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「アボジ」の作文を取りもどせ!

2月10日(水)。ソウルから大邱に向かうKTXの車内にて。

突然の胃の痛みにたえかね、お腹をさすりながら、横に座っている妻に言った。

「ずっと気になっていることがあるんだけど」

「なになに?」

私が話したのは、次のような内容である。

語学院の4級のときに、スギ試験(作文試験)で書いた「アボジ(父)」をテーマにした作文

この日記でもしばしば書いてきたが、私が4級の時に書いた「アボジ」をテーマにした作文は、語学院の先生のあいだでも、かなり話題になり、文法や表現に多少の誤りがあったにもかかわらず、10点満点をいただいた。どうも、内容が胸をうつようなものだったようで、読んでいて泣きそうになった、という先生もいらした。

韓国語のプロの先生を泣かせた作文。私にとっては、いわば、奇跡の作文である。

ところが、私自身、その作文で、どんなことを書いたのか、まったく覚えていない。

試験の当時は、書くことに必死で、いわば精神が高揚していたため、内容については、すっかりと忘れてしまったのである。

宿題として提出した作文は返却されるが、試験の時に書いた作文は、本人に返却されない。いや、作文にかぎらず、試験の答案は、本人に返却されることなく、すべて回収されてしまうのだ。

だから、その「アボジ」の作文が、いま、私の手もとにはないのである。

私は、そのことが、ずっと気になっていた。はたして私は、どんな内容を書いたのだろう。

そのことを確認しないまま、帰国してしまうと、絶対に後悔するだろう。

「だから、なんとかして、「アボジ」の作文を取りもどしたい」

と私は妻に言った。

「もし、このまま帰国したら、数年後、あるいは、親父にもしものことがあったときに、きっと思い出して、悔やむことだろう。そうなれば、あと、頼める先は『探偵!ナイトスクープ』しかない」

唐突な私の発言に、妻は驚いた顔をした。

「『探偵!ナイトスクープ』に、『数年前に私が書いた「アボジ」という韓国語の作文を、見つけてきてほしい』と依頼を出して、小枝探偵あたりと一緒に韓国に飛んで、語学院を久しぶりに訪れる。そこで、『アボジ』の作文を見つけ出し、語学院の先生方の前で、韓国語で読み上げる。さらに日本に戻り、親父の前でその作文を日本語に翻訳して読み上げる。そして、画面がスタジオに戻り、西田探偵局長とざこば顧問が号泣」

かなり具体的な絵まで想像して話すと、妻はあきれた顔をした。

「そのころにはとっくに、試験の答案なんかシュレッターにかけられてるよ。というか、もう今の時点で、シュレッターにかけられてる可能性があると思うけど」

妻は私に冷や水を浴びせる。私の胃はふたたび痛くなった。

「でも、なんとかして、もう一度、あの作文を読んでみたいのだが…」

「とりあえず、4級の時の先生に、メールで聞いてみよう」

そういうと妻は、その作文を採点した4級の先生のところに、携帯のメールを送ることにした。その先生には、妻も教わっていたことがあるので、よく知っている先生だった。

「じつは先生にお願いがあります。以前、語学院の作文試験で夫が書いた「アボジ」についての作文を、もう一度読んでみたいと、夫が言っているのです。そして私もいちど読んでみたいと思うのですが、見せてもらうことはできるでしょうか」

少したって、先生から返事が来た。

「一度採点した試験の答案を、返してよいものか、私にはわからないのです。主任の先生に相談してみないと、何とも言えないと思います」

うーむ。主任の先生、か。ちょっとややこしいな。

語学院には、ひとり、主任の先生がいて、韓国語の授業のあらゆることをとりしきっておられる。その先生は、若くて美人で、エリートなのだが、妻も私も、ちょっと、苦手なタイプであった。

若いながらも、エリートであることの自覚が多少強かったり、韓国の伝統的な家族観とか倫理観をお持ちであったり、女子高生的な感性をお持ちだったり、と、まあ、私たちとは対極にあるタイプの方だな、と、つねひごろ思ってきた。

さらにややこしいことに、最初に依頼のメールを出した先生は、その主任の先生と、同じ研究室の先輩、後輩にあたる関係で、後輩が先輩に相談することが、なかなか難しいような雰囲気をただよわせていた。ふつうは、先輩後輩の関係であれば、相談しやすいだろうと思うのだが、この場合は、どうもそうではないらしい。あるいは、気むずかしい方なのかも知れない。

だから、その先生を介して、主任の先生に聞いてもらうこともなかなか難しいのである。

うーむ。どうしたらよいものか。

すると妻は、ふたたびメールをうちはじめる。

しばらくたって、「どう?これ」といって、そのメールの内容を私に見せた。

「先生、お元気ですか。お久しぶりです。実はひとつお願いがあってメールしました。夫が4級の時の作文試験で書いた「アボジ」についての作文が、先生方のあいだで、とてもよく書けているとほめられたそうです。それで、どのような内容か私もぜひ読んでみたいと思い、もし可能なら、日本に帰国したあと、それを義理の父(注、つまり私の父)に、ぜひ見せてさしあげたいと思います。そのときの作文を、見せていただくことはできるでしょうか」

妻は、主任の先生に直接送るメールを書いていたのだ。

しかもそこには、「義理の父に見せてさしあげたい」とある。伝統的な家族観とは対極にある妻が、ふつうならば決して書かない表現だ。

「つまり、この『義理の父に見せてさしあげたい』というところがミソなわけね」と私。

「そう」と妻は答え、メッセージを送信した。

するとしばらくして、主任の先生から返事が来た。

「そういうお願いなら聞いてさしあげなくちゃね!わかりました。今週は忙しいですが、ソルラル(旧正月)の後まで待ってもらえますか。それまでに探しておきます」

妻のメールは功を奏した。やはり、「義理の父に見せてさしあげたい」というところが効いたのかも知れない。「義理の父を大切に思う嫁の気持ち」が、伝統的な家族観を大事にする主任の先生の心を打ったのであろう。

「悪知恵がはたらくようになったもんだ」と私はつぶやいた。

これで、「アボジ」の作文に一歩近づいた。あとは実際に見つかることを祈るばかりだ。

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