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書くことと見つけたり

11月10日(火)

「韓国語って、どうやって勉強してます?」

わが班のヌナ(お姉さん)こと、カエ氏が私に質問してきた。

おかしな話である。私よりも韓国語がはるかに上手で、成績もよいはずなのに、私に聞くようなことではない。

その上、韓国人のナンピョン(夫)と暮らしていて、たまに大喧嘩をする、というのだから、韓国語で啖呵を切るくらい、朝飯前のことなのではないか。

「宿題とパダスギ(書き取り試験)の準備をするだけで、1日が終わるでしょう」と私。

「それはそうですね。でも、ほかに効果的な方法って、ありますかね」

「うーん。…やっぱり韓国語で日記を書くことですかね」

「まだ続いているんですか?私なんか三日坊主で終わってしまいましたよ」

以前、授業で「韓国語を上達する方法」というテーマで話し合いをしたときに、私が「韓国語で日記を書く」という方法を紹介した。カエ氏はその話に触発されて、日記を書き始めたそうなのだが、やはり続かなかったらしい。

日記を書く、といえば、数日前、妻から聞いた話を思い出した。

妻のクラスを受け持っている文法の先生が、私を最初に見たときの印象を話してくれた、というのである。

私自身は、その先生に教わったことはないのだが、その先生が定期試験の試験監督をしているときに、私をはじめて見かけたという。おそらく、1級か2級の定期試験の時である。

ほかの学生にくらべて歳をとっているので、目立っていたのであろう。

スギ(作文)の試験の時間、教室を巡回していて、私の席の前に来たとき、先生はびっくりしたという。

原稿用紙に向かっている姿が、ほかの学生とは明らかに違う。書いては消し、書いては消し、をくり返し、あたかも、言葉を慎重に吟味しつつ、作文を書いているようにみえた、という。その集中力は、ほかの学生とはくらべものにならなかったのだ、と。

その姿を見た先生は、「この人、大丈夫だろうか?」と思ったという。

というのも、以前、この語学堂でその先生が受け持った、、60歳のおじさんのことを思い出したからである。そのおじさんは、ほかの若い学生たちと同じように、1日4時間の授業をみっちりと受け、毎日の宿題を提出したりして、必死に授業に追いつこうとした。その結果、おじさんはわずか1週間で倒れこんでしまい、その後2度と授業には出なかったという。

この人(つまり私)も、根をつめすぎて、やがてそうなるのではないか、と心配したというのである。

60歳のおじさんとくらべられるのも心外だが、私の方は幸い、1年間、倒れずにやってこられた。

自分で自分の姿を見ることができないので、実際、どのような姿で原稿用紙にのぞんでいたのかはわからないが、あるいは鬼気迫るものがあったのかも知れない。

この話には苦笑せざるをえないが、思いあたることもある。

先日、5階の教員研究室で、ひとりでスギ(作文)の試験を受けたときのこと

1時間ほどかけて、作文が終わり、顔をあげた。

机のまわりを見渡して驚いた。

ものすごい量の、消しゴムのカスである。

自分でも知らず知らずのうちに、書いては消し、書いては消し、をくり返していたのだ。

「書き終わりましたか」といいながら私のところにやってきた先生も、その消しゴムのカスの量を見て、「あら!」と言いながら少しひいていた。

ふだんはずぼらな私も、文章を書いているときだけ、集中しているのだ。

ひょっとして私は、「何か」を削るようにして、文章を書いているのかも知れない。

たとえて言えば、棟方志功が命を削るようにして版画を彫るように。

…ま、そんな立派なものではないか。

いずれにしても、私が勝負できるのは、やはりその部分だけかも知れない、と気づく。

あらためてカエ氏に答える。

「同じ語学の勉強でも、人によって得意、不得意、てものがあると思うんですよ。私の場合、マラギ(会話表現)は、どうやったって上達しませんから、スギ(作文)に力を入れようと思うんです。だから、得意な分野で勝負すればいいんじゃないですか」

「なるほど。そうですね。じゃあ私の場合は、トゥキ(リスニング)かな」

さて、言ってはみたものの、この方法が、語学の上達に功を奏するかどうかは、わからない。

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