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最後のあいさつ

11月30日(月)

期末考査のあと、わが班で簡単な打ち上げをしたときのことである

文法の先生が私に言った。

「次の学期の開講式の時に、修了生を代表してスピーチしてもらえませんか?」

開講式とは、学期が始まる最初の日に、語学院に通う外国人留学生たちすべてが集まって行われる行事である。この行事は、開講式であるとともに、前学期の修了式の意味合いもかねていた。

それにしても、寝耳に水の話である。いままで、開講式に何度か出たことがあるが、修了生がスピーチをしたことなど、見たことがなかった。

事情を聞いてみると、以前は開講式の際に、学生たちによる発表などの行事が行われていたそうなのだが、ここ最近の開講式では、院長先生のあいさつとか、優秀者の表彰とか、型どおりの行事だけが行われていた。

このところ、あまりにも型どおりの開講式が続いていたので、ここらで、以前のような、趣向を凝らした行事を復活させよう、ということなのだそうである。

「ほかに、歌を歌う学生とか、踊りを踊る学生とか、授業でやった研究発表をする学生とかもいるんですよ」と先生。

歌とか踊りとかの出し物がある中で、オッサンがスピーチをするなんて、面白いか?と、一瞬、逡巡する。

だが、こんな機会はめったにないことだし、多くの学生が来学期も授業に出るのに対して、私は、今学期が最後である。さらに、この1年間、たぶん誰よりも勉強してきた、という自負もあった。

そこで、厚かましいと思いながらも、先生の勧めに従うことにした。

先週の木曜日、スピーチ原稿を作り、翌日の金曜日、原稿を直してもらうために文法の先生のところにうかがう。

「いま見たところ、直すところはほとんどないようですね。念のため、詳しく見て、修正したものを、あとでメールで送ります」

土曜日は学会の学術大会でソウルに行っていたため、身動きが取れず、日曜日に、修正されたものをもとに、練習をする。

スピーチに合わせて、パワーポイントも作成した。

「優等生的な内容ね」と、スピーチの内容を聞いた妻が言う。

たしかにそうだろう。私がこの1年間、語学院で韓国語を勉強した際に感じたことをスピーチするのだから、どうしても内容が無難にならざるをえない。

妻に言わせれば、私があれだけマラギ大会のスピーチには内容がなかった、なんて悪口を言っていたのに、自分自身のスピーチの内容もまた、同じではないか、ということなのだろう。

しかし私には、そんなことはどうでもよかった。私がやりたかったことは、こんなことではない。実はその場を借りて、どうしても、やりたいことが1つあったのである・・・。

さて、当日。

午後1時に、語学院の建物の中にある講堂で、開講式が始まる。

院長先生のあいさつ、そして前学期の成績優秀者の表彰などが行われたあと、学生たちによる行事が始まった。

最初は、中国人留学生2人による歌。当然、韓国語の歌である。

この2人の歌が、上手だったこともあって、思いのほか盛り上がる。

(このあとにスピーチをしなければならないのか・・・)

場の雰囲気が一気に盛り下がるのではないか、と心配した。

「続いて、修了生を代表して、미카미 씨に、語学堂で勉強した1年について、スピーチしてもらいます」

私の名前が出ると、会場がざわめいた。もはや私は、この語学院で、有名人である。

司会の先生にうながされるようにして、壇上に上がる。大きな拍手が起こる。

「みなさん、こんにちは、語学院で一番有名な学生、미카미です。みなさん、知ってるでしょう?」

「ネー(はーい)」と、会場から反応があがった。

これで、私の緊張感は、一気にほぐれていく。原稿を手に持たず、スピーチをはじめる。

「私は昨年の11月29日に韓国にやってきました。韓国へ来て、もう1年が経ちました。私は韓国へ来るやいなや、この語学院で韓国語の勉強をはじめました。その時から今に至るまで、私の韓国での生活の大部分を、この語学堂で過ごしました。そしてついに今日、韓国語の勉強を修了することになりました。いまから、私が1年間、この語学堂で経験したこと、そして、その経験を通じて感じたことを、お話ししたいと思います」

ここまでが前置き。語学院で習った文型をフルに活用する。

「私は日本にある大学で、日本の歴史を教えています」

スクリーンには、勤務先の大学で教えている学生たちの写真が映し出されている。

「日本の歴史を勉強すればするほど、韓国の歴史も勉強しなければならない、という考えが浮かびました。それで、直接韓国へ来て、韓国語の勉強からはじめることにしたのです」

「ところが、最初は、不安なことが多くありました。その理由のひとつは、私が歳をとっているということです。歳をとっているせいで、若い人たちにくらべて、勉強するのが大変なこともあり、何よりも、自分が若い学生たちと上手くやっていけるのかが、心配でした」

「ところで、私はこの語学院で勉強をはじめるとき、ひとつの決心をしました。それは、日本では私は教師ですが、韓国ではひとりの学生として、始めから終わりまで、ほかの学生たちと同じように勉強しよう、という決心です。そこで、若い学生たちと一緒に、授業を毎日受けて、宿題もして、試験も受けました」

「そうしたところ、小さな奇跡が起きました。それは、若い学生たちが、私のことを「チング」と思ってくれたことです。同じクラスのチングたちは、私に会うと「アンニョンハセヨ?」と挨拶してくれました。私をひとりの学生として、そしてチングとして見てくれたことが、何よりも嬉しいことでした」

「もちろん、語学堂で勉強したこの1年は、よいことばかりではありませんでした。気が重い経験もたくさんありましたが、いまはそのすべてが、忘れることのできない思い出となりました」

「ではここで、写真を見ながら、よい思い出を紹介していきましょう」

ここで、スライドが切り替わる。まずは、1級1班のときの写真である。

「これは、私が1級1班の時の写真です。マラギ(会話表現)の授業時間に、韓国の観光地について、チングと一緒に発表をしました

「続いて、2級の時に行った野外授業の写真です」

ここで少し笑いが起こる。私が、海岸で「タクサウム(闘鶏)」と呼ばれる、韓国の遊びをしているときの写真である。

「これは、慶州の海岸で、『タクサウム(闘鶏)』という韓国の民族的な遊びをしているときのものです」

「続いて、3級の時の写真です」

再び笑いが起こる。私が、手ぬぐいを頭に巻いて、プルコギを作っている様子を写した写真である。

「これは、3級の時の野外授業の写真です。料理教室で韓国料理を学びました。この写真を見れば、どんなに面白い料理教室だったかが、わかるでしょう?」

この言葉に、とくに先生方を中心に、再び笑いが起こる。いかに面白くない料理教室だったかを、皮肉を込めて言ったことに、気づいたのであろう。

「そしてこれは、前学期に行った野外授業での写真です」

リ・チャン君、ヤン・チャン君、チ・ジャオ君、そして、チ・ジャオ君のヨジャ・チングが写っている写真。

私が撮った写真だが、私はなぜかこの写真がとても好きだった。

「この写真は、私がいちばん気に入っている写真です」

この写真が映し出されたとたん、後ろの方にいたヤン・チャン君が、恥ずかしそうに下を向いたことを、私は見逃さなかった。

話は、「韓国語勉強法」に移る。

「ところでみなさん。韓国語を勉強しているみなさんに、韓国語を勉強する上でよい方法を、ひとつだけ紹介します。それは、韓国語で日記を書くことです。韓国語で日記をかくと、韓国語の勉強によい効果があるだけではなく、韓国で経験したことを忘れないように残しておくこともできます」

「実は私も、いままで、この語学院で経験したことを、日記に書いてきました。私の夢は、いつか、韓国語の日記をまとめて、韓国で本を出すことです。みなさんも、韓国語で日記を書いてみてはどうでしょう?」

自分で言っていて恥ずかしくなるような内容だが、スピーチの時には、このくらい恥ずかしいことを言うくらいがちょうどよいのである。

「そして最後に・・・」

ここで、原稿にはなかったことを言うことにした。あらかじめ原稿をみせていた妻や、文法の先生にも言わなかったことである。

「いままで一緒に勉強してきた、先生とチングたちを、紹介します」

私はそう言って、ジャケットの内ポケットから、これまで1年間に同じ班だった人たちの名前が書かれた紙を取り出し、ひとりひとりの名前を読み上げた。

「1級1班、キム・ジミン先生、ソ・ミョンア先生、ロン・ウォンポン君…」

「2級4班、カン・ユンヒ先生、クォン・ユウン先生、ス・オンイ君…」

「3級6班、キル・ユンミ先生、ナム・スジョン先生、クォ・チエンさん…」

「4級3班、チェ・ウニョン先生、キム・ジョンア先生、ロンチョン君…」

私がやりたかったことは、これだった。

これまで同じ班で、一緒に勉強してきたすべての人たちの名前を、呼びたかったのである。

「語学院の先生やチングたちのおかげで、最後まであきらめずに勉強をすることができました。楽しく勉強することができました。私は、みなさんのことを忘れないでしょう。いままで私を助けていただいた多くの方々、そして、今日のこの話を聞いてくださったみなさんすべてに感謝しつつ、この発表を終わります」

…ここまで、原稿を見ずに言えた。

会場から大きな拍手をもらう。

たぶん、いままで私が人前でしゃべった中で、いちばん大きな拍手かも知れない。

聴衆は、多くの中国人留学生を含む外国人留学生、韓国語の先生たち。そして、ほんの少しの日本人。

私の韓国語は、どれくらい通じたのだろう。

ホッとして壇上から降りると、司会の先生が、

「ほら、院長先生と握手してください。前からの希望だったんでしょう」

とおっしゃる。

以前、授業の中で私は、開講式で語学院の院長先生と握手したい、という希望を言ったことがある。そのことが、語学の先生の間でも広く知れ渡ってしまったようだ。

だがそれは、開講式で1等をとって表彰された人たちが、院長先生と握手する姿を見ていたからである。つまり、自分が1等をとって表彰されたい、ということを比喩的に言ったにすぎないのである。

しかしどういうわけか、私が理由もなく院長先生と握手したがっている、というように曲解されて伝わったらしい。べつにどうしても握手をしたい、というわけではないのだがな。

仕方がないので、言われるがままに、一番前に座っていらした院長先生と握手する。

握手をしながら、院長先生がおっしゃる。

「よくここまで頑張ってこられましたね」

かくして、私の語学院での学業は、本日をもって修了した。

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