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ニュース番組を作ろう

9月11日(金)

ロン・チョン君は、わが班のパンジャンニム(班長殿)である。

授業の最初の日に、みずから立候補してパンジャンニムとなった。

年齢がほかの中国人留学生たちより少し上のようで、韓国の大学の大学院をめざしているのだという。

マラギ(話すこと)も、ほかの人たちにくらべて格段に上手い。

ただ、問題が1つある。

それは、毎回、必ず授業に遅れてくるということだ。

パンジャンニムは、いわば学級委員である。毎朝、授業が始まる前に、先生の部屋に行って、授業で使うカセットデッキだの、昨日提出した宿題のノートなどを、取りに行かなければならない。そして、その日に提出すべき宿題のノートをみんなから集めて、先生に提出しなければならない。

だから、ふつうの人よりも少し早く教室に来なければならないのである。

だが、彼は毎回遅れてくる。そのため、カセットデッキは、毎回、先生がみずから持ってくることになる。宿題も、一番遅れて提出している。

先生は再三注意しているのだが、やはり遅れてくるのである。

どうも聞いてみると、ロン・チョン君は、先学期も4級を受けていて、ある日突然授業に出なくなったという。そのため、今学期ももう一度、4級を受けることになったようである。

先生はそのことを知っていたので、ロン・チョン君が班長に立候補すると手をあげたとき、(はたしてパンジャンニムが務まるのか?)と、いささか心配になったに違いない。

またいつか、パッタリ来なくなってしまうのではないか、という危うさを醸し出している。

時間通りに来る自信がないのに、なぜ彼は、パンジャンニムに立候補したのだろう。

先生に再三注意されても、改めないのはなぜだろう。

私にはまだ、彼ら(中国人留学生たち)のことがよく理解できない。

さて、今日の後半のマラギ(会話表現)の授業。「大衆媒体」について学ぶ。

「大衆媒体」とは、「マスメディア」と言ったらよいか。新聞、テレビ、ラジオ、インターネット、といったメディアをさす。

「今日は、みなさんにニュースを作ってもらって、新聞なりテレビの番組なりを作ってもらいまーす」と先生。

いわば架空のニュース(実際のニュースでも可)を、新聞やニュース番組風に発表する練習をする。

以前、3級のときにテレビ通販番組のマネをしたことがあるが、あんな感じである。

わが班は、リュ・リンチンさん、チュイ・エンピン君と、ウ・チエンさんとシャオシャオ君。

リュ・リンチンさんは、3級のときに同じ班だった、まじめで優秀な学生。

あとの3人は、4級になってはじめて同じ班になったが、いずれもまじめな学生である。このうち、チュイ・エンピン君は、2級のときに同じ班だったチエさんのナムジャ・チング(ボーイフレンド)で、Topikの特講のとき同じクラスだったので、顔見知りだった。

シャオシャオ君もまじめでおとなしいが、授業を休みがちで、やはり危うげな学生である。

さて、わが班はどうしようか。私がチーム長になって、議事を進行する。

「新聞はハングルを書かなければならないし、つまらないから、テレビのニュースにしましょう」と、チュイ・エンピン君。

「じゃあ、どんなニュースにしようか」。とりあげるニュースは、2つ以上なければならない。

すると、一番端に座っていたおとなしいシャオシャオ君が、紙にいきなりバスケットコートの絵を描き始めた。

どうやら、バスケットボールのニュースをやりたいらしい、ということが想像できた。

「バスケットボールのニュースをやりたいの?」

「ええ」

「じゃあ、1つはスポーツニュースだな。あと1つはどうしようか。何か事件に関するニュースにしよう。ただ、殺人事件とかだと難しいから、盗難事件にしたらどうだろう」

しばらく考えて、チュイ・エンピン君が提案する。

「肉屋で肉が盗まれた、というのはどうでしょう」

「いいね」としばらく私も考えて、「単なる肉だとつまらないから、『豚の頭』が大量に盗まれた、というのはどうだろう」

韓国の市場の精肉店には、店頭に、なぜか豚の頭の部分がいくつも飾られている。はじめて見ると、ちょっとグロテスクな感じがして、いつも気になっていた。なぜ、グロテスクな頭を店頭に飾るのだろう、と不思議に思っていた。韓国では、豚の頭は、縁起物なのだという。

で、その豚の頭ばかりを盗む事件が起こった、というウソニュースを考えたというわけである。

ニュースが決まると、次に役割分担である。ニュースのアナウンサー役は、好青年のチュイ・エンピン君。取材記者役に、リュ・リンチンさん。盗まれた精肉店の主人役が私。犯人の目撃者がウ・チエンさん。そして、スポーツニュースのアナウンサー役が、シャオシャオ君。

みんなでニュースの原稿を考え、少しばかり練習をする。

スポーツニュースの方は、シャオシャオ君に丸投げである。彼は一心不乱に原稿を書いていた。よっぽどバスケットボールが好きなんだな。

いよいよ発表開始。

ほかの2つの班が終わり、いよいよ我々の班である。

「みなさん、ごきげんいかがですか?ニュースの時間です。まず、最初のニュースです。

最近、大邱市内の精肉店から、豚の頭ばかりが盗まれるという事件が多発しています。昨日もある店から大量の豚の頭が盗まれ、警察は緊急配備をしいています。この事件について、リュ・リンチン記者が報道します」

と、まず、アナウンサー役のチュイ・エンピン君が原稿を読んだあと、画面が切り替わって、リュ・リンチン記者がマイクを持って説明しはじめる。

「はい、こちら大邱市内のある精肉店に来ています。昨日豚の頭が盗まれた店のご主人に、その時の様子を聞きたいと思います。ご主人こんにちは、その時の様子を詳しく聞かせてください」

ここからが私の出番。立ち上がって、記者のインタビューを受ける。

「ええ。今日、朝起きるやいなや、店の方を見に行ったんです。そしたら豚の頭がなくなってるじゃありませんか。うちには豚の頭が100個置いてあったんですが、全部盗まれたんですよ!それでビックリして、急いで警察に電話したんです」

「そうですか」

「うちは代々、豚の頭だけを売っていた店なんです。これからどうやって生活していけばいいんですか!うちには年老いたハラボジ・ハルモニ(祖父母)はいるし、ポモニム(両親)もいるし、子どももいるんです。何もなくなって、これからどうやって暮らしていけばいいんですか!記者さん、助けてください!」

「わかりましたわかりました。では、次に犯人を目撃したという方にインタビューします」

ここまでが私の迫真の演技。教室に笑いが生まれる。

ホッとして椅子に座ると、シャオシャオ君が小声で「チョアヨ(よかったですよ)」と、親指を上に突き出す「グ~」のポーズをしながら言った。

次に目撃者のウ・チエンさんのインタビューへと続く。まじめなウ・チエンさんも、声色を変えて目撃者役を演じた。

「このように、異常な事件はまだ解決していません。一刻も早く事件が解決するように、市民のみなさん、情報がありましたら警察に連絡してください。記者のリュ・リンチンでした」

続いて、スポーツニュース。アナウンサー役は、チュイ・エンピン君からシャオシャオ君にバトンタッチする。

ふだんはおとなしいシャオシャオ君が、実に流暢に、バスケットボールのニュースを語りはじめるではないか。人間、自分の得意な分野については、これほどリラックスして、流暢に話せるものなのかと、あらためて実感する。

もっとも、ニュースの中身は、私の知らない選手名やチーム名が出てきて、よくわからなかったのだが。

かくして、ウソニュース番組が終了。たしかに拙いものになってしまったが、ほかの2つのチームが、もっぱら1人が中心になって発表していたのに対し、わがチームは、5人が連携して1つの「番組」を作りあげたのである。彼らは、何か手応えを感じたのではないだろうか。

授業とは不思議である。ちょっとしたことがきっかけで、歯車が回りはじめる。

たとえば、最高の教員と最高の学生がいれば、授業がうまくいくのか、というと、必ずしもそうではない。どんなに頑張っても、ままならないことが多いのである。

ところが、ちょっとしたことがきっかけで、授業は「化学反応」を起こし、一人歩きをはじめる。重苦しかった雰囲気も、少しずつ、溶けはじめる。

だから授業は面白いのだ。ひとたびこの面白さを知れば、やみつきになる。

私は、この「化学反応」を、いつも待ち続けているのだ。

授業が終了。帰り際、私が先生に「お疲れさまでした」と挨拶すると、マラギの先生は、

「ヨンギ チャル ハショッソヨ(さっきの演技、上手くなさいましたね)」

と、笑いながらおっしゃった。

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