珍客
1月28日(金)
この冬、2度目の転倒である。家の前の道路で、もんどり打って尻もちをついた。前回よりも激しい転び方だ。私がみたところ、今日はこの冬いちばんのツルツル路面である。おかげで尻が痛くてしょうがない。
ま、そんなことはともかく。
あまりに研究室が散らかっているので、少し片づけようとするが、なかなかテンションが上がらない。尻が痛いのも、テンションを下げる原因のひとつである。
それに加えて、今日はなぜか研究室に来客が多い。
ま、こんな汚ったねえ部屋に来てくれるだけでもありがたいのだが、またそれを理由に、片づけがいっこうに進まない。
来客の中でもとりわけ不思議だったのは、私の指導学生である3年生のTさんである。いや、Tさんじたいが不思議だった、というのではない。その来室目的が、どうにも不思議だったのである。
「あのう…、ひとつたのみたいことがあるんですけど」と、Tさんがおそるおそる言った。
てっきり、就職活動の相談かなにかだと思った。「何でしょう?」
「1枚、写真を撮らせてもらってもいいでしょうか」
「写真?」
「じつは、私のやっているお笑いサークルで、今度追いコンがあるんです。そのときに、卒業する4年生の先輩にその写真をプレゼントしようと思うんです」
Tさんがお笑いサークルの部長だということは、すでに大学祭の時に聞いて知っていた。
「私の写真を?お笑いサークルの4年生に?」
「ええ」
「だって、その4年生たち、私のことなんて、知らないんでしょう?」
「そうです。だからいいんです」
わけがわからない。どういうことだ?
「…ダメでしょうか?」とTさん。
「いや、かまわないよ」私はあっさりとOKした。
「え?ホントですか?じゃあ、いまここでお願いします」
「ええ!?ここで?」
研究室の扉ごしに廊下をみると、Tさんのほかに2人の学生が立っていた。2人とも、面識のない学生である。お笑いサークルの仲間なのだろう。
研究室が狭いので、廊下に出て撮影することになった。
「彼と並んでいるところを撮ります」とTさん。
「ええ!?」
面識のない2人の学生のうちの、1人が女子学生、1人が男子学生だったのだが、そのうちの男子学生と並んで写真を撮る、というのである。
ますます不可解である。どうして、面識のない学生と私が並んで写真に写らなければならないんだ?
「じゃ、並んでくださーい。笑ってくださーい。10秒で済みますから。はい、チーズ」
カシャッ!
面識のない学生のうちのもう1人が、デジカメで写真を撮った。どうやら写真係らしい。
「ハイ、よく撮れてますよー」と、写真係の女子学生がデジカメの画面を私に見せた。「あとでプリントアウトしてお渡ししましょうか?」
「いらないよ!」
何で見知らぬ学生と写っている写真をもらわなきゃならないんだ?
「どうしてこんな写真を4年生にあげるの?」
「ふつうの写真じゃつまらないと思って、どういう写真だったら面白いかを考えたんです。そしたら、知らないオジサンが写っている写真だったらシュールで面白いんじゃないかと…」とTさん。
オジサン、て…。
「この写真を先輩たちに渡したときに、『誰だよ、このオジサン!』とツッコまれるのを期待しているんです。いわゆるお笑いの専門用語でいう『ツッコミ待ち』ってやつです」私と一緒に写真に写った男子学生が、得意げに語った。
だからオジサン、て…。
「まさか先生にこんなにあっさりとOKしていただけるとは思いませんでした。おかげで4年生にウケること間違いなしです!ありがとうございました」
3人は満足そうな顔である。
うーむ。本当にウケるのだろうか?
もしウケなかったら、単なる「キモいオジサン」で終わってしまうんじゃなかろうか。
それにしても最近のお笑いは、シュールすぎてよくわからない。
私は痛い右尻を手でさすりつつ、笑いながら去ってゆく3人の後ろ姿を見つめながら、しばし茫然と廊下に立ちつくしていた。私の頭の上には大きな「?」マークが出ていたことだろう。
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