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ナム先生の、もう一つの人生

前学期、3級6班の最後の授業(8月6日)のときのことである。

「みんなでわが班の集合写真を撮りましょう」と私が提案する。

写真を撮ったあと、マラギ(会話表現)担当のナム先生に、「最近、ミニホムピィを作ったので、この写真をそこにアップしてもいいですか?」と聞いたところ、「もちろんいいですよ。へえ、ミニホムピィを作ったんですね。今度遊びに行きますから、アドレスを教えてください」と言われた。

しばらくして、律儀にも訪問してくださり、「芳名録」に訪問コメントまで残してくださった。

前にも書いたように、ナム先生は、不思議な先生である。

授業じたいは、きわめてオーソドックスで、とくに学生を楽しませるために余計なことを言ったりすることはない。どちらかといえば、ふだんはクールな先生である。

だが、初回から学生の名前を完璧に覚えているなど、学生に対する目配りが行き届いていたり、授業でやるべきことをきっちりとやったりするなど、まさにプロの語学の先生だな、とふだんから敬意を表していた。学生たちの信頼も厚い。

そして、私生活はほとんど謎である。授業で、自分の私生活について話したことは全くないし、私も、先生と個人的に話したことは、ほとんどない。

どちらかというと、一匹狼的な人なのかな、と思っていた。

といって、取っつきにくい人ではなく、どちらかといえば、人なつっこい人である。

だからどうにも不思議な先生なのである。

「バレーボールの選手みたい」とは妻の談。性格がサッパリしていて、女性に好かれるタイプの女性だという。

さて、「芳名録」に訪問コメントが書かれると、書いた人のミニホムピィがリンクされていて、そこに飛ぶことができる。

ナム先生のミニホムピィを見て驚いた。

そこには、私が受けた授業からはまったく想像もできない世界があった。

掲載された写真は、すべてモンゴルの写真。どうも先生は、一時期モンゴルに滞在されていたらしい。

そして、教室の中にいる多くの子どもたちの写真もある。モンゴルに長く滞在されて、韓国語を教えられていたようである。

写真の中にいる子どもたちは、みんないい笑顔をしていた。

語学の授業中、先生がモンゴルの話をしたことは一度もなかった。モンゴル語が堪能である、ということも、おくびにも出していない。それだけに、このミニホムピィを見たときは衝撃的であった。

ふだんのクールな先生からは想像もつかない情熱である。

しかもそこには、いまの語学堂のことや、ふだんの生活のことはひとつもふれられていない。ただひたすら、モンゴルに対する「恋い焦がれた思い」だけで埋め尽くされているのである。

なにか見てはいけないものを見てしまった、という感じである。ナム先生にとって、このミニホムピィこそは、自分の大切な財産である「モンゴル滞在」の追憶の場になっていたのだ。

ミニホムピィの「芳名録」には、モンゴルに滞在していたときに韓国語を教えていたと思われる、モンゴル人の教え子たちからの訪問コメントがひっきりなしに寄せられている。

それに対する先生の返事もまた、ふだんの先生からは想像できない。

たとえば、こんな感じである。

「作文で賞を受けたこと、本当におめでとう。

先生のことを思ってくれて本当にありがとう。

ナヤが一生懸命やったから賞が取れたのよ。次はもっと一生懸命勉強して、必ず1位をとるのよ。わかった?

韓国はいま、花がたくさん咲いている。

韓国にあるたくさんのきれいな花を、ナヤも見られればいいのにね....

あとで写真送ってあげるね。

春になると、先生はモンゴルのことをたくさん思い出すの。

(職場の)学校へ行く道すがら、 『モンゴルも、今日は暖かいんだろうな』『モンゴルも、もうすぐ黄砂がひどくなるんだろうな』なんて考えてる。

本当に何もかもが懐かしい。

このごろ先生はね、モンゴルに遊びに行く日を指折り数えて待っているのよ」

そこには、モンゴルに対する思いが切々と語られていた。

ふだんの、クールで職人的な授業からは想像できない情熱をかいま見て、ふと考える。

なぜ、ナム先生は、それほどまでに恋い焦がれたモンゴルから、韓国に戻ってきたのだろう?

そして、恋い焦がれたモンゴルから引き離されたいま、どんなことを思っているのだろう?

そこから、空想の物語がとめどもなく広がってゆくのだが、根も葉もない物語を作るのはやめにしよう。

おそらく今後、ご本人にそのことをたずねる機会もないだろう。

今日もまた、遠いモンゴルの空を思いながら、目の前の留学生たちを相手に、日々の授業に追われる生活をしていることだろう。

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