どしゃぶりの週末
この週末、東京はずっとどしゃぶりだった。結局、買い物に出た以外はまったく外出しなかった。こんなときは、あまりいいことがない。
5月29日(日)
朝、遅くに目を覚まして1階に下りると、妻の妹が来ていた。
プチ夫婦げんかをして、プチ家出をしたらしい。「行き先を告げずに出てきました」とのこと。ま、この夫婦ではよくあることだ。
昼食をみんなで食べながらよもやま話。
「何か趣味をもちたい」と義妹。
「語学なんかどう?韓国語とか」と妻。
「手垢にまみれた外国語は、今から勉強したくない」と義妹の反論。妻も私も、韓国語を勉強しているし、最近は妻の母も韓国語を勉強している。みんながすでにこぞって勉強している中で、出遅れて勉強をはじめるのは屈辱なのだろう。「手垢にまみれた」とは、そういう意味である。
「じゃあ中国語は?中国映画を字幕なしで見られるくらい勉強するとか」
「中国映画に興味ないし」
「じゃあ、広東語は?香港映画だと、広東語を勉強しておいた方がいいよ」
「だから香港映画にも興味ないんだってば!」
ということで、語学はあえなく撃沈。
「楽器をはじめるのはどう?学生時代に楽器をしてたじゃない」と妻の母。
「音がうるさくて練習する場所がないでしょう」
「じゃあ、手芸とかは?」何を隠そう、手芸サークルの顧問である私の提案。
すると、みんながフフッと笑いだした。
「それはやめた方がいいね」妻と妻の母が口をそろえて言う。
「どうして?」
「じゃあ、この子が中学の時の家庭科の授業で作ったエプロン、見てみる?」
そういうと、妻の母は、どこからか義妹が中学の時に作ったというエプロンを持ってきた。
「…たしかにこれはひどいですねえ」
「でしょう?」
「じゃあ、絵を描くとかは?」と再び私。
「だから、このエプロン見たら、ダメだってわかるでしょう」
「あ、…そうですね」
義妹は無類の不器用なのだ。
なかなかいいのが思いつかない。
「書道とかは?」と妻の母。
「書道ねえ。たしかにちょっとやってみたい気がする」と義妹。
「せっかくだから、書道じゃなくて、写経にしたら?」と妻。
「写経か…」まんざら悪くない、という義妹の顔。
「そうだ!米粒に写経するってのはどう?」と、私がたたみかけた。
「……」
ちょっと調子に乗りすぎた。話題を変えることにした。
「そうそう、語学っていえば、英語を勉強したいと思ってるんだけど、ニンテンドーDSだったら、英語の勉強ができそうな気がする」
ニンテンドーDSを買いたい、というのを、暗にほのめかした。
「何それ?どういうこと?」とあいかわらず、妻はそういうことにキビシイ。
「だから、ニンテンドーDSがなければ、英語の勉強ができないんだってば!」
われながら、かなり大人げない理屈である。
「DSですか?だったら、ウチにあるの、貸しましょうか?」と義妹。
「え、持ってるの?」
「私のではなく、課長のですけど」
課長とは、義妹の夫のあだ名である。ヒラ社員なのだが、見た目が課長っぽいのでそう呼ばれている。だが私には、義妹の夫が課長顔には見えない。
「え?いいの?」
「大丈夫ですよ。どうせ飽きちゃってるんだし。最近は3DSが欲しいなんてのたまっとります」
ということで、プチ家出中の義妹は、家に一時帰宅し、課長(義妹の夫)の許可をもらわず、DSを私に貸してくれた。
「マニュアルとかはないの?」私はバブル世代のマニュアル世代なのである。
「そんなものありません。やっているうちになんとかなるでしょう」
「それにしても、本当に借りちゃっていいのかなあ」
「かまいやしません。…もしうちらが財産分与だなんだってことになって揉めたら、返してください」
おいおい、穏やかでないなあ。
「そのうち、DSを勝手に貸したことが原因で、この夫婦が裁判沙汰になったりして」と妻が脅かす。
「おいおい、勘弁してくれよ。そんなの、借りたって気が重いばっかりだよ」
「結局、なんだかんだで、課長に3DSを買ってあげることで決着がついたりして。そうなったら高くつくねえ」さらに妻が脅かす。
借りたって、ちっとも楽しめないじゃないか。
まあいいや、帰りの新幹線の中で、少しやってみることにしよう。これで新幹線での楽しみができた。
夕方、新幹線に乗り込む。
すると、通路をはさんだとなりの席に、日ごろお世話になっている地元の老先生おふたりが、偶然いらっしゃった。
そして終点まで老先生のお話をうかがい、DSどころではなかった。
やっぱりどしゃぶりの日は…。
(なんとなく向田邦子風に書いてみました)
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