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キョスニムと呼ばないで!

10月30日(金)

4級になってからの私のあだ名は、「キョスニム(教授様)」である。

わが班のほとんどの学生が私のことを「キョスニム」と呼ぶ。

なぜこう呼ばれるようになったのか?

理由は簡単である。後半のマラギの先生が、私のことを「キョスニム」と呼んでいるからである。

前半の文法の先生は、私のことを決して「キョスニム」といわない。単に私の名前を呼ぶ(この日記では、便宜上「キョスニム」と呼んでいるように書いてはいるが、実際には違う)。

実際、3級までの先生は、全員、私のことを名前に敬称の「~씨(氏)」をつけて呼んだ。「キョスニム」と呼ぶ先生は、1人もいなかった。いや、正確にいえば、語学堂をとりしきっているパク先生だけである。

だから、学生たちも私のことを名前で呼んだ。

ところが今回の班は、手のひらを返したように、ほとんど全員が私のことを「キョスニム」と呼んでいる。

素直な学生たちは、先生が「キョスニム」と呼んでいるのを聞いて、そのまま自分たちの呼び名として使ったのである。

教員の発言の影響力が、いかに大きいかを思い知らされる。

私は、この教室の中ではキョスニムという立場ではない。一介の学生である。これまでの語学の先生が私のことを名前で呼ぶのも、私を学生として見てくれていることの証であり、私はそれを、とても心地よいことと感じていた。

では、なぜ今回のマラギの先生は、私を「キョスニム」と呼ぶのだろう。

これも、理由は簡単である。マラギの先生は、大学院で研究を続けながら、韓国語を教えている。大学院の世界では、学生とキョスニムの区別は歴然としている。

だから、大学の教員に会うと、反射的に「キョスニム」と呼んでしまうのである。

無理もない、といえば無理もないであろう。

最初は、べつに気にしなかったのだが、ここへきて、この呼び名が妙に気になりだした。

学生たちは、私を「キョスニム」と呼ぶことで、やはり私を異なる存在としてみているのである。「キョスニム」ということで、自分たちとは異なる偉い人、みたいな感じで、私に接するようになるのである。

いくらこちらが、同じ学生だと思っても、彼らは、私を「キョスニム」という別の存在と認識している。

そのことに、我慢ならなくなってきた。

で、その葛藤を、2日ほど前の韓国語の日記に書いてしまった。「自分は学生にすぎない。キョスニムと呼ばれるのは負担である」と。

すると、マラギの先生がそれをご覧になり、「私のせいですね。これから気をつけます」といった趣旨のコメントを残していかれた。

ちょっとまずかったかな、と思う。

もし私が教員だったら、なぜそのことを直接言ってくれないのか、と気を悪くするかも知れない。

直接言わずに、別の場所で言うのは、フェアではない。

この点に関しては、完全に私の責任である。学生たちに「キョスニム」と呼ばれるたびに、「キョスニムと呼ぶのはやめてくれ」と言うべきだったろう。その努力を怠ってきたのは、ひとえに私の責任なのである。

だが、それができないところに、私の人間としての限界がある。

しばらくすると、パンジャンニムのロンチョン君からも、「以後気をつけます」というコメントが入っていた。ロンチョン君も、読んでいたのだな。

さて、今日の後半の授業。

案の定、ぎこちない感じになった。先生も、なんとなく私のことを呼びづらい様子である。腫れ物に触るような感じ、といったらよいか。

だが相変わらず、休み時間やグループ学習の時には、事情を知らないほかのチングたちは私のことを「キョスニム」と呼ぶ。

さて、マラギの授業の最後、あるテーマについての討論の練習を行うことになった。;

賛成派と反対派に分かれ、「これから討論をはじめます」と先生。

「では、誰から口火を切ってもらいましょうか?」

先生の質問に、素直でまじめなチュイ・エンピン君が大きな声で答える。

「キョスニムからお願いします!」

一瞬、私は凍りついた。私が負担に感じていたのは、こういうことだ。

いや、凍りついたのは、私だけではないだろう。私の本心を知っている、先生とロンチョン君も同じだったかも知れない。

だがその瞬間、ロンチョン君は、チュイ・エンピン君の言葉にかぶせるようにこう言った。

「미카미씨!」

彼は、私を名前で呼んだのだ。それはまるで、チュイ・エンピン君に対して、「キョスニムじゃなくて、名前で呼べよ」とさとしているようにも聞こえた。彼は、明らかに私の意を汲んでくれたのだ。

そして先生も、チュイ・エンピン君の提案を取り合わず、、「じゃあ先生の方から指名します。○○씨!まず意見を言ってください」と議事を進めた。

以下、先生が、淡々と議事を進行する。その中で私も、「では次に、미카미씨の意見を聞かせてください」と、みんなと同じように扱われる。

公平に扱われることが、こんなに嬉しいことなのか、と感じた瞬間であった。

先生に直接言わなかったことに対するわだかまりは依然として残ったかも知れないが、これで少しずつ変わっていくかも知れない。

授業が終わり、教室を出ると、「미카미씨!」と、ロンチョン君に呼びとめられた。

「キョスニムって呼ばれるの、嫌だったんでしょう」

私が照れ隠しに、

「あまり重く受けとめなくてもいいよ」

と言うと、彼は、

「わが班のチングたちにも、これからはキョスニムと呼ばないようにと、伝えておきます」

と言って、去っていった。

私は彼に敬意を表するとともに、心の中で、

(今度ばかりは、パンジャンニムとしてそのつとめを果たしてくれよ)

とつぶやいた。

まったく、情けないアジョッシ(おじさん)である。

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