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一番弟子

4月23日(金)

お昼休み、前の職場の同僚だったKさんから電話が来た。

「10年前に卒業したMさんから、私のところに電話がありました。Mさんのこと、覚えてますか」

Mさんは、私がはじめてこの仕事に就いたときに受け持ったゼミ生である。前任校では、卒業年である2年生になると、どこかのゼミに属することになる。私が赴任した年、2年生だった彼女は、私のゼミに所属し、ゼミ長(学級委員のようなもの)をつとめた。

その後、彼女は専門の勉強を続けたいと、他県の4年制大学に編入した。今は、隣の県で、専門をいかした仕事に就いている。私は、1年間だけの指導教員だった。

「この週末にこちらで学術シンポジウムが開かれる、ということで、こちらに来るそうなんです。で、久しぶりに先生にお会いしたい、ということで、私の職場に電話が来たんです。明日の夜、時間空いてますか?」

学術シンポジウムが開かれるなんて、知らなかったな。

「ええ、空いてますよ」

「ああ、よかった。出張とか入っていたらどうしようか、と思ってました。なにしろ、急に連絡があったものですから」

「大丈夫ですよ。ここ最近、あまり出歩いてませんから」

実際、ここ最近の週末は「引きこもり」のような生活が続いている。週末になると、まったくやる気が起きなくなるのである。

「じゃあ、明日7時に待ち合わせましょう…。あ、そうだった。今日の夕方にまたお会いするんでしたね」

「えっ?今日の夕方って?」

「今日の夕方、そちらで会議があるじゃないですか。私、用があるので、少し遅れてうかがいます」

すっかり忘れていた。そうだった。今日の夕方は会議があった…。

前の職場の同僚のKさんは、私の職場まで、鉄道で1時間かけて会議のために来ることになっていたのである。

夕方、会議でKさんとお会いする。会議が短時間で終わった後、駅前の小さな飲み屋のカウンターで、2時間半ほど語らいあいながら飲んだ。

「ま、明日も飲むので、これくらいにしておきましょう。明日話すことがなくなったら困りますし(笑)」

私には行きつけの店、というものがないし、だいいち、ふだん、一緒に飲む相手がいない。そんな中で、Kさんは貴重な友人のひとりだった。お客さんが来ると私が必ず案内する(というより、私はその店くらいしか知らないのだが)、日本酒と料理がおいしい店で、久しぶりにじっくりと話しながら飲んだ。

4月24日(土)、夜7時。

前日のKさんに加え、隣の県から来た卒業生のMさんを加えて、3人で駅前の居酒屋に入る。昨日とは、別の店である。

「私、もう今年で30歳ですよ」

相変わらず元気なMさんである。

「すいません。フライドポテト注文してもいいですか?好きなもので…」

彼女の「フライドポテト好き」は学生時代から有名である。彼女は、出てきたフライドポテトをひとりで平らげた。相変わらずである。

ほとんどの卒業生が、大学で専攻した研究とは関係のない仕事に就く。だがMさんは卒業後、不安定な身分ながらも8年間、自分の専門に関わる仕事に携わってきた。いや、正確に言えば、私の専門分野ではなく、彼女が編入した大学のときの専門分野である。私は、大学2年生の時の1年間、指導教員をつとめたにすぎない。しかし彼女は、今でも私を「先生」として立ててくれている。

私にとっては、この仕事に就いて初めての指導学生、ということもあり、おこがましいことかも知れないが、ひそかに彼女を「一番弟子」だと思っている。因習的な学閥意識が大嫌いな私だが、なぜか、漠然とそんなことを考えていたのである。

数年前、ある地方都市で行われた学術シンポジウムで、わが師匠が講演にいらしたとき、同じ県内に勤務していたMさんが講演を聞きに来ていて、そこで久しぶりに再会した。そのとき私は、Mさんを師匠に紹介した。自分の一番弟子が、専門をいかした職場にいることを師匠に紹介できたことは、なんとなく誇らしかった。

「あのとき私、せっかく紹介していただいたのに、名刺を作っていなかったんですよ。名刺を作っていればよかったって後悔して、あの後あわてて名刺を作りました」と、Mさんが述懐する。

「同業者の方にお会いして、先生のもとで学びました、と、先生のお名前を出すと、いろんな人から『おお、そうか』と言ってくださるんです」と、Mさんが続ける。

「どうせ、悪い噂でしょうに」と私。

そんなことはありませんよ、とMさんは気をつかって答えてくれたが、そのとき私が思ったことは、「Mさんにとって、私の名前を出すのが後ろめたくなるような人間にだけは、ならないように心がけよう」ということだった。最近、ひどくウツ気味の私は、「一番弟子」に励まされたのである。

ただ、4時間近く3人で話した内容はといえば、そのほとんどが、それぞれの職場の愚痴などの、暗い話。未来は、決して明るくない。でも、そんな話を、対等にできるようになったんだなあ。

夜11時をまわり、駅前で解散。

「楽しい時間でした」とKさん、そしてMさん。

「私もです」と私。

来週からまた、それぞれの持ち場で頑張らねば、ね。

私も、あと少しだけ、頑張れるような気がした。

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