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最後の野外授業

10月16日(金)

語学堂の野外授業の日。

朝7時30分に、大学の駐車場に集合することになっていた。

いつもなら集合時間にきっちりと集合場所に行くのだが、バスの出発は8時だということがわかっていたので、やや遅れて家を出る。

すると、担任の先生(文法の先生)から電話が。

「今どこですか?」

「すいません!いま向かっているところです!」

遅れちゃマズイと思い、あわてて走り出す。

走って集合場所に着くと、先生方がゲラゲラと笑っている。

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。…あれ、奥さんは?」

後ろを見ると、妻があとからゆっくりと歩いてきた。

どうやら、自分のことばかり考えていて、妻を置いてきてしまったらしい。

「いつもこうなんですよ。自分のことばかり考えて…」

妻の言葉に、先生方は再び爆笑した。

午前8時。200名以上の留学生たちを乗せた6台の大型バスが、大学を出発。向かう先は、全羅南道である。

Photo 3時間近くかかって、ようやく目的地に到着。ここで、レールバイクというものに乗る。

廃線になったレールを利用して、レールの上を、自転車のように足で漕いで移動する、というもの。

4人がひと組になって、1台のレールバイクを漕ぐ。

Photo_2 30分くらいかけて、レールの上をゆっくりと走る。

景色が最高にすばらしい。心配していた雨も降らず、最高の天気である。

私の前を行くのが、タン・シャオエイ君とル・ルさんのカップル、チュイ・エンピン君(4級3班のチング)とチゥイウェン・チエさん(2級4班のときのチング)のカップル。4人とも、同じクラスだった人ばかりだ。さらにその前のバイクには、2級のとき同じ班だった、リ・ペイシャン君と3級6班のときのパンジャンニムこと、クォ・チエンさんのカップルが乗っている。この2人は、7月頃からつきあい始めたようで、今がいちばんラブラブ、といった感じで、ちょっと見ていられない。

Photo_3 途中、「チョイ悪オヤジ予備軍」ことタン・シャオエイ君が、身を乗り出して、レールの脇に咲いていたコスモスの花をとって、ヨジャ・チングである「まじめ美人」ことル・ルさんに渡した。

Photo_4 なんとロマンティックな光景だろう。ふだんの私なら、「ケッ!しゃらくせえ!」と思ってしまうところだが、今日は、なぜか微笑ましく思える。美しい風景のせいであろう。

30分ほどの「レールバイクの旅」も終了。昼食場所へと移動する。

例によって、200名以上が1つの食堂で食べるのだから、食堂は大混乱である。

食べ終わったら、食堂の前の広場で待っていて、決して他に行かないように、と、あらかじめツアコンの人からお達しがあった。

ところが、食堂で食べていると、「キョスニム!キョスニム!」と、トラメガを通して大声で私を呼ぶ声がした。

「キョスニム!どこですか?」

語学堂をとりしきる、パク先生の声である。

パク先生とは、ほとんどこの「野外授業」でしかお目にかからない。だが、なぜかパク先生は私のことを大変気にかけてくださる。まわりが若い中国人留学生ばかりだということで、きっと寂しいのだろう、と思っていらっしゃるのだろう。

見た目は恐いアジュンマ(失礼!)といった感じで、喋り方も、慶尚道サトゥリ(訛り)の独特のまくしたて方で、やはりちょっと恐い。でも、実は結構面白いことを言っていたりする。中国語がネイティブなみの上手さで、中国人留学生たちの信頼も厚い。

そのパク先生が、トラメガで、みんなに聞こえるように私に言った。

「キョスニム!食事が終わったら、食堂を出たところで待機してくださいよ。決して、他のところに行ってはいけませんよ!」

「わかりました」

さっき、ツアコンの人に聞いていたので、わかっていたのだがな。なぜ、満座の席で、私だけに、しかもマイクで念押しするのか、よくわからない。しかもこっちは、いい大人だぞ。

まわりの留学生たちも、失笑している。

Photo_6 昼食が終わり、午後は「ブラザーフッド」という映画のロケが行われた、映画のセットを見学。1950年代の韓国が再現されていて面白い。

「ブラザー・フッド」(原題「太極旗を翻して」)は、韓国人のほとんどが見たことのある映画ではないだろうか。

Photo_5続いて、蒸気機関車に乗る体験。「ブラザー・フッド」で、あのチャン・ドンゴンが乗った蒸気機関車だという。

せっかくなので、車両と車両の間のデッキに立って、外の空気にあたりながら、風景を眺めることにした。

すると、2級の時の先生2人、3級の時の先生2人、そしてTopik(韓国語能力試験)の特講の先生が、すでにデッキにいらっしゃった。全員、私がお世話になった先生だ。

2級のときの「粗忽者の先生」と久しぶりにお話をする。

「今朝、どうして奥さんを置いて1人で走ってきたの?」

もうその情報が伝わっているらしい。

「いえ、それは、…突然先生から電話があったもので、…つい…」

「奥さん、美人ですよね、美人」

何と答えていいかわからず、考えあぐねていると、

「美人、美人、美人ですよね、美人、美しい人、美人、わかる?美人、美人」

どうも、私が「美人(ミイン)」という言葉の意味がわからないと思ってらっしゃったのか、大声で何度も「美人」という言葉を連呼する。同じ言葉を何度もくり返すのは、「粗忽者の先生」の口癖である。

「…そう何度も大きい声で『美人』て言わないでくださいよ…。こっちが恥ずかしくなります」

まわりの先生方も失笑。

汽車を降りて、再びバスで移動。順天というところの湿原に向かう。

「あまり見学時間はありませんけれど、景色がきれいなところですから、いっぱい写真を撮るんですよー」と、わが班の文法の先生。

バスを降りて、湿原のある公園の入口にいったんみんなが集合する。そこで、語学堂をとりしきるパク先生が、全員に、見学のポイントや、バスの出発時間などを説明された。

そのあと、パク先生は再びトラメガで私を名指しする。

「キョスニム!向こうの方に行くと景色がきれいですから、必ず行きなさいよ!時間がないので、早く行きなさい!」

「わかりました」

再び他の先生方が失笑。どうしてわたしばかりが名指しされるのだろう。

Photo_7 湿原はたしかにきれいだった。

みんなが、最後の時を過ごす。とくに私にとっては、最後の野外授業である。

ところが、私は妻とはぐれてしまう。妻をさがすが、どこにも見あたらない。携帯電話をかけてみても、電話に出る気配もない。

おおかた、クラスのチングたちと一緒に行動しているのであろう。

Photo_8 仕方がないので、ひとりで湿原をトボトボと歩くことにした。

湿原をひとまわりしたあと、何人もの先生から、

「どうしておひとりで歩いていたんですか?」と聞かれる。

湿原をトボトボとひとりで歩いている姿が、遠くからよく見えたらしい。

「ひょっとして、奥さんとケンカしたんですか?」

とか、

「きれいな女性をさがしていたんですか?」

とか、からかわれる。

とにかく、私の一挙手一投足が、見られているのだ。

やがて集合時間の4時20分がやってきた。バスに乗り込んで、大邱に戻る。

ここからまた3時間以上の移動時間である。

途中、休憩所に立ち寄る。用を足してトイレから出てきたところに、語学堂をとりしきるパク先生とまたバッタリ出くわした。

「お!キョスニム!何か美味しいもの買ってくださいよ!奨学金もらったんでしょ?美味しいものをおごりなさいよ」

強引に屋台の前に連れていかれ、串に刺したさつま揚げみたいなものを、5人分買わされた。

またもやまわりの先生方が失笑。

そりゃそうだ。「キョスニム!何か美味しいもの買ってください」というのは、たとえて言えば、落語家の弟子が、

「師匠!ちょっ、ジュース買ってきて」

と、師匠に使いっ走りをさせるようなものだ。それほど、韓国では「キョスニム」(教授様)といえば、偉い人なのだ。

結局、「キョスニム」は、私のあだ名だったんだな。

かくして、夜8時、バスは大邱に到着。今まででいちばん長い、野外授業の1日が終了した。

私にとっては、最後の野外授業。前学期の料理教室の失敗を、取り返すに余りある充実ぶりだった。

うーむ。こんな記事、さして盛り上がりもないから、第三者が読んだらつまらないだろうな。自分のために書いているのだから、ま、いいか。

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