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伝説は作られる

8月19日(金)

同世代の友人と、「オールナイトニッポン」のテーマ曲「ビター・スウィート・サンバ」の話になった。

あの曲が流れると、反射的に青春時代の思い出がよみがえる。

もともとそんなに有名な曲じゃなかったと思うのだが、オールナイトニッポンを通じて、私たちの世代では知らない者がいないくらい、有名な曲になった。

40年以上たってもまだ番組のテーマ曲になっていることなど、当初は誰が想像しただろう。

もともと、違う曲をかけるはずが、ディレクターが間違ってレコードのB面の曲をかけてしまったことが始まりだ、という都市伝説があるそうだが、それは後から付加された伝説であろう。

それで思い出した。

私は高校時代、吹奏楽部に属していた。

高校2年の春休みになると、吹奏楽部の定期演奏会を仕切る立場になるのであるが、その演奏会の一番最後、アンコールもすべて終わった最後に、「ブラックサム」という曲で締めよう、ということになった。そしてその曲を、同期のワタナベが編曲することになった。

私は知識がないのでまったくわからなかったが、その曲は、もともと金管アンサンブルの曲なのだが、それをワタナベが、木管楽器や打楽器を含めた吹奏楽用に編曲して、全員で演奏できるようにしたのである。

実際に演奏してみると、余韻を感じさせる、とてもいい曲だ、と思った。いまでもその曲を聴くと、「ビター・スウィート・サンバ」のように、高校時代を思い出すから不思議である。

さてその「ブラックサム」という曲は、とても好評で、それ以降も10年以上にわたって、高校の定期演奏会の最後の曲として必ず演奏されるようになった。ワタナベの編曲した譜面が、代々受け継がれるようになったのである。

実は驚くことにいまでも、毎年の演奏会でその曲は演奏されている。正確に言うと、高校の現役生たちによる定期演奏会ではいまは演奏されなくなったのだが、高校を卒業したOBが結成した楽団(OB楽団)がそれを引き継ぎ、いまでも演奏会の最後の曲として続いているのである。

じつに25年も続いていることになる。

私は、ほかの楽団がこの曲を演奏しているのを聞いたことがないから、もともとはそれほど有名な曲ではないのだと思うのだが、うちの高校の吹奏楽部OBならば全員が知っている、「青春の曲」なのである。

だが、この曲が演奏されはじめて数年がたつと、この曲を誰が編曲したのかなどということは、まったくわからなくなってしまった。後輩たちはいつしか、「この『ブラックサム』はS先輩が私たちの楽団のために編曲した伝説の曲だ」と、うわさするようになったのである。

「S先輩」というのは、私よりも2学年上の先輩で、高校卒業後に芸大の作曲科に入って、その後、ソロCDを何枚も出すプロのミュージシャンになった方である。高校時代から抜群の音楽的才能を発揮していて、楽団の伝説的存在となっていた。

事情を知らない後輩たちの間では、「ブラックサム」はいつの間にかそのS先輩が編曲した、ということになっていたのである!

さて、今年の5月。

OB楽団の演奏会に、じつに20年ぶりくらいに、ワタナベが聞きに来てくれた。ワタナベは大学院卒業後に会社員となり、いまもずっと社会人の楽団でホルンを吹き続けている。

演奏会が終わって会場を出ると、ワタナベがいた。

「『ブラックサム』、まだ続いているんだね」

ワタナベは照れくさそうに言った。

「後輩たちは、あの曲をS先輩が編曲したと思っているんだぜ。ワタナベが編曲したってこと、ちゃんと言わないといけないな」と私が言うと、

「でも、たぶんそのおかげで、いままで演奏され続けてきたんだろう。だからこのままS先輩の編曲ってことにしておいた方がでいいんじゃないの」

ワタナベは照れ隠しに、なかば自虐的に言った。

いまは音楽が趣味のサラリーマン。家庭ではたぶん、ふつうのお父さん。

そんなワタナベが25年前に編曲した曲が、いまも多くの人に愛され続けている。

私はそんな彼を、とてもうらやましく思う。

そんな作品を1つでも残せたら、どんなに素晴らしいことだろう、と思うのだ。

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