滑舌
9月16日(木)
この夏3度の韓国出張をすべて終えて、なんだか抜け殻のようになってしまった。
やるべき仕事はいくつもあるのだが、まったくやる気がおこらない。
毎学期行われている授業についてのアンケートがかえってきたので、見ると、
「もっと大きい声で話してほしい」とか、
「もっとはっきりとしゃべってほしい」
といった回答がみえる。
だいたい、この種の回答が、毎学期みられる。
わかってる。わかってるんだよ。
なにしろ、小学校の時から、同じことばかり言われつづけているのだから。
小学校4年生のとき、学級委員をやらされた。
その年の秋、全校で、仮装行列、という行事ががあった。クラスごとにテーマを決めて扮装し、校庭をねり歩いて、どのクラスがいちばんよかったかを決める、というものである。
その時の学級委員の仕事は、自分のクラスの人たちが校庭をねり歩いているあいだ、自分のクラスの仮装のコンセプトだとか、見どころ、といったものを全校児童1200名の前で説明する、というものだった。いわゆる、プレゼン、というやつである。
他のクラスの学級委員は、事前にしっかりと原稿をつくり、それを元気に読み上げていた。おそらく、先生の指導が入っていたのだろう。
え?みんな準備してたのかよ。聞いてないぞ。事前の準備をまったくしなかった私は、私の番が来ると、何をしゃべってよいか全くわからず、しどろもどろで終わってしまった。
これにキレたのが担任の男の先生である。
「何で事前に準備しないんだ!それに、ぼそぼそしゃべらないでもっとはっきりしゃべれ!」
おかげでうちのクラスは大恥をかいたじゃないか、といわんばかりに、私の頭をグーで何度も殴った。
それからしばらくの間、私がぼそぼそとしゃべるたびに「もっとはっきりしゃべれ!」と、その先生は、私の頭をグーで殴った。
これが小学校4年生のときの話。
中学2年の時に、生徒会長をやらされた。
私が通っていた中学校は、当時、手のつけようもないほど荒れていた中学校で、生徒会長のなり手が誰もいなかった。それで、仕方なく私がやる羽目になったのである。
憂鬱だったのは、月に2回、月曜日の朝に「生徒集会」というものがあって、そこで、「生徒会長のあいさつ」というのを、15分間くらいしなければならなかったことである。
正確に言うと、毎週月曜日に体育館で朝礼が行われるのだが、2週に1度ずつ、交互に、「校長先生のあいさつ」がある「全校朝礼」と、「生徒会長のあいさつ」がある「生徒集会」が行われていたのである。
だから月に2度、全校生徒600人の前で、訓辞めいたあいさつをしなければならないのだ。
これが私にはたまらなくイヤであった。とくに月曜日の「生徒集会」を翌日に控えた日曜日の夕方、ちょうどサザエさんの終わるころは、かなり憂鬱な気分になった。だからそれ以降、私は「サザエさん」を見ていない。見ると憂鬱になるからだ。
いま思うと、よく登校拒否をしなかったものだと思う。
月に2度のペースで、15分間、全校生徒600人の前でどんなことを話したのか、いまとなってはまったく覚えていない。話したとしても、荒れていたうちの中学では、誰ひとりまともに話を聞いていた生徒なんて、いなかったんだと思う。
ただ覚えているのは、「あいさつ」が終わって壇上をおりたあと、友だちに、
「どうだった?」
と聞くと、
「ボソボソしゃべっていて、まったく聞き取れなかった」
と言われたことである。
生徒会長なんて馬鹿らしいや、と思い、その後はその種のことには一切かかわらないことにした。
だから、私にとって「しゃべる」というのは、極度のコンプレックスなのだ。
そんな私が、いまは人前でしゃべる仕事をしているのだから、よくわからない。
じつはいまでも、大勢の人前でしゃべるたびに、激しい劣等感に襲われている。そのたびに、あの、小学校4年生のときの仮装行列の場面がよみがえるのである。
私が、渥美清の啖呵売のセリフや、綾小路きみまろのよどみない漫談、上岡龍太郎の立て板に水の話術、といったものに、強くあこがれるのも、私には決して真似できないことだからである。
さて、困った。
10月に行われる、昔の仲間の楽団の演奏会で、司会をすることになった。
滑舌の悪い私が、なんで引き受けちゃったんだろう、と激しく後悔している。
どうせまた私が落ち込むだけだし、みんなにも迷惑がかかるなあ。
それにもう一つ困ったことが。
まったくやる気が起こらないせいもあり、いま、本業の原稿そっちのけで、司会の原稿を書いている。
演奏する曲の由来なんかを調べながら書いているうち、例の凝り性が出てきて、どんどん長くなっていくのだ。
(こりゃ、下手すると演奏時間よりも司会がしゃべる時間の方が長くなるんじゃなかろうか…)
はたして、司会はうまくいくのか?
そして、かんじんの、本業の原稿は大丈夫なのか?
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