誇るべき連携
12月1日(水)
「とあるテーマで講演会を開かなければならないんですが、講師をしていただける先生で心当たりの方はいませんか?」
「とあるテーマ」とは、職場環境、就学環境を守るための根幹にかかわるテーマである。担当委員である同僚が私に聞いてきたのは、以前このテーマで、私が講師の先生を見つけてきた、という経緯からである。
おひとり、講師としてお呼びしたい先生がいた。そのテーマに関しては超有名な、東京の大学のK先生である。
お忙しい方だし、うちの職場に縁もゆかりもない方なので、来ていただけないかも知れないな、と思いながらも、ダメもとで提案してみた。
すると、関係する同僚たちの連携プレーによって、K先生を講師としてお招きすることが実現したのである。
大げさなことをいえば、私にとってこれは小さな奇跡であった。
講演会前日の火曜日(11月30日)の夜、K先生を交えて懇親会を開くことになった。私は担当委員でもなんでもなかったのだが、いちおう提案者、ということで、ご厚意に甘えて参加させていただくことになった。
なにしろ、本で読んだことしかなく、面識のない先生なので、どのような話をしてよいのかわからない。そこで、お会いしたら、そのテーマに関して、先生にこんなことを聞いてみようとか、こんな相談をしてみよう、などということを、あらかじめ考えて、懇親会にのぞむことにした。
しかし、それは良い意味で裏切られた。
懇親会は、じつに和やかに進んだ。講演会のテーマとなるような深刻な話題はいっさい出ず、楽しいよもやま話が続いた。
K先生は、ものすごい立派な肩書きを持っていながら、全然偉ぶっておられない。こちらが出す、どんな話題にも、寄り添うように対応される。
翌日(講演会当日)、昼食もご一緒したが、その時もまた同様であった。
お聞きすると、お仕事で全国を飛びまわっておられるという。この穏やかな先生の、どこにそのパワーがひめられているのだろう、と思わずにはいられないくらい、穏やかな先生である。
夕方、講演会がはじまった。
とてもいい講演会だった。
だが、残念だったのは、講演会に出席した同僚がかなり少なかったことである。
「K先生のお話を聞かないのだとしたら、じゃあいったい誰の話に耳を傾けるのか?!」
もはや打つ手はない。
結局、何も変わらないのだ。
私が描いている理想とは、ほど遠い。
もちろん私も、そんなに簡単に理想に近づくとは、思っていない。
たびたびで恐縮だが、黒澤明監督の映画「生きる」を思い出した。
以下は、完全なネタバレ。
余命幾ばくもない市役所職員・渡辺勘治(志村喬)は、最後に自分のなすべきこととして、町に小さな公園を作ることを決意する。
今まで「無気力」「縦割り行政」「たらい回し」の権化ともいえる市役所では、公園ひとつ作ることすらままならなかったのだが、渡辺は最後の力をふりしぼって、市役所中を駈けずりまわり、公園を完成させ、絶命する。
通夜の席で、渡辺勘治が公園づくりにかけた想いが次々に明らかになり、参列していた市役所の同僚たちが、渡辺のとった行動に感動する。
「僕アやる!断じてやる!」
「そうだ!渡辺さんのあとに続け!」
「よし、僕も生まれ変わったつもりで」「やるぞ!」
「頑張るぞ!」
渡辺のとった行動を称賛する同僚たち。「無気力」「縦割り」「たらい回し」との訣別を決意する同僚たち。
しかし、である。
明くる日から、何ごともなかったかのように、市役所ではまた、「無気力」「縦割り」「たらい回し」がくり返される。
映画はその現実を映し出す。
これが現実である、と思い知らされる場面である。
だが、映画はここで終わらない。
通夜の席で、たったひとり、心の底から渡辺の行動に心を揺さぶられた同僚がいた。
この同僚だけは、いとも簡単に市役所の日常に戻ってしまったわけではなかった。
渡辺のとった行動を、渡辺が作った公園で遊ぶ子供たちを見ながら、噛みしめるのであった。
映画はここで終わる。
渡辺のとった行動は、たしかに、ひとりの人間の心を揺さぶったのだ。
そのことをこそ、誇るべきなのではないか。
志をともにする同僚たちの連携により、この講演会が実現できたことを、誇ろう。
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