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整形手術は是か非か

9月23日(水)

10月の終わりに、いま通っている大学で、外国人によるマラギ大会(スピーチコンテスト)が行われることを、昨日、前半の文法の先生がみんなに告知した。

「みなさーん。みなさんの中で、マラギ大会に参加したい、という人はいますかー?」

静かなわが班は、誰も手をあげようとしない。

「誰もいないの?昨日、隣の班のチング(文法の先生は、隣の班のマラギの授業も担当しておられる)に聞いたら、4人も手をあげましたよ。どうしてこの班は静かなのかしら」

すると、英国で育ち、英語を母語としているハナさんが、手をあげた。

ハナさんは、ものの考え方が西洋的というか、アジア人とは違って、やはり積極的である。韓国語も流暢なので、マラギ大会に参加したいと考えるのもうなずける。

ほかの人たちは、私も含めてスピーチの自信がないため、誰も手をあげなかったのである。

「せっかくの経験ですから、参加した方がいいと思いますよ。失敗を恐れることはありませんよ」と先生。

たしかに、消極的な学生が多いのは事実だが、興味を示している学生もいるはずである。たとえば、前学期の3級で同じ班だったリュ・リンチンさんは、ふだんはおとなしいが、まじめだし、勉強熱心なので、なにかのきっかけさえあれば、マラギ大会に参加しようと思うかも知れない。

「先生、前学期にリュ・リンチンさんと同じ班でしたけど、マラギがとてもよくできると思います」と私は、リュ・リンチンさんを推薦した。

「どうですか?リュ・リンチンさん」と先生。

「少し考えさせる時間をください」と言った。やはり、興味はあるようだ。

私自身は、参加する気などさらさらななかったのだが、家に帰ってから妻に、「せっかくの機会なんだから参加してみたら?」と言われ、その気になる。

40歳のアジョッシ(おじさん)が、若い学生に混じって、スピーチ大会に奮闘する姿は、たしかに「面白い絵」になる。

そのことを想像して可笑しくなり、参加することに決めた。

そして今日の授業の最初に、文法の先生が、

「マラギ大会に参加しようという人はいませんか?」

と聞かれたので、手をあげる。

これでわが班からの参加者は2人。

「ほかにいませんか。4~5人いるといいと思うんだけど」

やはり誰も手をあげなかった。

ところが、1時間目が終わったあとの休み時間、リュ・リンチンさんが、意を決したように、先生のところに行く。

「ソンセンニム(先生)!私も、マラギ大会に参加したいと思います」

この決意表明に、文法の先生は本当に喜んだ。韓国語がもともと流暢で積極的なハナさんや、キョスニムでありアジョッシである私などが参加するよりも、これから韓国の大学に入学しようと考えているリュ・リンチンさんが参加する方が、よっぽど意義のあることだからである。

ひょっとして、私が手をあげたことが、「あんなマラギが下手な人でも大会に出るのなら」と、彼女の決断の呼び水になったのではないか、とも想像するが、自惚れに過ぎるかも知れない。

マラギ大会は、本選の前に予選があるという。ま、私は予選落ちだろうな。気軽に参加することにしよう。

さて、今日のマラギの授業では、はじめてディベートを行う。

お題は、「整形手術は是か非か」。

よく知られているように、韓国では整形手術がさかんである。一方でさまざまな問題も起こっている。そこで、整形手術に賛成か反対か、について、討論しよう、というのである。

まず、くじを引いて、自分が「賛成」の立場になるのか、「反対」の立場になるのかを決める。自分の考えが実際にどちらの立場であっても、くじによって決められた立場にしたがって、議論をしなければならない。このへんは、一般のディベートのやり方と同じであろう。

私は「反対」のくじを引く。

「反対」のチームは、私のほかに、カエさん、スンジ氏、リュ・リンチンさん、スン・ルトンさん。

「賛成」のチームは、リ・ハイチンさん、リュ・チウエさん、ウ・チエンさん、チャオ・ウォンエさん、ハナさん。

そして司会は、パンジャンニム(班長殿)ことロン・チョン君。

最初、15分ていど、各チームが集まって、それぞれの立場の意見をまとめる。

こういうとき、職業柄、つい、仕切ってしまう。

反対の理由となる意見をみんなで次々とあげていく。だが、いつもの悪い癖で、つい口をはさんでしまうのである。

「反対意見だけを考えてはダメだよ。賛成派の意見を想定して、それにどう答えるかを考えなければならない」

実際、これは、ディベートの基本であろう。

「たとえば、賛成派は、『整形手術をすることで、自分に自信がついて、就職にも有利になる』という利点を挙げてくると思う。これに対して、どう答えたらよいか」

…みんなは黙っている。

「顔が美しいことが、自信につながる、と考える社会は、おかしいと思わないか?顔が美しいかどうかは関係なく、実力さえあれば高く評価される社会こそが、私たちが作りあげなければいけない社会なんだ」

リュ・リンチンさんは、大きくうなずいて、メモを取った。

そして、いよいよディベートの開始。

司会のロン・チョン君が、「反対意見から述べてもらいます。まずキョスニム、お願いします」と、私に口火を切らせた。

「整形手術は、危険を伴う手術である。実際、ニュースによれば、整形手術による死者が出たという。たいへん危険な手術なのだ。これについて、賛成派の意見をお聞きしたい」

最後の「これについてどう思うか」といった質問を投げかけるのも、ディベートのイロハのイであろう。議論慣れしていない留学生たちは、あらかじめ考えた意見をひたすら言うことに専念するため、うまく議論が噛み合わない。私はこのあとも、たびたび、質問攻めで相手側に食ってかかることになる。

私は元来、議論することが好きではないし、得意でもないのだが、職業柄、いろいろな議論と関わらざるをえなかった。今ではそうした「議論癖」がすっかり身についてしまい、つい、「血が騒ぐ」のである。

「整形手術をすることによって、自分に自信がついて、就職などの際にも有利になると思います」

出た!想定通りの賛成派の意見である。

「これについては、リュ・リンチンさんに述べてもらいます」

司会のロン・チョン君そっちのけで、つい、仕切ってしまった。

リュ・リンチンさんは、先ほどの想定問答を、自分なりに咀嚼して反論する。やはり、頭のいい学生である。

その後も議論の応酬は続き、白熱したところで、時間切れとなる。

消化不良の感は否めないが、最初のディベートとしては、盛り上がったのではないだろうか。

授業が終わったあと、韓国語が流暢なハナさんが、怯えたような口調で私に言った。

「討論の時のキョスニムは、いつもと違って、とっても恐かったです」

いつも「ピクニックフェイス」を装って、できるだけ目立たないようにしている私は、討論の時に、人が変わったようにムキになってしまったのだろう。

しかも、議論慣れしていない、若き中国人留学生たちを相手に、食ってかかるとは、まったく、私は大人げない人間である。

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