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思い入れのある場所

8月5日(木)

8月3日、4日の2日間にわたるナジュでの調査は、充実したものだったが、それだけにかなりハードなものだった。

夏の猛暑が、体力と精神力をうばったのかも知れない。

それに加えて、(先方との)いまだに慣れない会食が続く。

さすがに4日の夜は、風邪をひいたときのような悪寒が走り、右足が痛くなった。

例の持病が出たのかも知れない。

満身創痍で、最終日を迎えた。

朝8時50分、ナジュを出発して、KTXでソウルに向かう。

ソウルの博物館に挨拶に行くためである。

お昼には、偉い方々との会食があるという。

もう、韓国に滞在していたときから何度も経験してきたことだが、この会食というものに、いまだに慣れない。

私はこの職業に向いてないのではないか、と、そのたびにいつも思う。

そのストレスが、足を痛めたのだろう。

連日のハードな日程にもかかわらず、研究チームでいちばんの若手のCさん(26歳)は、心なしか元気である。

Cさんについては、以前もこの日記にも書いたことがある

Cさんに会えば、誰でも彼のファンになってしまうのではないか。そう思わせるほどの好青年である。

背が高くスマートで、人づきあいはいいし、謙虚で、よく働く。誰にでも好かれるタイプである。

かくいう私も、彼にはずいぶん、精神的な面で救われた。

彼は、私が留学していたのと同じ時期、半年間だけ、ソウルにある博物館に研修に来ていた。そこで、たちまち信頼を得て、博物館中の人気者となる。誰もが彼を慕い、彼が韓国を離れるとき、誰もが別れを惜しんだ。

その彼が、今回は私たちの研究チームの幹事として、切符の手配や会計など、旅の全般の事務処理を一手に引き受けている。とにかくよく働くのだ。好かれないはずがない。

ソウルへ向かう彼の顔は、どことなくにこやかだが、カバンが重そうだ。

「カバンが重そうだね」と言うと、

「ええ、中に焼酎が20本はいっていますから」

「に、20本!?」

「博物館の方へのおみやげです。博物館の方の中には、全羅道出身の方が何人かいらっしゃって、全羅道の焼酎を差し上げれば喜ばれるかな、と思って」

昨日まで調査していた全羅南道のナジュで、いつの間にか彼は焼酎を買い込んでいたのだ。彼らしい気のつかいようである。

どことなくにこやかなのは、久しぶりに研修先のみんなに会えるからなんだな。そのことは、私にも十分すぎるほど、よくわかった。

博物館に到着。偉い方との会食のあと、オープン直前だという新しい展示コーナーを見てまわることになった。オープンまであと数時間。外国の大使も参加するというオープンセレモニーを前に、職員が最後の追い込みをかけている。

その間、Cさんは、つぎつぎとかつての研修先の仲間たちと再会する。

「おお!Cさん!」と職員の人が口々に声をかける。

「Cさん!昨年のときみたいに手伝ってよ!いま、オープン直前で大変なんだから!」

冗談とも本気ともつかないお願いに、Cさんは苦笑した。

(Cさんにとって、この博物館での半年は、本当に充実していたんだな)

「うらやましいなあ」

私はつい、彼に口走ってしまった。

すると彼は、一瞬、すまなそうな顔をした。

「大邱のときは、とても残念でしたね。せっかくいらしたのに時間がなくて…」

彼は、私の「うらやましいなあ」の言葉の意味を、すぐに理解した。初日の大邱で、せっかく母校に来たのに、自由時間が全くなかったことの寂しさを、彼は知っていたからである。

「そうだねえ。ちょっと残念だった」

そんなことを私が彼に言ってみたところで、彼にはなんの責任もないことなのだが。

でも彼は、私の気持ちを、おそらく誰よりも理解しているだろう。同じ時期に、韓国で勉強して、さまざまな刺激を受けた人間として、である。

「9月にまた韓国に調査に来ますよね。そのとき、なんとか先生が大邱に行く時間が作れないものか、検討してみます」

彼は私にそう言った。

冷静に考えれば、研究チームによる共同調査旅行で、そんなことはできるはずもないのだが、私はその言葉だけで十分であった。

私に「思い入れのある場所」のあることを、知っている人間がいる、というだけで十分である。おそらくそれは、彼自身が「思い入れのある場所」を持っているからだろう。彼にとっては、この博物館こそが、筆舌に尽くしがたいほどの思い入れのある場所なのだ。

またもや私は、彼の言葉に救われた。

この先、彼に何度救われることになるのだろう。

夜8時、ソウルの空港を出発。短くて濃い調査旅行が終わった。

夜10時過ぎ、日本に戻ると、不思議と足の痛みが消えていた。

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