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銭湯と散髪

とりとめのない話。

いつだったか、立川談志師匠が落語のマクラで、「色紙を頼まれると、『銭湯は裏切らない』って書くことにしてんだ」と言っていた。

「銭湯は裏切らない」。いい言葉だ。

私もそれをまねて、座右の銘を聞かれたら「カレーは裏切らない」と答えるようにしている。だいたいどこのお店でカレーを食べても、裏切られることはない、という意味。ラーメンは、たまに裏切られたりすることがあるけど。

何年か前、それを大学の後輩たちに言ったら、韓国に留学経験のある後輩が、

「でも、韓国に行ったら裏切られますよ」

と言っていた。実際、私自身が韓国で生活してみると、たしかに裏切られることが何回かあった。

だが、韓国のレトルトカレーは、私が子どものころによく食べたレトルトカレーのような懐かしい味がして、だんだんとクセになっていった。やはり最終的には裏切られない、ということなのだろう。

話を銭湯にもどすと、「銭湯は裏切らない」はやはり至言である。銭湯に入れば、生き返る心地がする。これは、いま不自由な状況に置かれている人々が、多く感じていることではないだろうか。

銭湯と同様に、気分がサッパリするものといえば散髪である。私は地震の1週間後、散髪をしたが、えらくサッパリした気分になった。

テレビのニュースで、散髪屋の主人が津波で倒壊した自分の家から商売道具のハサミを見つけ出し、避難所で散髪のボランティアをはじめた、と伝えていて、感動した。不自由でストレスのたまる生活を強いられている人たちにとって、こういう時こそ、散髪である。

だが、「散髪は裏切らない」とは、手放しでなかなか言いきれない。「こんなはずじゃなかった…」という髪型になることも、しばしばだからである。

だがまあそれはそれ。散髪が人間の気分をサッパリさせることには変わりない。

A0114028_49a42c956a44f 私の大好きな韓国映画に、「大統領の理髪師」という映画がある。町で小さな理髪店を営んでいた男(ソン・ガンホ)が、ふとしたきっかけからパク・チョンヒ大統領おかかえの理髪師となり、韓国の現代史に残るようなさまざまな事件に巻きこまれながらも、たくましく生きていく、というお話。言ってみれば「フォレストガンプ」的な映画、と思ってもらえばいい。

この映画を見た山田洋次監督が、ソン・ガンホを評して「韓国にも渥美清みたいな役者がいるんだね」と言ったという(寺脇研『韓国映画ベスト100』朝日新書)。

4988105058002 たぶん、おおかたの人は、ソン・ガンホを渥美清になぞらえることの意味をはかりかねるかも知れない。たぶんこの発言は、渥美清主演の喜劇映画「拝啓天皇陛下様」(野村芳太郎監督、1963年公開)が念頭にあってのことだと思う。「大統領の理髪師」は、まさに韓国版「拝啓天皇陛下様」なのだ。

ま、それはともかく、映画の中で、大統領はしだいに、平凡な市民である理髪師に心を開いていく。大統領と理髪師の心の交流、というストーリーが説得力を持つのは、理髪師が、いかなる階層の人びとに対しても、散髪することで心を開放する力を持っているからだろう。大統領にだって、一市民にだって、散髪による「サッパリした気分」というのは、平等におとずれるのである。

銭湯や散髪は、身分や立場にかかわりなく、すべての人びとを平等に「サッパリした気分」「生き返るような心地」にさせてくれる。だからこそいま、大事なのである。

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