おしゃべりたちの、ものいわぬ競演
たいした仕事をしているわけではないのだが、平日の仕事が思いのほか(私にとっては)忙しいうえに、咳風邪が長びき、週末はグッタリである。
それに、そう毎日毎日、面白い出来事があるわけではない。むしろ、その反対のことならば書くことは結構あるのだが、それを書くわけにもいかない。
ということで、話は先週の水曜日(5月11日)にさかのぼる。
午後、4年生のTさんが、研究室にやってきた。
「あのう…、この大学に、蓄音機ってありますか?」
「蓄音機?」
来るたびにTさんは、意外な質問をあびせて私を驚かせる。さすが、お笑いサークルの元会長である。
「どうしてまた蓄音機なんか…。わかった!コントの小道具で使うんでしょう」と私。
「いいえ」Tさんは、持っていた袋から1枚のレコードをとりだして見せた。「このレコードを聴きたい、と思って」
「なんじゃ?これは」私は一瞬おどろき、そして笑った。
「ザッツ!!トーク&TALK in花王名人劇場」というタイトルの、LPレコードである。
「これを聴きたいから、蓄音機を?」
「はい」
「あのねえ。これはLPレコードっていって、蓄音機ではなくて、レコードプレーヤーで聴くものなの。蓄音機は、戦前のSPレコードを聴くためのもので、全然違うものなの」
いちおう説明はしてみるものの、Tさんはいまひとつ要領を得ないようである。Tさんにとってみたら、レコードプレーヤーも蓄音機も同じ時代のものだと思っているらしい。
だがそれは、例えていえば、私とエノケン(榎本健一)が同時代の人、と思っているようなものではないか!
そう思うと、私は少し落ち込んでしまった。
「じゃあ、これは聴けないということですね」とTさん。「これ、市内の古本屋で100円で買ったものなので、先生にさし上げます」
「いや、…こんなのもらっても…」と私。
「でも、聴けないんじゃ仕方ありませんから…。どうぞ」
そういって、受け取る羽目になってしまった。
あらためてレコードジャケットを見ると、それはそれで面白い。
「花王名人劇場」は、日曜日の9時からフジテレビでやっていた演芸番組である。子どものころ、よく見ていたなあ。ジャケットの裏には、「昭和56年11月24日・国立劇場演芸場ライブ」とあるので、私が中1の時か。ということは、たぶん、リアルタイムで見ていたはずだ。
帯には、「おなじみトークマンせいぞろい!!」とあり、トーク(つまりは漫談)のタイトルと、演者が記されている。
「小朝のちょっといい話 パートⅡ 春風亭小朝」
「哀しみのイマージュ 明石家さんま」
「オバンの生態 すどうかづみ」
「評論家を斬る! 桂米助」
「イモの話 ビートたけし」
「モナコナルド 柳家小ゑん」
「わが青春グラフィティ 桂文珍」
そして、ジャケットの表紙には、若かりし頃の演者たちの写真がのっている。
漫談のタイトルを見ながら、(「小朝のちょっといい話」って、そういえば聞いたことがあるなあ)とか、(このころ、さんま師匠は二枚目のモテキャラで売ってたんだよなあ)とか、(米助師匠は、ボヤキ漫談をしてたなあ)とか、(すどうかづみのラジオは、むかしよく聞いたなあ)とか、(文珍師匠の「わが青春グラフィティ」は、いかにも文珍師匠らしいタイトルだなあ)とか、(ビートたけし氏の「イモの話」と小ゑん師匠の「モナコナルド」は、タイトルの意味がよくわからないなあ)とか、いろいろなことが思い起こされてきた。
たぶん、今これらの漫談を聞いたら、面白さはかなりビミョーな気がするのだが…。
そういえば、ビデオデッキが普及していなかった時代は、音楽だけではなく、番組の音声がLPレコードに収録されることが、結構あったな。
「宇宙戦艦ヤマト」なんかは、劇場で映画を1度観て、そのあと映画の音声を収録したLPレコードをくり返し聞いて、セリフを暗記していたっけ。
NHK特集の「シルクロード」も、石坂浩二のナレーションを収録しているLPレコードを買ったことがある。砂漠の砂嵐の音をバックに語る石坂浩二のナレーションを聞きながら、シルクロードの映像を想像したりしていた。
…と、そんな思い出にひたりながら、LPレコードを見つめていると、
「喜んでもらえてよかったです。じゃあ」
といって、Tさんは帰っていった。
なんとかこのLPレコードを聴く方法はないものか。
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