから8年ほど前のことである。前の職場の同僚のゼミ旅行に同行したときに、この島を訪れた。ソウルから漢江(ハンガン)沿いに車を走らせると、やがて川沿いに延々と鉄条網がはりめぐらされている光景が飛び込んでくる。そして、河川敷には数多くの見張り小屋が作られ、そこに兵士が常駐していた。河川からの敵の侵入を警戒するためのものである。
8年後の今もやはり、この光景は変わらない。この国が戦争状態にあることを、あらためて思い知らされる。
「以前はね、観光客が多かったんですけどね。今は以前にくらべて減ってきましたね」と、ベテランのガイドさんが話してくれた。
そういえば、毎年発行されている海外旅行の定番ガイドブックの「ソウル」編を見ると、数年前までは「江華島」観光のページが4ページにわたって紹介されていたのに、最新のものには、江華島のページがなくなっている。需要がなくなったということなのだろう。
さて、冒頭の「花の大砲」である。
江華島は、砲台の島である。復元された砲台には、今も当時の大砲が展示用に数多く置かれている。いわば、江華島を象徴するものが、大砲であるといってもよい。
観光資源としての大砲を、花で飾り付ける。
かなりマニアックな話になるが、私の学生時代にテレビで放送されていた「鶴瓶・上岡パペポTV」。笑福亭鶴瓶と上岡龍太郎が、2人でトークだけをするという1時間番組。
その番組の中で、2人が話している後ろに、ピンク色に塗られた大砲がセットとして置かれていた。
とくに意味があって置かれていたわけではないと思うのだが、この「ピンクの大砲」に注目したのが、関西の喜劇役者・藤山寛美である。
「あのピンクの大砲はええ」
大砲という恐るべき兵器が、そのイメージとは正反対のピンク色に塗られている。
2人の過激な発言、そしてそれを笑いに変えるトーク力は、まさに「ピンクの大砲」になぞらえるにふさわしい。藤山寛美は、「ピンクの大砲」を、番組を象徴するアイテムとして、絶賛したのである。そしてそれはおそらく、上岡龍太郎の強烈な反戦思想とも通底していた。
江華島の、「花の大砲」を見て、なんとなくそのことを思い出した。
では、この「花の大砲」は、反戦のシンボルと考えてよいのだろうか?事態は、それほど単純ではないようにも思える。
江華島を訪れる前日(16日)、ソウルにある戦争記念館を見学した。
朝鮮戦争を語り継ぐ目的で作られたこの記念館は、韓国の人々のナショナリズムを醸成する役割を果たす一方、戦争の悲惨さも伝えていて、一言で評価するのが難しい。
夏休みということもあって、実に多くの子どもたちが、見学に訪れている。そしてその子どもたちに、大人たちが、実に熱心に説明している。
展示も、かなり見応えがある。1時間半近く時間をとったのだが、とてもすべて見きれる内容ではない。
3階の展示室の見学を終えて出ると、驚くべき光景が広がる。
吹き抜けになっているところの一番下のフロアを覗くと、子どもたちの遊戯施設が作られていて、完全に小さい子どもの遊び場になっている。
一方、吹き抜けの上の方に目を転じると、戦闘機やら、ヘリコプターやら、パラシュートで降りてくる兵士の人形やらが、天井から吊り下げられて、展示されている。
それを、3階から覗き込むと、あたかも子どもたちの遊んでいる上空を戦闘機が飛び、パラシュートで兵士が降りてくる、という、何ともシュールな光景が広がるのである。
子どもたちは、どう思っているのだろう。あるいは、違和感のない世界として受けとめているのだろうか。
私にはよくわからない。
戦争といえば、江華島を訪れた翌日(18日)も、ソウルで不思議な出来事に遭遇した。
お昼前、西大門独立公園の横の大通りを歩いていると、突然、あたりが静かになった。大通りを走っていた車が、すべてそのまま道路に停車して、動かなくなったのである。
何も知らずに走ってきた車も、車道の脇にいた係員らしき人にとめられて、すべて路肩に停車した。
歩道を歩いていた人たちも、ジッとしている。
まるで時間が止まったかのようである。いったい何が起こったのだろう。
10分くらいそんな状態が続き、やがて装甲車が1台走ってきた。
さらにしばらくすると、サイレンを鳴らした車が走ってきて、その車が通りすぎるやいなや、止まっていた車が走り出し、歩道でジッとしていた人びとも歩き出した。
歩道を歩いていたアジュンマ(おばさん)に聞いてみると、北朝鮮との戦争に備えた、非常時の訓練だという。有事の際に、道路を確保するための予行演習なのであろう。
「昔はけっこうやっていたそうなんですけどね。いまはだいぶ減ったみたいです。私も、ソウルに来て、初めての体験ですよ」
今回の旅に同行された、ソウル在住の日本人の先生は、そうおっしゃった。
この地では、戦争がまだ続いているのだ。
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