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2010年6月

品川くん

最近、身内の恥ばかり晒しているような気がするが…。

とうとう書くことがなくなって、身内を切り売りするようになったか、と思っている読者諸氏(読者がいるとも思えないが)。

その通りである!

だから、韓国から戻った時点で、スッパリとやめておけばよかったのだ。そろそろこの日記も潮時だな…。

私に負けず劣らず、すぐに心がどんよりする妻は、なんとか気を取り直そうと、ひとりで「ぼてじゅう」というお好み焼き屋に入った。もともと大坂が本場だが、東京にも支店があるらしい。

そこでの目撃談を実況中継よろしく、携帯メールで私に報告してきた。以下は、その内容。

気晴らしに入店したら、入社面接帰りの男女5人くらいのグループが大声で会話してる。うち一人が、ま~青い話を延々と声高に。大学では起業サークルを主宰していたらしく、「ビジコンって知ってる?」からはじまり、青臭いビジネス談義。あっ、いまグループの一人が26歳でクラブハウスの経営をしていたことを告白。青臭小僧が突然敬語になって、凄いっすね!と焦りぎみ。机上の空論をしてたから恥ずかしかろう…。でもそうでもないようだ。相変わらず品川バリのムカつく会話。女の子がクラブ経営者に俄然興味を示し、いまデートの約束をとりつけた!ピンチッ品川!「金儲けばかり考えてしまって、好きな音楽を楽しめなくなったから(就活してる)」とカッコ良すぎるクラブ経営者!品川は慌てて「僕って一人で映画とかいけなくて」とふるが、女の子は完全スルー。悲しすぎるぞ品川!すっかり毒気を抜かれた品川は「サークルの経営があるからソロソロ…」とまとめに入る。彼らは○○○とか言うグループ企業の面接帰りらしい。話を聞くかぎり、面接官もそうとう頭が悪いようだが。あっ、もう一人の男子はアジア旅行経験豊富だと披露し、またまた女の子にモテている。品川、自分の乏しい旅行経験を話し出すが、明らかに学んだ知識。あ~気分転換のつもりが、彼らの薄っぺらなアジア知識にむしろ腹がたったので、店を出ます(`ヘ´)

以上、引用終わり。

いつのまにか、青臭いビジネス談義をする大学4年生の名前が「品川」になってる。これで私に十分伝わってしまうところもすごいが。

最初はむかつく品川くんだが、だんだんと可哀想になってきた。品川くん、ガンバレ!

それにしても、あらゆるところに毒をふりまく妻の才能に脱帽。これだけ毒をふりまいていれば、十分に気晴らしになっただろう。

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続・内弁慶ブルース

6月25日(金)

少し前に「内弁慶ブルース」という文章を書いたら、「なんてヒドイ息子だ」と、読者に思われたらしい。

…という被害妄想が頭をよぎる。

ご安心を。ちゃんと、両親をさくらんぼ狩りに連れて行きました。

ただ、金曜のお昼から観光案内しようと思ったものの、午後に急に会議が入ってしまったため、いったん私のアパートでくつろいでもらうことにして、夕方合流し、車で温泉旅館に向かい、宿泊した。

翌朝いちばんでさくらんぼ狩りをして、昼食にそばを食べ、お昼過ぎに駅まで送った。

私は午後2時から職場で研究会があったため、お昼までしかつきあえなかったのだ。

それでも、温泉とさくらんぼとそばをクリアしたから、よしとするか。

さて、私が内弁慶になるのには理由がある。

韓国に滞在していたときよく見ていた「屋根を突き抜けてハイキック」というシットコムの中で、こんな話があった。

高校生の男の子が、2階の自分の部屋で、パソコンを使って、自分の片思いの相手のことを思いながら妄想恋愛小説を書いている。

そして、いい場面にさしかかると、1階から大きな声で母親の声。

「ご飯ができたから、早く降りてきなさい!早く来ないと、ご飯が冷めちゃうわよ!」

「わかったよ。いまおりていくよ」

ため息をついて、階段を下りてゆく。

そんなシーンが、何度かくり返される。

見ていて、「韓国の高校生にとっても、あるあるネタなんだな」と思った。

高校生のとき、2階の子機を自分の部屋にもっていって(まだ携帯電話がなかった時代)、友達と長電話をしていると、1階から、信じられないくらいデカい声で、

「お風呂!お風呂入りなさい!お風呂。冷めちゃうよ!」

と母親の声。あれには、本当にむかついたものだ。

とにかく、ウザイ存在だったのである。

そういうウザさは、最近もたまにある。

数年前のことだったか、電話が来た。

「いまテレビでやってたんだけど、今年の24時間テレビのマラソンランナーが決まったよ。誰だか知ってる?」と母。

「知らねーよ」

だいいち、こっちはそんなことにまったく興味がないのだ。

「エド・はるみだって」

「え?」

「エド・はるみ。グーの人だよ。グーグーのエド・はるみ」

「知るか!そんなもん」

だいたい、自分の母親が流行のギャグを得意げに言っているのを見る時ほど、ウザイと感じることはないのだ。それに私はそんな「エンタの何とか」的な笑いに背を向けて生きているし。

父親もヘンな人である。

まったく趣味がない。本を読んだりとか、映画を観たりとかも、一切しない。ギャンブルもしなければ、盆栽もしない。

ふだん、どうやって時間をつぶしているんだろう、と不思議である。

これも数年前の話だが、東京の多摩川で、アザラシが発見されたというニュースがあった。「タマちゃん」と名付けられたそのアザラシが、今度は多摩川のどの辺に現れるのか、ということが、ワイドショーで連日とりあげられていたのである。

はっきり言って、どーでもいい話である。

ところが暇をもてあましていた父は、そのワイドショーを見て、自転車で多摩川べりを走って、タマちゃんを探しに行った、というのだ。たぶん往復で1日は使っただろうから、ちょっとした、小旅行である。

もう、あきれてものが言えない。

次に、耐震偽装工事がワイドショーでとりあげられた。姉○物件などと揶揄されたマンションが、画面に大きく映った。

それを見た父は、「自転車で行ける距離だな」と思い、今度はそのマンションを見に自転車で出かけたという。

で、「ここがそのマンションかあ」と見上げて、家に戻ったという。

人間、暇をもてあますとこうなるんだ、という見本のような人だ。

私が内弁慶になる理由が、おわかりいただけたか。

いや、かえって私がヒドイ息子であることが強調されたかもしれない。

最近、妻がよく私に言う。

「お父さんと、しゃべり方がそっくりになってきたよ」

それを言われるたびに、私はひどく落ち込むのだ。

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喜劇 面接必勝法

6月21日(月)、22日(火)

4年生の就職活動は、相変わらずタイヘンなようである。

いろいろと悲喜こもごもの話を聞くのだが、ここに書けないこともたくさんある。

最近は、「面接カード」の添削、というのを頼まれる。

というか、この2日間、それしかやっていない。

そのことを妻に話すと、

「就職活動をしたことのない人が指導するなんて、詐欺まがいだねえ」と。

「そんなことはないよ。寅さんだって、恋愛指南をしてうまくいってるんだぜ」

「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」を念頭に置きながらの反論。

さて、面接カードの中には、自分の長所や短所について書く欄がある場合があるという。

ある学生が質問にきた。

「長所、というのはなんとなくわかるんですけど、短所は、どこまで書けば大丈夫なんですか?」

「どういうこと?」と私。

「たとえば私、いつも寝坊して遅刻するんです。それって、短所として書いちゃいけませんよね」

「そうだね」

「つまり、どの程度まで自分の短所をさらけ出してもいいものなのかな、と」

短所だからといって、人としてダメな部分を書いてよい、というわけではない。

たとえば、

「約束の時間に必ず遅刻する」

とか、

「かっとなるとすぐ人を殴ってしまう」

とか、

「酔っぱらうとタチが悪い。いや、酔っぱらわなくともタチが悪い」

とか。そういうのはダメである。

そこで私が答える。

「短所、といっても、見方によっては長所にもなりうるようなことを、言えばいいんじゃないかな」

「どういうことですか?」

「たとえば、『自分は優柔不断で、物事をすぐに決められないところが短所です』と答えたとするよね。でもこれは別な角度からみれば、『物事に対して慎重に判断する性格だ』ととれなくもない。つまり、長所にもなりうるわけだ。だから、見方によっては長所ともなりうるようなことを、短所としてあげればいいんじゃないかな」

「なるほど、わかりました」

我ながらいい答えだ。

そのことを電話で妻に話すと、

「そんなこと、あたりまえでしょう」

という。

「韓国の語学院の授業で学生と一緒に『面接必勝法』というビデオを作ったとき、私もそういう風に台本に書いたからね」

思い出した。外国人留学生が、韓国の大学に入学する際に必ず通らなければならない面接試験。その面接試験の対策になればと、妻が脚本・演出・撮影を担当して再現ドラマ風に仕立てた「面接必勝法」。語学院の先生の間でも好評だったものだ。たしかその中に、「面接でもし自分の長所と短所を聞かれたら」というシーンがあったな。そのとき、受験生を演じていた中国人留学生が、

「私の短所は、最新の流行に疎くて、なかなかいま流行っていることに追いつけないことです」

と答えていた。これは裏を返せば、

「私は、流行に左右されない人間です」

と言っていることにもなる。

そこで、どういう「短所」がいちばん面接担当者に喜ばれるか、というのを、妻とふたりで考えることにした。

で、出た結論は次の通り。

面接担当者「あなたの短所を教えてください」

学生「あのぅ、…飲み会とかで、うまく盛り上がれないことです」

面「どういうことですか?」

学「大勢の人がいる飲み会で、つい、まわりの人のグラスが空いてないだろうか、とか、気になってしまうんです。それで、空いているグラスにビールを注いだり、水割りを作ってさしあげたり、注文をうかがったりと、まるで店の人間みたいにふるまってしまうのです」

面「ほほう」

学「それが私の短所です」

…これで、面接担当者のオジサンは、イチコロなのではないか?

と、ここまで考えて、「今どきそんなことで喜ぶ時代錯誤の面接担当者なんて、まさか、いないよねえ」とふたりで笑う。

だから、これは冗談です。決して面接で言わないように。

※タイトルの「喜劇 面接必勝法」は、昔の喜劇映画「喜劇 競馬必勝法 一発勝負」(瀬川昌治監督、1967年)のタイトルをもじったものです。念のため。

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どんより週末

6月19日(土)

自分の研究発表の内容があまりにヒドいものだったので、軽く死にたい気持ちになる。

まあ、だいたい人前で講義なり研究発表なり講演なりをした後は、決まって軽く死にたくなるくらい落ち込むので、いつものことなのだが。

研究会が終わってから同僚に、「このあと若い同僚2人と、市内のスポーツバーで飲みながらワールドカップを見ようと思うんですが、どうですか?」と誘われる。

パブリックビューイング、というやつか?

だがあいにく、サッカーには全く興味がない。今日、日本戦があることすら知らなかったのである。

それに、心がアレな感じだから、ちょっとそういう気にもなれない。丁重にお断りした。

それで、ビールを買って家でひとりでヤケ酒。テレビをつけたらサッカーの日本戦をやっている。

なんだ。こんなことなら、スポーツバーで酒を飲みながら観戦した方がよかったじゃないか。

サッカーを見るのをやめ、黒澤明監督の「天国と地獄」を見る。

やっぱ、「天国と地獄」は最高だな。映画の面白い要素をすべて詰め込んだような映画だ。

特典映像を見ているうちに、眠りこけてしまった。

6月20日(日)

夕方までまったくやる気が起きず。昨日の憂鬱な気分を引きずっているらしい。

これではマズイ。散歩に出よう、と思い立つ。

いや、せっかくだから、散歩だけではなく、何か気分転換に新しいことをはじめよう。

いま考えているのは、次のふたつ。

1,携帯電話の機種変更。

2.フィットネスクラブへの入会申しこみ。

いまからフィットネスクラブに行くのも面倒だから、とりあえず機種変に行くことにした。

家を出てしばらく歩いていると、反対側から来た車が私の前で少しスピードを落とした。

運転席を見ると、同僚である。助手席に奥さん、後ろの席に子供たちを乗せていた。

軽く会釈した。

家族サービスかあ。そういえば今日は父の日だったかな。

オレ、何やってるんだろう、とまた少し落ち込む。それにしても、散歩していると同僚によく会うなあ。ジャージを着ていなくてよかった。

携帯のアンテナショップに到着。無事、機種変更を終える。店員さんの対応がよかったので、気分もよい。

これで、また気分をリセットできるか?

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内弁慶ブルース

6月18日(金)深夜

明日、というか今日の研究会の発表原稿がなんとか完成。

この1年も、こんなことのくりかえしで終わっていくのか、と思うと、暗澹たる気持ちになる。

原稿が終わったばかりで、テンションが変な感じなので、ちょっと思い出したことを書いておこう。

先月、高校時代の1年下の後輩たちと「カレー」をしたときの話。

モリカワさんが自分の家を会場として提供してくれた。

モリカワさんは、私たちの仲間のなかでもいちばん早く結婚したので、高校1年になる息子がいた。

だがこの日、息子の姿が見えない。

「息子さんはどうしたの?」と聞くと、

「パパと高尾山にハイキングに行ったんです」という。

ええぇ!信じられん。高校1年の息子が父親とハイキングに行くなんて。

「うちは親子の仲がいいんですよ。パパの会社と息子の高校の方向が同じだから、毎朝パパの車で通学してますし。私と一緒に買い物だって行くんですから」

ますます信じられん!

自分のことを思い返せば、まったくありえない話である。

私は、中学に入学したころから、長い長い反抗期に入った。小学校の夏休みに恒例行事であった家族旅行が、私の中学入学を機に、パッタリとなくなってしまった。

中学で起こった出来事を、家に帰ってまったく話さなかった。生徒会長になったときも、「3年生を送る会」で芝居の主役をつとめたときも、いっさい何も報告しなかったのである。親は人づてに聞いたらしい。

自分の部屋にも親を入れない。親が入ってこようとすると、「入ってくるんじゃねえよ!」と悪態をつく。つまりは、典型的な内弁慶である。そのくせ、中学校では、生徒会長だなんていってるんだから、なんだかよくわからない。

高校に入学してからも、それは変わらなかった。高校で起こった出来事を、ほとんど何も話さなかった。とうとう母は、「オマエの考えていることがわからない」と、いちど、泣いたことがあった。

高校時代の3年間と、その後の10年間、吹奏楽を続けていたが、両親には「絶対に演奏会を聞きにくるんじゃねえぞ!」と言い続けた。だから、両親は一度も、演奏会を聞きにきたことはなかっただろうと思う。

といって、決して仲が悪いわけではなかったのだが。

要は、一緒に何かをする、とか、情報を共有する、みたいなことが、たまらなくイヤだったのである。

いまから思うと、本当に親に迷惑ばかりかけていたな、と思う。サイテーの息子である。

…で、こんなことを思い出したのは、今日、母から「来週末にさくらんぼ狩りにそちらに行くかも知れない」と連絡があったから。

「こっちも忙しいから、来てもらってもつきあえるかどうかわからんよ」と、つい返答。

相変わらずの内弁慶ぶりである。

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10周年

6月11日(金)

土曜日の研究会のため、上京。

数日前が10年目の結婚記念日であることを、すっかり忘れていた。

妻からも連絡がなかった、ということは、妻も忘れていた、ということだろう。

そんなこともあったので、金曜日の夕方に東京駅で妻と待ち合わせて、渋谷で映画を見ることにした。

渋谷で映画を見る、というと、なんとなくお洒落な感じがするが、見ることにした映画は、「ビルマVJ」という、ミャンマーの民主化運動についてのドキュメンタリー映画である。

見ていて、何とも暗い気持ちになってきた。ミャンマーは、大変なことになっているんだな。

映画を見終えて、映画館の隣にあるスターバックスでキャラメルフラペチーノを飲みながら、ミャンマーの将来について2人で話していると、隣の席に、いかにも、といった20代後半か30代前半くらいのこじゃれた女性3人が座って、話し始めた。

耳に入ってくる話は、

「女子はね、27、28くらいまではまだ大丈夫なんだけど、29歳になると危険よ。ほとんど思考が30代になっているから」

なんて感じの話。

出た!これが噂の「ガールズトーク」か!?

「ねえねえ、着てみたいウェディングドレスって、ある?」

「私ね、今までで一着だけ、着てみたいな、と思うドレスを見つけたの」

この手の話を延々としている。「男なんてのはね」などという話も。

やはり間違いない。ガールズトークだ!

リアル・ガールズトークを聞いたのは、たぶんはじめてである。

渋谷のスタバでガールズトークなんて、あまりにもベタすぎるというか、ほとんどコントのようである。

最近は、女性同士で映画「SATC2」を見た後に、カフェとかでガールズトークをするのが流行っている、と聞いたことがあるが、やはり生息しているんだな、渋谷のスタバあたりには、「正調ガールズトーク」をしているOLたちが。

あまりに面白すぎて、笑いがこらえられなくなったので、「とにかくここを出よう」と妻に言う。

そして、店を出た途端、2人で大笑いする。

私が社会学とか人類学を専攻している学生だったら、「ガールズトークの社会学(人類学)」とかいうテーマで卒論を書くために、渋谷のスタバあたりをフィールドワークするかもな。

そのくらい、いいものを見せていただいた。

家に戻ってから、妻にすすめられて映画「闇の子供たち」を見て、扱われているテーマの重さに、精神的にかなりダメージを受ける。

まったく映画に関する予備知識がないままに見たのだが、映画じたいは、完成度の高いものだと思う。とくに、キャスティングが適材適所である。妻夫木君は、「ヘタレの青年」を演じさせると右に出るものはなく、宮崎あおいは、「世間知らずで正義感の強い青二才」を演じさせると、やはり絶品である。監督は、それぞれの役者に、演技がいちばん輝く役を与えているのだな、と実感する。

江口洋介、妻夫木聡、宮崎あおい、佐藤浩市、といった、大河ドラマで主役をはる人ばかりが出演し、かつ主題歌が桑田佳祐ときたら、誰でもこじゃれた映画を連想してしまうが、映画じたいは、とても暗く、重いテーマである。その不思議なバランスが、この重いテーマを映画として成り立たせているのだろう、と思う。

ともあれ、なんとも振り幅の大きな一日だった。

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図書館前の、陽だまりの中

6月10日(木)

「図書館前の 薄い陽だまりの中

就職試験をあれこれ思いながら

誰かがポツリポツリ弾いているギター

涙をうかべ聞いてる」

これは、以前に紹介した、阿久悠作詞・岩崎宏美歌の「学生街の四季」の一節。

うちの職場の図書館の玄関の前に、こじゃれた木製のテーブル机と椅子が置かれている。

陽だまりの中、しばしば、学生が談笑していて、微笑ましい。晴れているときなんか、実に気持ちよさそうだ。

欧米系の留学生が、結構気に入っているようで、お昼休みなんかにそこで勉強している。これもまた、絵になる。

「学生街の四季」の一節を彷彿とさせる光景だ。

授業が終わった4時半過ぎ、飲み物を買おうと思って、構内のコンビニに向かって歩いていると、向こうから4年生のA君、Kさん、Nさんが歩いてきた。公務員志望のこの3人は、いま、試験勉強の真っ最中である。小腹が空いたので、コンビニで何か買ってきたのだろう。

私を見つけると、

「これ、いま買ったばかりなんですけど、味見してみませんか?」

という。見ると、ラムネのビンなのだが、3人の買ったラムネには、それぞれ「水なす風ラムネ」「たこ焼き風ラムネ」「玉ねぎ風ラムネ」と書いてある。

イヤな予感がした。

以前、友人のこぶぎさんから、「つゆ焼きそばドロップス」だの「いちご煮風ドロップス」だの、「笹かま風ドロップス」だの、「せんべい汁風ドロップス」といった、ご当地B級グルメとドロップをいたずらにコラボした「ご当地限定ドロップス」とやらを、おみやげだといって大量にもらったことがある。これがお世辞にも美味しいとはいえないもので、というか、スゲエ不味いもので(あくまで私の好みに合わない、という意味)、いまだに消費しきれずに家に置いてあるのだ。

どうか、本当の意味での「ご当地限定」にしてほしいと、心底望んだものだ。

水なす、たこ焼き、玉ねぎと、ラムネのコラボも、いたずらにコラボしてみました、という感が強い。結果は容易に予想できた。

「コンビニで売ってたんですよ。あと一つ、『カレー風ラムネ』というのもありましたけど、それは買ってません」とA君。

そう言われると、4本コンプリートしたくなる。私は急いでコンビニに買いにいった。

すると、この「ジョークラムネ」が、大量に置いてあるではないか!

今後起こる事態を予想して、「カレー風ラムネ」とともに、口直しのウーロン茶も買った。

コンビニを出ると、さっきの3人が、図書館の玄関前にある、例のこじゃれたテーブルを陣取って、3本のラムネを並べている。彼らはすでに味見を始めているようだ。

それに、私の買った「カレー風ラムネ」を加えて、4本のラムネの味見をすることになった。

「これ、飲んでください」

最初にすすめられたのが、水なす風ラムネ。これは、ふつうの味であった。

次に飲んだのが、たこ焼き風ラムネ。これはちょっと薬っぽい味がしたが、飲めないことはない。

「じゃあ、これをどうぞ」

玉ねぎ風ラムネである。まずニオイをかぐ。

スゲエくせえ!

オエッとなりながら、飲んでみる。

スゲエ不味い!

ふたたび、オエッとなった。

「じゃあ今度は、私が買ったカレー風ラムネを試してみよう」

飲むと、それほど不味い、とは思わない。直前に飲んだ玉ねぎ風ラムネの効果かもしれない。

しかし次に試飲したNさんが言う。

「なんか、○○○○○のニオイがします」

オエェェッ。

それまで何ともなかったラムネが、Nさんの一言で○○○○○を飲んでいる感じになっちゃったじゃないか!

図書館前の陽だまりの中、こじゃれたテーブルの上は、さながら地獄絵図と化し、私は早々に退散した。そしてウーロン茶を、あっという間に飲みほした。

この場所は本当は、「就職試験をあれこれ思いながら、誰かがポツリポツリ弾いているギター」を、「涙をうかべ聞いてる」場所なんだぞ!

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卒業生

私がこの稼業についたのは、いまから10年ほど前である。

最初の職場は、短大だった。

2年半の短い間だったが、私の最初の勤務地ということもあって、ここでいろいろなことを学んだ。いまの私があるのも、ここでの体験が大きく影響している。学生たちもみな、まじめで個性的だった。そんな学生たちに、私は鍛えられたのである。

短大なので、4年制の大学に編入を希望する学生も多かった。

私の研究室に、Oさんという学生がいた。

Oさんは、とてもまじめだが、とても不器用な学生だった。

Oさんは、地元の4年制の大学に編入したいと思い、試験を受けた。試験は、外国語と小論文と、面接である。

だが残念ながら、結果は不合格だった。Oさんは、編入をあきらめ、地元で就職することにした。

Oさんの不合格がわかったあと、その時に面接を担当していたK先生とお話しする機会があった。

実はK先生は、私の出身大学の先輩で、しかも同じ研究室に所属していた。だから、以前からよく知っている先生であった。

「Oさんは残念だったね」と、K先生。

「面接の時、『卒業後の進路はどのように考えてますか?』と聞いたら、Oさん、何て答えたと思う?」K先生は私に質問した。

「さあ」と私。

「『○○先生のような教師になりたいです』って、答えたんだよ」

「○○先生」とは、私のことであった。

「唐突に君の名前が出たんで、ビックリしちゃったよ。あんまり唐突だったもんで、『○○先生って、誰ですか?』って聞いたら、『私のゼミの先生です』って」

「そうだったんですか…」

そんな話、当然のことながら、Oさんからは何も聞いていなかった。Oさんは何も言わないまま、卒業した。いまから8年ほど前のことである。

卒業してから、Oさんには会っていない。Oさんがいま、どこで何をしているのかも、わからない。

でも、私がいまの仕事に自信を失いかけるたびに、この話を思い出しては、もう少しこの仕事を続けられるかもしれない、と思うことにしている。

Oさんは、そんなことを言ったことなど、とっくに忘れているかも知れないけれど。

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黒澤本の白眉

6月4日(金)~6日(日)

研究会のため、上京。

土曜日に行われた公開研究会には、思いのほか多くの人が集まっていた。私は、韓国からの帰国後はじめて、これだけ多くの「業界人」の前に姿をみせたことになる。

ま、そんなことは別にどうでもよい。あとは、あいかわらず寒天ゼリー作りである。

帰りの新幹線の中で、橋本忍『複眼の映像 私と黒澤明』(文春文庫)を再読。

私が黒澤本(黒澤明に関する本)を好きで読んでいる、という話は、前に書いた

橋本忍のこの本は、黒澤本の中でも白眉である。

橋本忍は、言わずと知れた、日本を代表する脚本家である。私が「スゲエ」と思う日本映画の脚本は、みな、橋本忍が書いている。「七人の侍」「砂の器」「日本のいちばん長い日」等…。

この本も、「スゲエ」と思う。

黒澤明と橋本忍の才能のぶつかりあい、なんて、考えただけでもワクワクする。それを橋本忍自身が、一流の視点と筆力で書いているのだから、面白くないはずがない。

黒澤明監督独特の、完璧主義的な脚本作りには、唸らされる。映画とは、たとえ監督ひとりの才能が卓越していたとしてもダメなのだ、総合芸術なのだな、ということがよくわかる。

とくに、「七人の侍」の完成にいたるまでのエピソードは、何度読みかえしてもいい。

同業者(この場合、映画監督や脚本家、という意味ではなく、私の同業者、という意味)は、絶対に読んだほうがいい。そして、肝に銘じるべきである。というか、当然読んでるはずだよな。

野村芳太郎監督が橋本忍に対して語った、「黒澤さんにとって、橋本忍は会ってはいけない男だったんです」という言葉も、印象的である。

野村監督は、橋本脚本の「羅生門」「生きる」「七人の侍」という名作さえ、ない方がよかったのだ、という。本来ならば黒澤明監督は、純粋に映画の面白さだけを追求すれば、それだけで十分に世界の映画の王様になれたはずだった。虚名ではない、真の意味での王様である。だが橋本脚本によって、映画とは無縁の、思想とか哲学、社会性をもちこんだことにより、それが後年、黒澤明の映画に重くのしかかってしまったのではないか、という。

むろん、橋本忍自身が書いている文章であることをさし引いて考えなければいけないが、それ以上にこの本には、黒澤映画の光と影が、率直に描かれているのである。

そして、まるでひとつの脚本を書いているかのような語り口に、ひきこまれる。

さらに驚くべきは、この本が、80歳を過ぎてから書かれているということ。80歳を過ぎてからのこの筆力には、ただただ驚愕するしかない。

何度でも読み返したくなる本である。

…ん?なんか、アマゾンのカスタマーレビューみたいで、いやだな…。

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低集客率のアジョッシ

6月3日(木)

来週の月曜日に、うちの職場が主催する公開講座で話すことになっている。

申込人数が気になり、事務担当のTさんに聞いてみた。

「今回は、例年にくらべて、申し込む人が格段に少ないんですよ」とTさん。「例年とまったく同じように宣伝しているんですけどね」

私も、韓国に長期留学する前に、公開講座の企画や実施を担当していたから、人数を聞いて、「こりゃ、例年よりもかなり人数が少ないな」ということがすぐにわかった。

「一体どうしちゃったんでしょう?」と、Tさんがいぶかしむ。

私には、その理由がすぐにわかった。

それは、この私が、公開講座で話すことになっているからである。

よく、「低視聴率ドラマの女王」っていう言葉があるよね。

CMにたくさん出たりしてけっこう売れている女優さんが、ドラマに出ると、なぜか決まって視聴率が低い、というジンクスをもっている人。

私は、まさにそれである。

いろいろな講座や講演会で話す機会があるが、私が話すときは、決まってお客さんの人数が異常に少ない。これは本当である。ビックリするくらいに少ないのだ。

あるところで連続講座を依頼されて、引き受けたときは、直前になって、「すいません。人数が集まらなかったので、中止にさせてください」と言われた。

そんなことが、2回もあったのだ。

いや、本当は3回だったのかもしれない。さすがに、先方は依頼するたびに講座を直前になって中止にするのを申し訳ないと思ったのか、いちど、最少人数で講座をひらいたことがあった。

つまり私は、「低集客率の帝王」なのである。いや、有名人というわけではないから、帝王じゃないな。「アジョッシ(おじさん)」だ。

「私が話すことになっているから集まらないんですよ」と、私がTさんに言うと、またまたご冗談を、みたいな感じでお笑いになる。

しかしTさんは、私のこれまでのジンクスをご存じないのだ。天気でいえば、私は「雨男」なのである。

だってその講座の他のラインナップをみれば、うちの職場のドル箱ともいえる有名な先生もあとに控えているんだぜ。どう考えたって、私が足を引っ張っているとしか考えられないじゃん。

たぶん、

「自分のことを、本当にわかってくれる人なんて、少ないのさ…」

というねじ曲がった私の根性が、知らず知らずのうちに、負のオーラとして出ちゃってるからではないだろうか。

よし、こうなったら逆に、これ以上申し込みが増えないように祈るばかりだ。

当日は、飛び入り聴講歓迎、学生の聴講は無料らしいが、そんなことはどうでもよい。

どうか、これ以上、人が集まりませんように。

宣伝だって、絶対にしてやるもんか!

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研究室へいらっしゃ~い

5月31日(月)

「ただ単に話をしに来ました」

4年生のA君、Kさん、Nさんが研究室にやってきた。

ちなみに、韓国の大学では、「教授」の研究室に、ただ単によもやま話をするためだけに学生が来ることは、まず考えられない。そもそも、教授と学生はほとんど口をきかない。それだけ、「教授様」はエライのだ。

それにくらべると、日本の大学の研究室のハードルは低いな。というか、私のハードルが低いのか?

ただし私の研究室は、3人が座るスペースは、あいかわらずない。2人が座り、ひとりは立ち話。

「こんなお菓子があったので買ってきました」とKさん。

袋をみると、古銭のかたどったビスケットが入っている。

私がその方面の勉強をしていることを知っているKさんが、コンビニで見つけて買ってきたという。

はじめて見た。ずいぶんマニアックなお菓子があるものだな。

(と思って、のちにインターネットで調べてみると、古銭をかたどったビスケットって、私の生まれる前からあるロングセラーのお菓子らしい。この方面の専門家なのに、全然知らなかった)

今度コンビニで見つけたら買ってみよう。

3人が来たのは、単に古銭をかたどったビスケットを見せびらかすためではない。このところの公務員試験のプレッシャーで、どうにも精神的にまいっている、というのである。

勉強すればするほど、ダメになっていくようです、という。負のスパイラルに陥ってしまっているようだ。ま、根を詰めて勉強をしていると、こういうことはよくある。

たしかにこのところ彼らは、校舎の1階の片隅にある、寒々とした学生研究室で、夜遅くまで勉強している。たまに部屋をのぞくと、ものすごい形相で勉強していて、一瞬ゾッとすることがある。

それに、学生研究室といっても、実に殺風景で寒々とした感じの部屋である。あんなところに1日中いたら、おかしくなるのも無理はない。

部屋というよりも、「窟」といった方がよい。

どうやら3人は、その「窟」での試験勉強にすっかりやられて、精神的にぎりぎりだ、というのだ。

A君が言う。

「学生研究室に放っておかれていたお茶っ葉を、長いこと捨てていなかったんで、外のゴミ箱に捨てようと思って、ゴミ箱の前で、袋からお茶っ葉を出して捨てようとしたら、突然、白い胞子的なものが顔の前にうわっと広がったんです」

お茶っ葉にカビが生えていたようだ。

「で、思わずギャっと叫んでしまいました。周りに人がいたんですけど」

お茶っ葉をゴミ箱に捨てようとした瞬間、ふわっふわの白いカビが顔の前に広がった、というのである。

「それはまるで、忍者の煙玉のようでした」

A君の独特なたとえに爆笑する。

しかし、こんなことも続けば、そりゃあ精神的にまいるわな。

すべてはあの「窟」のせいではないか、とも思う。あの「窟」には、公務員試験の勉強だけではなく、卒業論文に悩まされた代々の卒業生たちの怨念が、まるで老舗のウナギ屋の秘伝のタレのごとく沈殿している。そして毎年その怨念が、注ぎ足されているのだ。

だから、早く勉強の環境を変えた方がいいのではないだろうか。

そんなことをつらつら思っていると、3人が言った。

「私たち、先生が寒天ゼリーを作っているときに、公務員試験を受けていたんですよ」

…そうか…。

私のハードルの低さは、こういうところにあるのだな。少なくとも韓国の大学の先生は、学生にこんなことを言われないだろう。

もっとちゃんとしよう。

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