秋の月
10月27日(火)
毎晩、1時間ほど散歩するのが日課になっている。
めっきり肌寒くはなったが、散歩するにはいい季節である。
夜空の月を見て思い出したことがあったので、書きとめておく。
今日の「3分マラギ」で、ひとりひとりが、私の発表に対する感想を述べているときのことである。
おとなしくてまじめなリュ・チウィエさんの番がまわってきた。
「私のいとこは、ここに留学していました」
リュ・チウィエさんはそう言うと、奄美の場所を確認するために私が配った日本地図を掲げて、鹿児島県のところを指した。
「へえ、奄美の近くですねえ」と先生。
「そうです。それでいとこのことを思い出したんです。(鹿児島は)景色がきれいなところだと思います」
「行ったことがあるの?」
「いえ、想像です」
ふだん、あまり喋らないリュ・チウィエさんは、なにかに触発されたのか、活発に喋りだしたのである。
さて、3時間目が終わった休み時間。
リュ・チウィエさんが、私の隣の、空いている席に座った。
「キョスニム、鹿児島は景色がきれいなところですか?」
「うん、きれいなところだよ。…いとこは、鹿児島の大学に通っているの?」
「いえ、鹿児島にある高校に通っていたんですけど、大学は別のところに行きました。でも、その大学の名前、忘れてしまいました」
リュ・チウィエさんは、中国の大学を卒業してから、韓国にやってきた。だから、大学入学を控えたほかの多くの中国人留学生にくらべて、やや年が上である。とはいっても、20代後半といったところか。
どちらかといえば引っ込み思案な性格で、ふだんはあまり韓国語を話そうとしない。
まじめな性格ほど、自分の韓国語に自信が持てず、話すのが億劫になるのかも知れない。
だが、今日はなぜか、堰を切ったように話しはじめた。
「キョスニム、韓国語の勉強が終わったら、今度は日本語を勉強したいんです。日本語は学ぶのが難しいですか?」
「難しいかも知れないね」と私。「でも、韓国語を勉強していれば、文法は同じだから、簡単に思えるかも知れないよ。漢字もあるし」
「でも、やっぱり難しそうですね」
「大丈夫だよ。私だって、韓国語を勉強したあとは、中国語を勉強したいと思っているんだから」と、励ましにもならない言葉。
休み時間が終わっても、リュ・チウィエさんは席を立とうとせず、話を続けようとする。
「ずいぶん話し込んでるわね。…気が済むまで話していいですよ。こっちはこっちでみんなと話しますから」と先生。先生は、リュ・チウィエさんが積極的に韓国語を話しているのを、とめようとはしなかった。
先生は、韓国民謡「アリラン」の地域的特色について、ほかの学生たちに話しはじめた。私もその話を聞きたかったのだが、ひきつづき、リュ・チウィエさんと話をする。
「キョスニム、1970年代80年代に活躍した女性歌手で、○○○という人、知っていますか?日本で、日本語の歌もずいぶん歌った、って聞きました」
名前が聞き取れなかったが、おそらくテレサ・テンのことであろう。
「知ってるよ。アジアでいちばん有名な歌手じゃないかな」
「そうですか。でもこの前、スンジ氏に聞いたら、『知らない』て言われました」
「日本で活躍したときの名前は、本名と違うからね」
話はまだ続く。今度は、日本語についての質問である。
「初対面の人に挨拶するとき、日本語でなんと言うんですか?」
私は紙に、「はじめまして。私の名前はリュ・チウィエです。お会いできて光栄です」と書いた。もちろん、ハングルで日本語の発音を記したのである。
リュ・チウィエさんは、ハングルで書かれた日本語のその挨拶文を、何度か読み返した。
「じゃあ、私の名前は、日本語の発音でどう読むんですか?」
と言うと、リュ・チウィエさんは自分の名前を
「劉秋月」
と書いた。
秋の月か。いまの季節にぴったりの名前だ。
私が「りゅうしゅうげつ」の発音をハングルで書くと、リュ・チウィエさんは「りゅうしゅうげつ」と何度もくり返して発音して、「おもしろいですね」と言った。
それにしても、なぜ、彼女は堰を切ったように話しかけてきたのだろう。そして、なぜ日本語を知りたい、と思ったのだろう。
いとこのことを急に思い出したからかも知れない。おそらくリュ・チウィエさんは、いとこのことが大好きなのだろう。
ひととおり話が終わったところを見はからって、先生が
「もう気が済んだ?」
と聞くと、リュ・チウィエさんは、「ええ」と言って、自分の席に戻っていった。
「さあ、じゃあ単語の勉強をはじめますよ。いままでリュ・チウィエさんの話が終わるのを待っていたんですからね」と、先生は授業を再開した。
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