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無冠の帝王

12月24日(金)

クリスマスなんて言ったって、どうってことはない。

そういえば、昨年のクリスマスは、韓国で大学教授にビックリするくらいの量のアワビ料理をご馳走になった。思えばあれが、人生で最高に贅沢なクリスマスだったかも知れない。

今年のクリスマスは、妻と吉祥寺をあてもなくぶらぶら歩きながら、夕方に、吉祥寺でもいちばん有名な焼鳥屋に入る。

学生時代、吉祥寺でよく飲んだものだが、この有名な焼鳥屋には入ったことがなかった。いつか入ってみたい、と思っていた。

おりしも今日はクリスマス。クリスマスといえばとり肉、ということで、生まれてはじめて、念願の焼鳥屋に入った。

といっても、おしゃれとは真逆な、おじさんが立ち飲みのついでに焼き鳥をつまむような安い店である。言ってみれば、庶民的な雰囲気がウリの店であった。

焼き鳥を焼く煙に燻されながら、ハイボールを片手に焼き鳥をつまんだ。

そのあと、喫茶店に立ち寄り、かたちばかりのケーキを食べ、クリスマスイブは終了した。

12月25日(土)

夜、ケーブルテレビのあるチャンネルで、「2010 KBS芸能大賞」という番組を生放送する、というので、見ることにした。

KBSとは、韓国の国営放送である。毎年年末になると、KBS、MBC、SBSといういわゆる韓国の三大ネット局は、「芸能大賞」というプログラムを放送する。

これは、その年に、その放送局で放送された作品や、活躍した芸能人を、アメリカのアカデミー賞のような形式で表彰する、という番組である。日本でいえば、レコード大賞みたいなものか。ただ、レコード大賞は、音楽に関するものだけだが、この場合は、放送された番組や、出演した芸能人を対象にした賞である。「バラエティ部門」と「ドラマ部門」があり、この日、私が見たのは「バラエティ部門」である。「ドラマ部門」は、大晦日に生放送されるという。

放送局にとっては、4時間にわたる生放送で、多くの有名芸能人が集まるのだから、一種のお祭り、といってよい。ただその一方で、一種のセレモニーなので、番組じたいは、そんなに面白い内容ではない。

だが、生放送だ、ということと、生放送であるがゆえに字幕が出ない、ということで、なんとなく韓国にいる雰囲気が味わえるのではないか、と思い、後半の2時間くらいを見ることにしたのである。

韓国のバラエティ番組は、日本のバラエティ番組以上に、出演するタレントの数が限られている。だから、実はどの放送局でも、出ている顔ぶれはほとんど一緒である。それどころか、ここ数年、メインのMCの顔ぶれはほとんど変わらない。だから、別にだれが大賞を取っても驚くようなものではなく、数人の有名MCの間で大賞を回しているな、という印象がぬぐえない。だからあまり面白くないのである。今年も、昨年と顔ぶれがほとんど変わらない。

最高の賞は「大賞」(1人)なのだが、そのほかにも、「最優秀賞」(男女各1人)「優秀賞」(男女各1人)、「視聴者が選ぶ番組賞」、「特別賞」「チームワーク賞」など、じつに多様な賞がある。予定調和のように、ほぼバランスよく、賞が与えられる。「チームワーク賞」なんて、言ってみれば「がんばったで賞」とか「アットホーム賞」みたいなもんだ。

だいたい、放送局がいちばん力を入れている(金をかけている)番組が賞をとるのはあたりまえのことで、マッチポンプというか、自作自演というか…。

それにしても、放送局が、自らの番組に賞を与える、なんて手前味噌な番組は、日本ではほとんど考えれない。むかし流行った、NG大賞くらいなものか。どうして韓国では、放送局がこぞって、こういう企画をするのだろう?

「韓国の芸能界では、放送局の力が強いからだよ」とは、妻の推理。

日本の芸能界は、芸能プロダクションの力が圧倒的に強い。芸能プロダクションの力関係によって、出演が決まることはよく知られている。だが韓国では、芸能プロダクションよりも、放送局の力が強いのだ。だから、放送局は芸能人をかかえ込もうとするのだ、という。

「なるほど、放送局が芸能人に賞を与えることによって、芸能人に忠誠を誓わせる、てわけね」こんなところにも、日韓の芸能文化の違いがかいま見られて面白い。それにしても、本当に賞を与えるのが好きなんだな。

各賞には、アカデミー賞のように、各賞ごとに男女各1名の有名芸能人がプレゼンターとなるが、大賞などの重要な賞のさいには、そのプレゼンターが、芸能人ではなく、放送局の社長や本部長、といったオジサンになる。しかもその横には、きれいで華やかな女性芸能人を必ずつけるのである。あれは絶対、社長の趣味だな。ま、放送局が与える賞なのだから、文句を言う筋合いではないが。

合間合間に行われるコントも、はっきり言ってあまり面白くない。言葉が正確にわかれば面白いのかな?と妻に聞くと、

「いや、言葉が正確に聞き取れてもつまらないと思うよ」という。相変わらずの毒舌である。

コントの水準は、日本の方がはるかに高いのではないか、と思う。韓国ではシットコムが面白いのにもかかわらず、不思議である。

そんな中で、今回見ていて、唯一面白い、と思ったのは、ギャグマン(韓国ではコメディアンのことを、こう言う)のパク・ミョンスである。

韓国の「バラエティ番組のMC勢力図」はいたって簡単である。現在、カン・ホドンとユ・ジェソクという対照的な個性を持つ2人のMCが韓国のバラエティ番組の2トップで、韓国のテレビ界を席巻している。それに女性MCのパク・ミソンを加えると「ビッグ3」となる(あくまでも私の見立て)。

パク・ミョンスは、その次くらいの位置にいるギャグマンである。

ところがこのパク・ミョンス、賞にノミネートされるたびに、賞を逃す。

大賞をめざそうとすると、カン・ホドンやユ・ジェソクに阻まれ、その下の「最優秀賞」をねらおうとすると、下から上がってくる人気急上昇のタレントに持っていかれる。昨年、今年と、そんな光景をよく見かけるのだ。

賞の発表の直前、「今度こそは俺の番だ」と言わんばかりに、用意していた目薬を差して泣く準備をする。だが、お約束のように、プレゼンターは別のタレントの名前を読み上げる。その瞬間、恨めしそうな顔をする。そして隣にいるユ・ジェソクが「まあまあ落ち着け」とばかりに、パク・ミョンスをなだめるのである。カメラは、パク・ミョンスの一連の行動を、合間合間にいいタイミングで映し出す。

もはや完全な「お約束」だが、この「お約束」がたまらなく可笑しい。パク・ミョンスというキャラクターが、その可笑しさを後押ししている。

こうなったら、彼には賞をとってほしくないな。ずーっと、このキャラクターを維持してほしい、と思う。

彼は、「賞をもらえない」というところに、賞に値する可笑しさが存在するのである。それは同時に、「賞を与える」という価値観へのアンチテーゼでもあるのだ。私はそれを誇るべきことだと思う。

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