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続・スタディ

以前、この国の、ある大学の先生からこんな話を聞いた。

いま、大学には、多くの中国人留学生が入学してくるのだが、それがいま、問題になっている。彼らは、こちらの大学の授業についていけず、彼らのために、授業が停滞してしまうケースがある。そのため、(この国の)若い学生は、中国人留学生たちのことを、あまりよく思っていない。すなわち、若い学生たちのあいだで、中国人留学生たちに対する嫌悪感が広がっているのだ、と。

たしか、こんな内容だったと思う。

また、別のところから、こんな話も聞いた。

自習のグループである「スタディ」に、中国人留学生が加わっている場合と、そうでない場合とは、自習の進み方が、全然違う。「スタディ」に、中国人留学生が加わっている場合、ほかの人たちが、その学生にかなり基礎的なところから説明をしなければならない、という手間がかかるので、「スタディ」の効率が悪くなるのだ。だから、「スタディ」に、中国人留学生が入ることを、学生たちは嫌っている、と。

似たような話は、ほかからも聞いた。

私の語学の能力の問題もあり、どこまで正確に理解できているかはわからないが、おおよその内容は、間違っていないだろう。

これらの話を総合すると、自習のグループである「スタディ」の場で、中国人留学生の面倒をみなければならなくなったグループは、彼らのことを、自分たちの勉強のペースを妨げる「厄介者」「足手まとい」ととらえてしまい、それが、若い人たちのあいだで、中国人留学生たちに対する、新たな差別につながっているらしいのである。

外国人留学生のなかでも、中国人留学生の数が圧倒的に多いことから、どうしても、中国人留学生たちが、話題の中心になってしまう。

もともとの「ミウチ意識」の強い「スタディ」という勉強スタイルに、留学生が入ったら、必然的に、そのようになってしまうのかも知れない。

加えて、この国の学生にとって、中間試験や期末試験は、将来を決めるほどの重大な意味をもつ。留学生にかまっていられないのは、なおさらかも知れない。

いずれにしても、若い学生たちの間で、留学生たちに対する嫌悪感が広がっているのだとしたら、かなり深刻な問題である。

そして私は、この話を聞いて、複雑な心境である。

中国人留学生たちが、こちらの大学の授業についていけないことの主たる原因に、語学の問題があることは間違いないだろう。韓国語を十分理解しないまま、大学に入学してしまった結果、このような問題が引き起こってしまったのである。

しかしそれは、大学入学前の語学教育、すなわち、語学院の教育が悪かった、というわけでは、決してない。語学院における語学教育の水準の高さは、私がわが身をもって証明することができる。ま、それは冗談にしても、4級以上の若い学生の韓国語の実力は、目を見張るものがある。

最大の問題は、語学の能力がまだ初級レベルであるにも関わらず、入学を許可してしまう、大学側の責任である。

本来であれば、韓国語の4級以上のレベルで、ようやく大学の授業についていけるレベルになる。ところが実際には、3級、2級、ひどいところでは、1級レベルの学生に、入学許可を与えている大学があるのである。

それもこれも、大学の定員確保、という現実的な問題が、深く関わっている。

大学側が、いとも簡単に、入学を許可してしまうのである。

一方で、中国人留学生たちのすべてが、本当にこの国に留学したくて来ているのかは、はなはだ疑問である。多くは、家庭の事情、もっといえば、親の事情で、「留学させられた」人たちが多いのではないか。それは、私が語学院に1年間通っていて、感じたことである。

それでも彼らは、まがりなりにも、韓国語を勉強してきた。そうすることでしか、いまの自分の身を守る方法が、ないからである。

でも、できれば早く大学に入学したい。早く大学に入学して、卒業して、早く中国に帰りたい。そういう希望も、彼らは持っている。この気持ちも、よくわかる。

だから、多少韓国語の勉強が不十分でも、入れる大学に入ろうとする。

大学側も、そうした学生を受け入れてしまう。

そこから、悲劇がはじまる。

大学の教授は、「どうしてこんなに出来が悪いんだ」と文句を言って、その面倒を学生に押しつける。留学生を「押しつけられた」学生たちは、「スタディ」で一緒に勉強することになる。

だがこの国の学生たちにも事情がある。この国では、試験でいい点数をとらなければ、将来の進路に大きく響いてしまう。留学生たちは、母国に戻ればそれでいいのかも知れないが、自分たちは、この国のしくみのなかで頑張っていかなければならないのだ。

そう思うと、留学生が、どうしても「足手まとい」「厄介者」と思われてしまうのである。

大人の都合でこの国に留学させられ、大人の都合で、おいそれと大学に入学を許可され、挙げ句の果てに、授業についていけていない、と非難を受ける留学生たち。

一方で、大人たちの作った制度のために、高校時代とまったく同じような勉強方法を大学でもしいられ、それにふりまわされてしまう、この国の学生たち。

学生と留学生との間に不幸な関係があるとすれば、それは大人たちが築いてしまったものだ、ということに、大人たちは、どれほど思いを致しているだろう。

問題は、いつも、いちばん弱いところで起こる。

大学の中でいちばん立場が弱い学生。それは、留学生である。

だから、セクハラやアカハラも、留学生が被害にあうケースが、とても多い。

私は、常々思う。

その大学の本当の姿を知るには、立場のいちばん弱い人たちが、どのような思いをしているか、を知ればよい、と。

いや、大学にかぎったことではないかも知れない。

だから、留学生は、その大学の、本当の姿を映す鏡である。

ん?あんまり、「スタディ」とは、関係ない話になっちゃったな。

話が変な方向にそれてしまったんで、このへんでやめよう。

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