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40歳の転機

10月19日(月)

後半のマラギ(会話表現)の授業では、まず韓国の放送局が製作したドキュメンタリー番組を見る。

テーマは、「天職をさがす休暇」。アメリカでは最近、仕事の休暇を利用して、自分にとってよりよい仕事を見つけるために、他の職業を体験するという「ボケーション、バケーション(Vocation Vacation)」というのが注目されているという。番組では、これにならって、新しい仕事をしてみたいと考える人に、数日間、まったく別の職業体験をさせる、という試みをした。

ま、大学でいうところの「インターンシップ」のようなものである。

番組では、おもに2人のアジョッシ(おじさん)の職業体験を中心に取材していた。

ひとりは、現在小学校の教師をしていている小太りのアジョッシ。このまま定年まで教師の仕事を続けていく自身がない、という彼は、昔からの夢だった「料理人」への転職を、本気で考えるようになったという。

もうひとりは、会社員をしているスマートなアジョッシ。木工職人になりたいという。

小太りのアジョッシは、ホテルのレストランの厨房で働くことになり、スマートなアジョッシは、山里に住む木工職人に弟子入りすることになる。

いずれも、数日間の職業体験。

番組を見ているうちに、あることに気づく。

小太りのアジョッシの年齢は42歳、スマートなアジョッシの年齢は40歳。

つまりいずれも、私とほぼ同じ年齢である。

やはりこの年齢くらいになって、「人生の転機」について考えるものなんだな。

かくいう私も、実はそうである。韓国での勉強を考えたのも、40歳という年齢を、ある程度意識していたからである。

そのことに気づき、急に、この2人に対する思い入れが強まり、番組にのめり込んでゆく。

スマートなアジョッシは、木工職人の師匠に技術を教わりながらも、生き方も、同時に学んでいたようだった。

そして、小太りのアジョッシは、せまい厨房の中で、自分よりも年下の料理人からさまざまなことを教わりながら、厨房の仕事をこなしてゆく。決して器用ではないその指先で、料理も作っている。

これまでにまったく体験してこなかった世界と出会った、42歳のアジョッシの表情。

その姿は、いま私が韓国語を学んでいる姿そのものではないか。

見ていくうちに、涙が止まらなくなってきた。

不思議である。全然悲しい映像でもないのに。

ま、体調のせいもあるだろう。今度の土曜日の研究会での発表のために、昨日、一昨日と、気の進まない発表原稿を書き上げなければならなくて、精神的にボロボロだったのだから。

さて、番組は、数日間の職業体験をした2人のその後についても、少しだけ映しだしていた。

2人は、前と変わらず、仕事を続けている。

ただ、小太りのアジョッシは、料理教室に通いはじめて、料理の勉強を少しずつ続けるようになった。

スマートなアジョッシは、自分の会社のデスクに、自分がその時に作った木製の写真立てを置いて、その中に、師匠との2ショットの写真をおさめた。

何かが変わったのかも知れないし、何も変わっていないのかも知れない。

番組を見終わったあと、今度は、みんなで「なりたい職業」について話し合う。

「みなさんのなりたい職業は何ですか?」と先生。

パンジャンニム(班長殿)のロンチョン君が、「社長になりたいです」と答えた。

すると、ヤンチャン君も「ボクも社長になりたいです」と手をあげる。

「社長は職業ではないのよ!あなたたち、社長、てどういう人だかわかっているの?」と先生があきれる。

「カエヌナはどうですか?」

「事業を起こしたいです」

「スンジ氏は?」

「野球選手です」

「それは子どものころの夢でしょう!現実につくことができる職業を言いなさいよ!」

「でも、夢は夢ですから」

相変わらず、スンジ氏は答えをはぐらかすのがうまい。

今度は先生が私に質問する。

「キョスニムが、もし今の仕事を辞めて、他の仕事につきたいとしたら、どんな職業につきたいですか?」

本当は、落語家の修業をして落語家になりたい、と答えたかったのだが、これを韓国語で説明するのは、至難の業なので、あきらめた。

「作家になりたいです」

「作家というと…小説家ですか?」

「いえ、日常的な生活を描くような…」

「ああ、随筆作家ですね」

「できれば…」と私が続ける。

「韓国に来てから、この間に私が体験したさまざまなことを、一冊の本にまとめてみたいんです」

「なるほど、それは読んでみたいですね。でもそれは、日本に帰ってから実現できるんじゃないですか?」

…いや、スンジ氏の「野球選手」と同じくらい、「夢のまた夢」である。

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