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片付け一夜漬け

3月10日(木)

県内の高校1年生が、総合的学習とやらで、私の研究室に「職場インタビュー」に来るという。

「何人ですか?」

「4人です」

「よ、4人!?」

困った。私の研究室は、ビックリするくらい散らかっている。学生と話すときは、いつも立ち話なのだ。4人はおろか、1人が座るスペースを確保するのがやっとである。

だがお客さんである高校生と、さすがに立ち話というわけにもいかない。私の職業に対するイメージが悪くなるのも困るしなあ。ということで、前日、一夜漬けで研究室を片付けることにした。

どんどんモノを捨てればよいのだが、一枚一枚の書類にも愛着がわいてしまい、どうしても捨てられない。

「自分の部屋は他人が掃除するにかぎる」と、ある人がエッセイで書いていたが、その通りだと思う。

それで思い出した。

大学の1学年上の先輩、Sさんのことである。

Sさんとは、年齢がほぼ同じだと言うこともあって、仲がよかった。Sさんが4年生の時、卒論が間に合いそうにない、ということになり、徹夜でお手伝いしたことがある。結局、その卒論は不合格となったのだが。で、翌年、Sさんと私はそろって大学院に進学した。

そのSさんが、数年後、就職が決まり、四国のK県に引っ越すことになった。私は、その引っ越しの手伝いもすることになったのである。

いかにも「○○荘」といった感じのぼろアパートの部屋に行くと、アパートが傾くんじゃないか、というくらいの本やガラクタが散乱していた。

ありとあらゆる書類がとってある。大学入学時のオリエンテーションパンフレットとか。

「こんなのいるんですか?」

「いるよ。とにかく段ボールに詰めて」

言われるがままに段ボールに詰めた。

極めつけは、流しの戸棚から、「峠の釜めし」の駅弁の容器が、5,6個出てきたことである。

北関東出身のSさんは、帰省するたびに、名物の「峠の釜めし」を買って食べていたのだろう。

「こんなのもK県に持って行くんですか?」

「持って行くよ」

「え、どうしてです?」

「だって、これで米を炊くかもしれないじゃん」

ええぇぇぇぇ!そんなこと、絶対あり得ない。釜めしの容器でご飯を炊く機会なんて、絶対ないだろう。

のちのち必要になるかもしれないからとっておく、というのは、ゴミ屋敷のオヤジの発想である。

「全部ですか?」

「全部」

私はだんだん腹が立ってきた。1つならまだしも、5,6個あった「釜めし」の容器をなにも全部持って行くことはないだろう。

あまりに腹が立ったので、Sさんが目を離しているすきに、釜めしの「うつわ」と「ふた」を、全然別の段ボールに、バラバラに梱包してやった。

(これで、段ボールをあけたときに、「あれ?うつわはあるけどふたがない」とか、「ふたはあるけどうつわがない」となって、さぞかし困るだろうな、ククク)

なんとも地味な嫌がらせである。

一事が万事そんな感じで、ほとんどのモノを捨てることなく、段ボールに詰めるだけ詰めて、K県まで運んでいったのであった。

さて、それから数年後。

Sさんが、結婚することになった。いまから10年以上前のことである。相手は、K県の職場で知り合った女性である。

そして私は、Sさんの結婚式に招待された。Sさんからの電話。

「披露宴で、カラオケを歌ってくんないかなあ」

「カ、カラオケですか?何でまた」

「いや、新婦の友人が何人かで、『てんとう虫のサンバ』を歌うっていうんだよ。そうなると、新郎側も1人カラオケが歌う人間がいないと、バランスがとれないだろう」

「で、なんで僕が?」

「だって、お前しかいないじゃん」

よくわからない理屈だが、たしかその前の年に私は、同じく大学院の先輩の結婚披露宴で、司会をさせられた。どうもこの時期、私は「披露宴要員」だったらしい。

「ついでにスピーチも頼む」

なんとも厚かましい先輩だ。

ということで、1曲歌うためにはるかK県まで向かうことに相成ったのである。

(俺は売れない演歌歌手か!)と苦笑した。

スピーチでは、例の「釜めしのうつわとふた」の話をした。

「あのときの『釜めしのうつわとふた』は、うまく見つかりましたか?」

高砂に座っていたSさんは、気まずそうな顔をした。

スピーチが終わり、次はカラオケである。

(地方都市のホテルで、食事をしているお客さんたちの前で、おしゃべりをして歌を歌うなんて、まるでディナーショーだな…)私は、自分がいま置かれている状況が可笑しくてたまらなかった。

歌った歌は、松山千春の「長い夜」。なぜこの曲を選んだのかは、よく覚えていない。

いま思えば、無難に「乾杯」を歌えばよかった。

(そういえば、Sさんとはもう10年くらい会ってないなあ)

…そんな思い出にふけっていると、気がついたら片付けの手がとまっていた。

(いかんいかん)

かくして夜は更けていった。

そして今日の午後、高校生4人が研究室にやってきた。

前日の努力のかいがあり、なんとあのむさ苦しい研究室で、奇跡的に4人と座って話ができたぞ!

書類が山と積まれていたテーブルも、だいぶ片付いてすっきりした。

今年の目標は、研究室の中で、お湯を沸かしてお茶を飲むことである!

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