キョスニムに戻った日
3月3日(水)
朝9時から卒業論文発表会。夕方5時半過ぎに、終了する。
終了後、席を立とうとすると、私を呼ぶ声がした。
「キョスニム!キョスニム!」
4年生のT君だった。あいかわらず声がデカい。
「…そう呼んだら、マズかったですか?」
彼は「キョスニムと呼ばないで!」のエピソードを読んでいたらしい。
「いや、全然かまわないよ。もうキョスニムに戻ったんだから」
「キョスニム」は直訳すると「教授様」。意味からすれば権力的な呼称でイヤなのだが、音のひびきがちょっと間抜けているので、気に入っていた。
夜7時から、大学の近くの居酒屋で、追いコンがはじまる。総勢50名以上の学生が集まった。
学生たちとの久しぶりの対面である。
「ブログ、読んでました」と、何人もの学生から言われる。自分の指導学生ではない、他の学生たちも読んでくれていたので驚いた。いったい、どこまで知られているのだろう。
みんなの楽しげな姿を見ながら、どうしても気になることがあった。
以前、私と同世代の深夜ラジオDJが、こんなことを言っていた。
「自分が以前、ヘルニアで入院して、ラジオのレギュラーを休んだとき、代役の人が番組をやっているのを聞きながら、『自分がいなくても、世の中、何ごともないようにすすんでいるんだな』ということに気づき、落ち込んだ。もうあんな思いは、2度としたくない」と。
私の場合も同じである。
韓国へ行った当初、「自分がいなければ、学生は困るのではないか」と思い込み、メールやスカイプを駆使して、必死で卒論指導をした。
しかし、時間がたつにつれ、どうやら私がいなくとも大学はうまくいっているのではないか、という思いが強くなってきた。
だから、帰ってきたとしても、私のいる場所はもうないのではないか、と。
そのことを、なかば自嘲気味に、大学院生のD君に話すと、
「そんなことありませんよ」
と彼は言う。「みんな、待っていたんですから」
やがて、4年生が、ひとりひとりあいさつをしたあと、後輩が4年生にプレゼントを渡す、そして、今度は4年生が、教員に対して、プレゼントを渡す、という一連の「儀式」が行われた。
1年3カ月のあいだ、何の役にも立てなかったこの私にも、プレゼントを用意してくれていた。ツボを押さえたプレゼントに感謝。プレゼントには、カードが添えられて、メッセージとともに私の似顔絵が描かれていた。
「これ、ボクが描いたんですよ」と、T君。
そしてみんなで記念撮影。
やはり私の居場所は、ここなのかも知れない、と思い直す。
2次会、3次会と続く。3次会で、前に座った4年生のS君が、「先生がブログの中で書かれていない、韓国の『負の部分』についても読んでみたいです」という。
彼も読者だったとは知らなかった。
酒が進んだこともあり、韓国で体験したこと、感じたことを、話しはじめる。
しかしほどなくして、得意げになって話していた自分に、自分の中にいるもうひとりの自分がささやく。
(1年3カ月滞在したぐらいで、韓国をわかった気になってるんじゃねーよ!)
不思議なものである。韓国について話したいこと、知ってもらいたいことは、たくさんあるのだが、自分がそれを話すに足る人間なのか、という思いも生まれて、話すのがためらわれてしまう。
この先、韓国で感じたことを、学生たちにどのように伝えていけばよいのだろう。私にはわからなくなってしまった。
4年生のKさんが言う。
「先生のブログを友だちに見せたら、『マイナス思考の人だね』って言うんですよ。私は全然そうは思わないんですけど」
彼女もまた、この日記のディープな読者だった。
でもね、Kさん。
今日のこの日記を読んでもらえばわかるように、私はやはり「マイナス思考」の人間なんですよ。
その友だちの言っていることは正しい。
ただ私は、同時に「単純な人間」でもあるのです。
3次会は、午前4時近くまで続いた。
翌4日(木)
午後、3年生3人が、研究室に訪れる。
「オレら、(帰ってくるのを)本当に待っていたんです」
2時間以上、いろいろな話をする。A君の観察眼、人物評は、あいかわらず面白い。そして3人の丁々発止の会話を楽しんだ。
帰りがけ、3人は「サクサクしっとりチョコ」を置いていってくれた。
以前、私が「サクサクしっとりチョコ」は美味い、といっていたことを覚えてくれていたようだ。
お礼を言うと、A君は言った。
「ちょっと遅めのバレンタインディです」
やはり、私の居場所は、ここなのかも知れない。
しかしそれにしては、この研究室は散らかりすぎている。
少なくとも3人は座って話せるくらいに、少し研究室を片付けることにしようか。
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コメント
こんにちは。4年生のTです。
先生のブログに登場させて頂くことができて光栄です。
追いコンの2次会では、いろいろと話しかけてすみませんでした。先生に再会できたことが本当に嬉しかったものですから…
先生には今までたいへんお世話になりました。先生が日本にいらっしゃらない1年3カ月間は本当にさびしく、それだけに卒業論文発表会でお会いできるのを心待ちにしておりました。
私たち4年生は今月で卒業するわけですが、先生のことは一生忘れません。
今まで本当にありがとうございました。
ps.声のデカさには今後気をつけます。なおせる自信はありませんが…(笑)
投稿: T | 2010年3月 5日 (金) 01時33分