手回しシュレッダー
3月29日(火)
久しぶりに自分の実家に帰る。
実家の近くを歩いていて見つけたフェイスハウス(しつこいなあ)。
だんだん顔だかなんだかわかんなくなってきた。
この日記には書かなかったが、2カ月ほど前の1月17日(月)に、父が手術をした。
1月5日(水)のことだったか。職場の研究室で、4年生の卒論指導をしていると、電話が鳴った。母からである。
深刻な声で、父の手術に関して、医者の先生がぜひともおまえに説明したいそうだ、と言う。
しばらくして、医者の先生から電話が来た。
「手術じたいはむずかしくないものですが、持病をかかえているために、手術中や手術後に、危険な状況におちいる可能性があります。かといって、放っておくと、この先の治療がかなり大変なものになります。手術をするかしないかを、よく考えて決断してほしい」ということだった。
「電話ではよくわからないので、直接お会いしてお話を聞きたい」と私。
2日後の1月7日(金)の夕方、東京に戻り、病院で1時間ほど、医者の先生の懇切な説明を聞いた。
「ご本人は手術を受ける気満々でしたよ。『だって、手術しなきゃ、オレ、死んじゃうんだろ』っておっしゃってましたから」と医者の先生。
父らしい言い回しだ。父がやる気ならば、こちらが何も言うことはない。
だがさすがの内弁慶な私も、この時ばかりはいろいろな考えがぐるぐると私の頭の中をかけめぐった。
1月17日(月)、約4時間の手術が終わり、術後の回復も順調だった。そして10日ほどたって退院した。
それから2カ月、今のところ、父は何の問題もなく、ふつうの生活をしている。
そして私は2カ月ぶりに、実家に帰ったのである。
前にも書いたように、父は、暇をもてあますことにかけては、右に出る者はいない。退院後も、あいかわらず暇をもてあましているようである。
今日も、私が実家の居間で昼寝をしようと横になっていると、耳元でシャカ、シャカ、シャカ、と音がする。気になって眠れない。
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ…
「うるさいなあ」
あまりに気になって起き上がると、父が何やら作業をしていた。
「何だよ?それ」
「手回しシュレッダー。買ってきたんだ」
父は、手動のシュレッダーを買ってきて、それで一生懸命、いろんな紙のゴミをシュレッダーにかけているのだ。ハンドルを手でくるくると回すと、紙が細く切り刻まれる。シャカ、シャカ、シャカ、という音は、その音だったのだ。
「何でそんなことやってるの?」
「だって、個人情報が書いてあったりするだろ。そういったものがもれたら困るから」
あのねえ。わが家みたいな一般家庭で、機密漏洩の恐れがある書類なんて、ないでしょう!そのエネルギーを、手回し懐中電灯とか、手回しラジオに使ったらどうだ。
シャカ、シャカ、シャカ…
父はひたすらシュレッダーのハンドルをまわし続ける。細く切り刻まれた紙が、ビックリするくらいの量になっていく。
暇をもてあましてどうでもいいことをする、という父の癖(へき)は、退院後も変わらない。
すっかり日常にもどったのだな、と安心した。
それよりも、3月11日の地震を経験してからというもの、2カ月前の私の心の動揺など、たいしたことではなかったのだ、と、今になって思う。
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