中華料理屋のアジュンマ
9月15日(火)
大学の近くにある中華料理屋。
清潔で小洒落ていて、値段も手ごろで味もよいので、韓国料理が飽きるとよく利用している。たいてい食べるのは、ジャジャ麺とか、チャンポン、タンスユク(酢豚)といったもの。
この店のアジュンマ(おかみさん)は、私たち夫婦がはじめてこの店に訪れてからというもの、やたらと私たちに話しかけてくる。どうも日本に興味があるようで、日本に一度旅行をしてみたいという。
でも海外旅行をしたことがないし、言葉もわからないので、不安だともいう。
そのたびに私たちは、「そんな不安になることありませんよ。大丈夫ですよ」と答える。何度かそういった会話をくり返しているうちに、すっかり顔なじみになってしまった。
さて、今日の夕方、授業が終わった妻が、同じクラスの中国人留学生3人を連れて、その店に食事に行くというので、私も合流することになった。ま、さしずめ財布代わり、といったところであろうか。
みんなで食事をしていると、例によって、アジュンマが妻のところにやってきた。
「韓国にはいつまでいるの?」
「来年の3月までです」
「もし私が、日本に旅行に行くことになったら、連絡をとりたいので、日本の連絡先を教えてくれる?」
そういうと、アジュンマは名刺くらいの大きさの紙を妻に渡した。ここに名前と、日本での電話番号を書いてくれ、というわけである。
妻が、その紙に名前と電話番号を書く。
横でその様子を見ていて、頭の中の消しゴム、じゃなかった、引き出しが、スッと開いた。
この光景を見て、以前、大学の近くのサムギョプサルの店に行ったときに、その店のアジョッシ(主人)と交わした会話のことを思い出したのである。
その時の会話を、再録しよう。
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「ひとつ、お願いしたいことがあるんですが」と、アジョッシが思いつめたように言葉を続ける。
「いまから14~15年前、釜山から下関に向かうフェリーで、2人の日本人女性と会ったんです。そのとき、名前と電話番号を書いてもらったのですが、私は日本語がわからないので、ずっと連絡できないままでいました。日本に戻ったら、その女性と連絡をとって、私の連絡先を伝えていただけないでしょうか」
そう言うとアジョッシは、レジの下から、古びた1冊の本をとりだした。その本の一番最後のページに、万年筆で2人の日本人の女性の名前がローマ字でメモされており、その下にはそれぞれの電話番号が記されていた。女性たち自身が書いたもののようである。
2人とも、「03」で始まる電話番号である。
「電話番号からすると、東京の人のようですね」と妻が言った。
そうですか、と言いながら、その古びた本にメモされた名前と電話番号を、アジョッシが白紙の伝票の裏に転記していく。そして最後に、自分の名前と連絡先を書いた。
「これ、お願いします」と、アジョッシはそのメモを妻に渡した。
(「名探偵登場!」より)
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結局このあと、妻が日本に一時帰国した際、書かれた電話番号のところに電話してみたものの、その2人を捜すことができなかったことは、前に書いた。
いま、アジュンマに頼まれて妻が書いていることは、これと同じではないのか?
つまり、15年前、サムギョプサル屋のアジョッシは、日本人の女性と知り合い、「今度また日本に行くときに連絡をとりたいので、名前と電話番号を教えてほしい」といって、やはり名前と電話番号を書いてもらったのだろう。
今また、中華料理屋のアジュンマが、妻に同じようなことを頼んでいる。
サムギョプサル屋のアジョッシとその女性の、15年後の再会は、結局かなわなかった。
中華料理屋のアジュンマと妻の場合はどうだろう?
なぜか私には、15年後、たまたま店にやってきた日本人の客にアジュンマが、
「ひとつ、お願いしたいことがあるんですが」
と言って、日本人女性の名前と電話番号が書かれた古びた紙を渡して、人捜しを頼んでいる光景が、目に浮かぶのである。
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