ラスト3行のカタルシス
6月7日(火)
JR東日本の出しているフリーペーパーに、「トランヴェール」というものがある。新幹線に乗ると、前の座席のポケットのところに入っているやつである。
6月号の特集は、「共に。~東日本、明日へのメッセージ~」。高橋克彦、佐藤賢一、林望、池内紀、泉麻人、村松友視、津本陽、内舘牧子、といった、当代きっての作家、エッセイストたちが渾身のエッセイを寄せている。さらには角田光代の巻頭エッセイもあり、さながら今月号は「エッセイの教科書」といった趣である。
言葉の渇きをいやしたい人は、こんな日記なんか読まずに、今月号の「トランヴェール」を読んだ方が絶対いいよ。
先週の土曜日、結婚式に出席するために乗った新幹線の中で、食い入るように読んでしまった。
どの人の文章も味わいがある。なるほど、「味読」とはこのことか。
個性も違う。泉麻人さんは、いかにも泉麻人さんらしい切り口で、東北へのメッセージを語っていて、好きである。やはり「文は人なり」である。
最後の、内舘牧子さんの文章もいい。
私は、内舘牧子脚本のドラマを、ほとんど見たことがないし、文章も読んだことがなかった。内舘牧子さんといえば、大相撲の横綱審議委員としての姿や、最近では、大震災復興構想会議で作業服を着ている姿くらいしか、印象がない。
「岩手山よ、ありがとう」と題された文章。2008年12月、内舘さんは、旅先の岩手県盛岡市で、突然倒れた。緊急手術が行われ、盛岡市の病院で3カ月の入院を余儀なくされた。
あるとき、看護師さんが窓のカーテンを開けると、鮮やかな岩手山が見えた。そのときの岩手山の美しさに、内舘さんは感動する。「元気をもらう」「感動をもらう」という言葉が嫌いな内舘さんも、この時ばかりは、岩手山に「元気をもらった」のであった。
そこから内舘さんのリハビリが始まる。岩手山を見たいという一心で、である。そして、毎日岩手山を眺める日が続き、次第に筋力は回復していったのであった。
最後の3行がいい。
「私は今も東北新幹線の切符を買う時、
『岩手山が見えるところ、空いていますか?』
と必ず聞く。『元気をありがとう!』と、好きではない言葉を語りかけるためだ」
この3行を読んで、不覚にも泣いてしまった。
もちろん、私の拙い紹介では、内舘さんのエッセイ全体の醸し出す雰囲気が伝わるはずもないし、もとよりこれは私の「ツボ」にすぎない。それにしても、最後の3行で、一気に持っていかれた感じがするのは、どういうわけか。
(最後の最後で、ずるいよなあ…)
この、「最後の最後で持っていかれた感じ」は、前にも一度、内舘作品で経験していることを思い出した。
子どもの頃、「特捜最前線」という刑事ドラマが大好きで、よく見ていた。その中に、「シャムスンと呼ばれた女!」というエピソードがある。
これは、内舘牧子さんがまだ無名時代に書いた作品で、内舘さんの原案を、橋本綾という脚本家が脚色した。
覚醒剤の捜査で、横浜の裏町に潜入した桜井刑事(藤岡弘)と、紅林刑事(横光克彦)。そこで、覚醒剤密売にからんでいると思われる、シャムスンと名乗る女(風吹ジュン)と出会う。すべてを失い、すっかり心を閉ざしてしまっているシャムスン。桜井刑事は、彼女を通じて、覚醒剤の組織を暴こうとする。やがてシャムスンは桜井刑事に心を開き、桜井刑事もまた、シャムスンにひかれていく。
そして桜井刑事を本気で愛したシャムスンは、自らの命とひき換えに、桜井刑事の命を救う、という悲劇的結末を迎える。
火葬場の煙突から、まっすぐにあがる煙。シャムスンの火葬に立ち合った神代課長(二谷英明)は言う。
「帰ってゆくようだな。生まれたところへまっすぐ帰ってゆくようだ」
課長の言葉をいぶかしむ紅林刑事。神代課長が太陽の方を見上げる。「…シャムスンだ」
そこで紅林刑事が、はっと気づく。「太陽?」
「…シャムスンというのは、太陽という意味だ」
「そうですか…。太陽なんですか…」
そして紅林刑事もまた、太陽の方を見上げる。
私の拙い文章力ではうまく伝えられないのが残念だが、「特捜最前線」マニアの間では、傑作とたたえられる人間ドラマである。
そのラストシーン。波止場で、桜井刑事がひとりたたずんでいる。そこに、紅林刑事のナレーションが入る。
「太陽がこの世にある限り、桜井さんはいつまでも思い出し続けるだろう。シャムスンという女がいたことを。太陽になってしまった、女がひとりいたことを…」
そしてエンドクレジット。
ここで私は号泣。
(ずるいよなあ、本当にずるい)
内舘さんにやられたのは、だからこれで2回目である。
内舘さんのラスト3行には、気をつけろ!
…といっても、この感覚がわかるのは、誰もいないだろうなあ。
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