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慶州の喫茶店にて

9月19日(土)

慶州の、かつて新羅の王宮があった場所の近くに、とてもしゃれた喫茶店がある。

かつての王宮は、今では素朴な景観をとどめているが、その素朴な場所に、なぜ、このようなしゃれた喫茶店があるのだろう。

先月末、慶州を訪れたときに、ある人に案内してもらって、初めてその喫茶店の存在を知った。

そして今日、日本から旅行に来た妻の母と妹を、慶州に案内した。午後、少し疲れてきたというので、その喫茶店のことを思い出し、そこで少し休むことにした。

喫茶店の一角には小さな厨房があり、この店の主人らしき女性が、注文を受けた飲み物を作っている。

喫茶店を見渡すと、壁には、オペラ歌手らしき人の大きな写真や、おそらく昔の名画に出ていたのであろう俳優の写真などが上品に飾られていた。

私たちは、厨房のすぐ近くの席に陣取り、飲み物を注文する。私はいつものように、アイスアメリカーノ。

しばらくあれこれと話をして、少し体力が復活してきたので、もう1箇所、この喫茶店の近くにある名所を見学しよう、ということになった。ただし、旅行かばんが重いので、旅行かばんを喫茶店に置いて出ることになった。そして私は、妻と義母と義妹が見学に出ている間、荷物の番をしながら、その喫茶店で3人の帰りを待つことにした。いわば荷物番である。

「ま、暖かいコーヒーでも飲んで待っていてください」

すでにアイスアメリカーノを飲み干した私に、義妹が言った。

それに対して妻が、私を指差しながら反論する。

「何言ってるの。(この人が)暖かい飲み物を注文するはずがないじゃない。暖かいコーヒーを飲んでいるところなんて見たことがないんだから」

それもそうだね、などと笑いながら3人が喫茶店を出る。

ひとり残された私は、そんなことを言われて、少し悔しい。俺だって、暖かいコーヒーぐらい飲むさ。

バカにされたことに腹を立てた私は、その店の主人らしき女性にホットコーヒーを注文することにした。

「タットゥタン コピ ジュセヨ(暖かいコーヒーをください)」

するとその主人らしき女性が、え?といった感じで聞いてきたので、もう一度、

「タットゥタン コピ ジュセヨ」

と言った。するとその女性は、プッと吹き出しながら、注文を受けたのであった。

なぜ笑ったんだろう?私の発音がおかしかったからかな。

少しして、ホットコーヒーが出てきた。

それを飲みながら、持ってきた語学の授業のテキストを読んでいると、先ほどの主人らしき女性が私の前にやってきた。

「あのぅ、失礼ですけど、日本の方でしょうか」

驚いたことにその女性は、日本語で私に話しかけてきた。

「そうですけど」

「そうでしたか。韓国語を学ばれているんですね」

「ええ、いまテグに住んでいるんです」

「これが韓国語のテキストですか」

というと、その女性がテキストを手にとってぱらぱらとめくり始めた。

「このテキスト、いいですよね。私も韓国語を教えていたとき、このテキストを使っていました」

驚きである。この女性、日本人に韓国語を教える先生だったのか。

「え!?日本人に韓国語を教えていらしたんですか?」

「ええ、ソウルにいたときです。でも学校で教えていたわけではなく、家庭教師です」

聞くと、日本の有名放送局の支局長だの、日本の一流企業の支店長などといった人々に、韓国語を教えていたのだと言う。そればかりでなく、日本語を韓国語に翻訳する仕事もしていたのだという。

ということは待てよ。この女性は、喫茶店での私たちの会話を、すべて聞き取っていたということではないか?

つまり、私が暖かいコーヒーを飲むはずがない、という妻の言葉も、ちゃんと聞き取っていたのである!

だから、私が暖かいコーヒーを注文したとき、プッと吹き出したのだ。「アイスアメリカーノしか飲まない人が、あんなこと言われたもんだから、無理して暖かいコーヒーを飲もうとしているんだな」と。

私は少し恥ずかしくなった。

思い直して会話を続ける。

「日本語はどうやって勉強されたんですか?」

「独学です。もともとの専門は、日本語ではなくて、貿易だったんです」

これにも驚きである。独学でここまで上手になるものなのか。

さらに疑問がわく。

「で、どうして慶州に移られたんですか?」

ソウルで、一流企業の人たちに日本語を教えていた人が、なぜ、こんな田舎(!)に移り住むことになったのか、私にとっては不思議だった。

「単純な理由です。この喫茶店の主人と結婚したからです」

そして私の質問の意図を汲んで、話を続ける。

「今はインターネットが発達してますから、別にソウルにいなくても、翻訳の仕事ができるんです」

喫茶店の隅の小さなテーブルの上に、ノートパソコンが1台置かれている。そういえば、コーヒーの注文が途切れて、しばらく時間ができると、その女性は厨房から出て、ノートパソコンの前に座っていたな。空いている時間は、翻訳の仕事をしていたのだ、ということに気づく。

「夫は、この喫茶店も経営してますが、テノール歌手なんです」と、その女性が言う。

「ひょっとして、この壁に貼ってある写真の方ですか?」

「そうです」

店の壁に大きく貼ってあるオペラ歌手らしき人の写真は、この喫茶店の経営者自身だったのだ。

夫は少し変わり者なんです、とその女性は言う。普通のテノール歌手ではなく、独特のステージで、人を笑わせたり、楽しませたりするのだ、という。そのことが話題になり、テレビに取り上げられたこともあり、熱烈なファンも多いのだという。

「バイクが好きで、(ステージ衣装の)タキシードを着ながらハーレーに乗って移動したりするんですよ」と。

たとえて言えば、袈裟をまとったお坊さんがヘルメットを着用してスクーターに乗るようなものか?あるいは、背広を着た銀行員が自転車に乗るようなものか?

「いちど、コンサートに行ってみたいですね」と言うと、「今度コンサートがあるときには、ご連絡しますから、連絡先を教えてください」と言われたので、名刺を交換することにした。

いただいた名刺を見ると、その歌手の方の肩書きに、

「オルグロ ミヌン ソンアクカ」

とある。直訳すると、「顔で押す声楽家」。「顔にインパクトのある声楽家」と言った意味であろうか。名詞には、確かにインパクトのある顔で歌っている写真が載っている。この名刺1枚で、この方が相当個性的な人であることが理解できた。実直そうな奥さんとは、対照的である。

それにしても、喫茶店、というのは面白い。

私が、コーヒーに対するこだわりがまったくない人間であるにもかかわらず、喫茶店が好きなのは、他人の人生が垣間見られる瞬間に、しばしば出くわすからである。

そして、喫茶店でコーヒーを作りながら、空いている時間に自分の仕事をする、という生き方。

この生き方こそが、私が究極の理想とする生き方なのではないか?

喫茶店に対する魅力は、果てしなく深まってゆく。

そんなことを考えているうちに、3人が喫茶店に戻ってきた。そろそろ喫茶店を出ようか、というころ、「テノール歌手」こと喫茶店の主人が、ハーレーにまたがって、店に戻ってきた。

壁に貼られた大きなポスターと同じ顔をしたその主人は、常連らしきお客さんにコーヒーを出しながら、お客さんとの会話を楽しんでいた。

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