七五調には御用心
2月8日(火)
前回にひきつづき七五調の話。
最近は散歩をしながら、七五調のことばかり考えている。
七五調のタイトルは、なぜ私の身体にしみついているのか?
バブル期以前の七五調のタイトルを思い出してみた。
近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」(1981年)
チェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」(1983年)
テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」(1986年)
これらはいずれも、私が中学校から高校にかけて流行った歌である。なるほど、さがしてみるとけっこうあるもんだな。
しかし、これらの歌は、いずれも私の「七五調原体験」ではない。
では、私の「七五調原体験」は何か?
必死に記憶の糸をたぐりよせると、小学校5年生の時の思い出につきあたった。
小学校5年生の時、学校の課外活動で「音楽鑑賞クラブ」というクラブに入っていた。
「音楽鑑賞クラブ」とは、小学校のクラブ活動の時間に、音楽室でクラシック音楽を聴くという「とっても素敵な」クラブである。
といっても、当時私はそんなにクラシック音楽が好きだったわけではなかった。担任の先生に言われて、仕方なく入っていたのである。
4年生から6年生の3年間、担任だったその先生は、厳格で恐い先生で、私は何度もグーで頭を殴られたことがある。
その先生はクラシック音楽がとても好きで、ご自分で「音楽鑑賞クラブ」というクラブを作り、私もそのクラブに入ることになったのである。
最初は先生のすすめるクラシック音楽を聴いていたのだが、そのうち、「次回からは、みなさんのお気に入りのクラシック音楽を聴くことにしましょう。みなさんの好きなクラシックのレコードを持ってきて、その曲をかけながら解説をしてください。ただし、みんなが知っているような有名な曲はダメですよ。あまり知られていなくて、しかも評価の高い曲を選んでください」と、およそ小学生には難題とも思われる課題をつきつけてきたのである。
つまり、ベートーベンの「運命」とか、そういうベタな曲を封じられてしまったわけだ。
困った。全然クラシック音楽なんか知らないのに、「クラシック通」を思わせるような選曲をしなければならない。とりあえず、おこづかいを握りしめて、レコード屋に向かった。
当時はまだCDなんかなかったからね。LPですよ、LP。レコード屋のクラシックコーナーに置いてあるLPのジャケットを片っ端からとりだしては見、とりだしては見、して、やがて1枚のレコードにたどりついた。
ベルリオーズという作曲家の「幻想交響曲」というレコードだ。
なぜ、そのレコードを選んだかというと、ジャケットの絵がとても綺麗だったからである。それに「幻想交響曲」というタイトルが、文字どおり幻想的で、なんとなく魅力的である。
よし、これなら、「クラシック通」ぶることができるぞ。私はベルリオーズという作曲家のことも、「幻想交響曲」という曲のこともまったく知らないまま、「ジャケ買い」してしまったのである。
次の週のクラブの時間、私はベルリオーズの「幻想交響曲」を紹介した。
「どうしてこの曲が好きなのかい?」と先生。
どうして好きなのか、と聞かれても、私はこの曲にまったく思い入れがないのだ。
「それは、…その…、ジャケットが綺麗だったので…」
「……」
やはり私には、クラシックの素養が全然ないことを悟った。
さて、次の週のことである。
今度は6年生の女子の先輩が担当する番だった。その先輩はとてもやんちゃな人で、およそクラシック音楽とは無縁な生活をしているようにみえる。
「今日は、みなさんにこの曲を紹介したいと思います」
そう言うと、レコードの上に針を落とした。
聞こえてきた曲は、クラシックではなかった。ロックである。
しかも、しゃがれた声で、日本語の歌詞も聞き取りにくい。歌詞の意味もよくわからない。
いったい何なんだ、この曲は!?
その先輩が説明をはじめた。
「この曲は、サザンオールスターズというバンドの、『C調言葉に御用心』という曲です!」
「C調言葉に御用心」???
タイトルの意味すらわからん。
それよりなによりビックリしたのは、「クラシック音楽を選んできなさい」と先生に言われたにもかかわらず、その先輩は、ロックのレコードを持ってきた、ということである。
厳格で恐い先生のことである。いつまた突然怒り出すかもわからない。私はヒヤヒヤした。しかし先輩は、悪びれた様子もなく、嬉々としてその曲がいかにすばらしいかを説明している。
曲が終わった。
……
先生が口を開いた。
「きみ、『C調』という言葉の意味を、知ってるかな?」
「いえ、知りません」
「『C調』とは『お調子者』という意味だよ。『調子いい(ちょうしいい)』という言葉をひっくり返して『しいちょう(C調)』という言葉になったわけだ」
そこから先生は、ひとしきり日本のロック音楽史におけるサザンオールスターズの位置、みたいなことを補足説明していたように記憶する。
「今日は特別です。来週からはまたクラシック音楽を選んでくるように」
音楽鑑賞クラブで、クラシック音楽以外の曲がかかったのは、後にも先にもその時だけである。
サザンオールスターズの「C調言葉に御用心」は、私に鮮烈な印象を残した。
そう、この「C調言葉に御用心」というタイトル。これこそが、私の「七五調原体験」だったのだ!
時に1979年のことであった。
いま考えてみれば、このころのサザンオールスターズの歌のタイトルは、七五調のものが多い。
「気分しだいで責めないで」(1978年)
「思い過ごしも恋のうち」(1979年)
「チャコの海岸物語」(1982年)
ひょっとして、「七五調」の語感を私たちの世代に植えつけたのは、サザンオールスターズだったのかも知れないな。
さて、話はここで終わらない。
さらに調べてみると、「バブル期を象徴する映画」の1つである「彼女が水着にきがえたら」(1989年)の挿入歌として、サザンオールスターズの「思い過ごしも恋のうち」と「C調言葉に御用心」が使われていることがわかった。
バブル期の「流行仕掛人」は、じつは古典的な「七五調」を好むような感性の持ち主だったのだ。
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