イカを運ぶ係
7月19日(火)
相変わらずの夏バテで仕事が進む気配がまったくないが、とりあえず火曜の夕方になったので、いつもの「丘の上の作業場」に向かう。
今日も井戸端会議をしながらの作業である。
「この週末に、隣県に行ってきたんですよ」とMさん。
この団体はおもに、「実際に被災地に行って資料をレスキューする」と、「レスキューされた資料をお預かりしてクリーニングする」という2つの活動を行っている。私はもっぱら後者の活動に参加するのみである。理由は、たぶん現地に行っても足手まといになるだけだし、なにより今は本業をこなすだけで精一杯だからである。
Mさんは週末などを利用して、頻繁に被災地のボランティア活動に参加している。
「そしたら、一緒に行ったUさんの車が、高速道路を走行中に火をふいて爆発したんです」
「ええぇぇぇぇ!ホントですか!?」
「すいません。ウソです。本当は車から煙が出て、止まってしまったんです」
話題に出たUさんは、Mさんの職場の同僚である。私はUさんとは職場は違うが、同い年ということもあって、親しくさせてもらっている。少し風変わりな人だが、義理人情に厚く、真っ直ぐな性格で、私が信頼を寄せている友人のひとりである。
Uさんの車はそうとうな年代物らしく、「爆発した」というウソも、まんざらありえないことではない、と、その場の人たちは思ったのである。Uさんの車に関するエピソードが次々と披露される。
「以前は、大雨の日にワイパーが故障した、なんてこともありましたからね」
「そういえば、前にUさんに『Uさんの車は何CCなんですか?』って聞いたら、『うーん。ガソリンが何リッター入るのか、正確にはわからねえ』と答えてました。排気量を聞いたのに、ガソリンの入る量のことだと思っていたようです」
どうやらUさんは、車に対して無頓着らしい。それにしても、この場に居合わせないUさんの話でこれほど盛り上がるのだから、Uさんはみんなに愛されている、というべきであろう。
さて、今度の日曜日に、この作業に関わってきた人たちでバーベキュー大会を行おう、ということになった。
これまで学生たちを中心に、全くのボランティアでやってきたこの活動。ここらでひとつ、労をねぎらう意味で焼き肉でもして親睦を深めるとともに、さらにこれから頑張っていこう、という趣旨で行われる。
作業に並行して、何人くらい集まるだろうかとか、お肉は何人前必要かとか、予算はどのくらい必要かなど、世話人代表のKさんは計算に余念がない。このバーベキュー大会をいちばん楽しみにしているのは実はKさんなのかもしれない。この4か月間、八面六臂の活躍でこの団体をここまで成長させたのは、ほかならぬKさんなのであるから、それは当然のことである。
「ひとつお願いがあるのですが」Kさんが私に言った。
「何でしょう?」
「Tさんが、この日どうしても来られないそうなんです」
Tさんとは、この団体の世話人の一人である。Kさんは続けた。
「で、その代わりにバーベキューの差し入れとして、イカを送ってくれるというんです」
「イカですか!?」
「イカです」
Tさんは、ここから100㎞ほど離れた、海の近くの町に住んでいる。そういう事情から、「自分は行けないが、せめてイカでも…」と思ったのであろう。
「刺身用のイカと、焼く用のイカを送ってくれるそうです」
「はあ」
「そこでお願いなんですが…イカを受けとってもらいたいんです」
「…というと?」
「バーベキュー大会当日の朝にイカが届くように、宅配便で送ってもらうことにしますから、それを当日の朝受けとってもらって、バーベキュー会場まで運んでいただきたいんです」
つまり、イカの受け取り先を私の家にしてもらい、それを当日、私がバーベキュー会場まで運ぶというわけである。
「お安い御用ですよ」
というわけで、私は「イカを運ぶ係」を仰せつかったのであった。
「夕焼けがきれいですよ!」誰かが言った。その声でみんなが一斉に西の空の方を向いた。
「最近は、すっかり日が短くなりましたねえ」
こんなことを実感するのは、週に2回、夕方に丘の上で風にあたりながら作業をしているからである。
今年ほど、夕方の日の入りの変化や風の心地よさを実感する日々はない。
| 固定リンク
「クリーニング作業」カテゴリの記事
- 足をまっすぐ伸ばして!(2021.11.14)
- 登場人物の多い一日(2015.03.16)
- ぜんぶ雪のせいだ!2日目(2014.02.16)
- ぜんぶ雪のせいだ!(2014.02.15)
- 心強い仲間たち(2013.10.26)
コメント