テーマは再会・その2
9月3日(土)
大邱(テグ)2日目。
今日は午前中から、3級の時に習ったナム先生とお会いすることになっていた。
ナム先生は昨年、オンニ(姉)とともに、日本に観光にやってきた。そのとき、私たちが浅草を案内したことは、すでにこの日記に書いた。
ずいぶん前に「9月2日に語学院に行きます」と連絡すると、「じゃあ、翌日の土曜日は私たちと一緒に過ごしましょう」とお返事をいただいたのである。
朝10時、大学の北門で待ち合わせると、ナム先生がすでにいらっしゃった。
「オンニと、ヒョンブ(姉の夫)も一緒です」
ナム先生の後ろに、オンニと、見知らぬ男性が立っていた。
「オンニが、昨年12月に結婚したんですよ!」
「それは知らなかった。おめでとうございます」
ありがたいことに、ヒョンブは車を出してくれたのである。
4人が車に乗って出発する。ヒョンブは気さくな人で、すぐに親しくなった。「キョスニムのことは、義妹からいつも聞いているので、はじめてお会いした気がしませんよ」とヒョンブ。
「そうでしたか」
「今日はどこに行きましょうか。以前に、大邱市内の名所をまわりたいって、おっしゃってたでしょう」とナム先生。事前に私は、そういう希望を出していた。ナム先生は運転免許を持っていないため、あまり遠くには行けないだろう、と思ったからである。
「ほかにキョスニムが行きたいところはありますか?今日は車があるので、どこへでも行けますよ」
私はしばらく考えて言った。
「市外でもいいですか?」
「いいですよ」
「実は、前から行きたいと思っていたところがあるんです」
「どこですか?」
「ちょっと遠いかも知れませんが…、ミリャン(密陽)です」
「ミリャン!?」
ミリャンは、慶尚南道にある小さな町である。
以前、この町を舞台にした映画が作られた。タイトルは、ずばり「ミリャン(邦題:シークレットサンシャイン)」である。
この映画には、私が大好きな俳優、ソン・ガンホが出ている。そればかりでなく、作品としても素晴らしい。カンヌ映画祭でも賞を取ったことで知られる。韓国映画の底力を見せつけた屈指の名作である。
内容はやや難解だが、それだけに、何度見ても、見るたびに新しい発見がある。
私はそのロケ地を、いちど見てみたかったのである。
「遠いでしょうか」私が心配して聞くと、
「大丈夫ですよ。大邱から70キロくらい離れているところなので、1時間半もあれば行けます」とヒョンブ。
「実は私たち、ミリャンに行ったことがないんですよ」3人とも、ミリャンははじめてらしい。「ちょうどいい機会だから、ぜひ行きましょう」
ということで、午前中に大邱の名所をまわったあと、午後にミリャンに行くことになった。
午前中にまわった大邱市内を歴史的名所は、大邱の中心街に位置しながら、これまでほとんど注目されていなかった場所である。ところが1年近く前、韓国KBS放送のバラエティ番組「1泊2日」でとりあげられてから、急激に市民に知られるようになり、いまでは市外からも観光客が訪れるという。ナム先生も、生まれたときから大邱に住んでいながら、この場所を知ったのはつい最近なのだという。
「キョスニムが見てまわりたい、とおっしゃったので、実は何日か前に下見に来たんですよ」とナム先生。私も、ナム先生に浅草をご案内する前に、下見を計画していたことを思い出した。
やや遅い昼食をとったあと、いよいよミリャンに向かう。
2時半に大邱を出て、1時間半ほど、田園風景の広がる田舎道を車で走る。そして午後4時、ミリャン駅に着いた。
ミリャン駅もまた、映画のロケ地となった場所である。
駅前は大きな広場になっていて、映画の場面をパネルにした看板があちこちに立っていた。私は興奮して、写真を何枚も撮りまくった。
「私も好きなんですよ。ソン・ガンホ」とヒョンブ。「『ミリャン』も何回も見ました。でもいちばん好きなのは『反則王』です。あれは、ソン・ガンホにしかできない役です」
ヒョンブは、映画「ミリャン」の細かなシーンまでよく覚えていた。私たちは、映画のシーンを思いうかべながら、ロケ地巡りを楽しんだ。といっても、盛り上がっていたのは、もっぱら私とヒョンブの二人だったが。
夕方6時半、大邱に戻り、東大邱駅の近くで夕食を食べる。
そして夜8時、いよいよお別れである。
窓口で釜山駅行きのKTXの切符を買うと、「私たち、ホームまでお見送りしますよ」と言ってくれた。
駅のホームで見送られるなんて、たぶん人生ではじめてである。
「僕たちもいつか日本に行ってみたいです」とヒョンブ。
「ぜひ来てください。今度は私たちが案内しますよ」
「今度は、いつ大邱に来られますか?」
「さあ、わかりません」
「こんどいらっしゃったら、サムギョプサル(豚の三枚肉の焼肉)を食べながら、焼酎を飲みましょう。そのときは、僕の友達も連れてきますよ」
「いいですねえ。そうしましょう」
列車がホームに入ってきた。
「今日は本当に楽しかったです。おかげで私の夢が実現しました」と私。ここでいう「夢」とは、ミリャンに行って映画のロケ地をめぐることである。
「私たちもですよ、キョスニムのおかげで、行ったことのないミリャンに行くことができて、ほんとうによかったです。どうか日本までお気をつけて」
列車に乗るとドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。3人は見えなくなるまで、私に手を振った。
釜山のホテルに戻ると、さっそくナム先生からメールが来ていた。今日写したばかりの写真を、メールに添付して送ってくれたのである。
「ヒョンブが、キョスニムのことをとてもいい人だといっていました。あまりちゃんとしたおもてなしができなくて残念でしたけど、私たちはとても楽しかったので、キョスニムも楽しまれたのだろうと思うことにします。またお会いする機会もありますよね。今度は○○さん(私の妻)と一緒に、ぜひお会いしましょう」
今回の旅であらためて気づいた。「お別れする」とは、「再会を約束する」ことなのだ、と。
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