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コバヤシとの再会

8月31日(水)

3日間のハードな共同調査が終わり、解散後の夕方、福岡市の中心部に向かう。

福岡に住んでいる高校時代の友人、コバヤシに会うためである。

コバヤシについては、このブログにたびたび書いてきた。高校時代、最も長い時間をともに過ごした友人である。高校の後輩であるオオキとフジイさんの結婚披露宴で、二人で漫才スピーチをする予定だったのが、3月11日に震災が起こって、二人とも披露宴自体に出席できなくなってしまった。私が福岡に調査に行くこの機会に、会うことになったのである。

事前に「美味しい魚が食べたい」とだけ書いてメールを送ったら、どうやら店をあれこれと吟味してくれたらしい。

「いろんな人に、おすすめの店を聞いてみたんだぜ。それに下見までしたし。2次会はバーで飲んで、最後はラーメンで締めるぞ」ずいぶんな力の入れようである。

「ずいぶん忙しいな」

「そうだ。だからボヤボヤしていられないぞ」と、1軒目の店に入る。

こじんまりしたその店は、私が地元でよく行った「ひいきの店」の雰囲気に近かった。

席に座るなり、コバヤシが言う。

「悔しいことに、お前のブログをたまに読んでしまうが、相変わらずどーでもいいことをダラダラと書いているな。バーベキューの話とか、夕食の店を探しに行った話とか、読んだあとで『ああ、時間の無駄だった』と後悔するんだ」

「なんだ。結局読んでるんじゃないか」

「いや、面倒くさいんで斜め読みだよ。だいいち長すぎるんだよ。クドいんだ!ごくたまに、いいことは書いているんだが、それよりもどーでもいいことを延々と書いていることが多くて閉口する」

相変わらずひどい言われようである。

「じゃあ、読んでいる人たちはみんなそう思っている、ってことか」

「おそらくそうだろうよ。あれじゃ読む人がかわいそうだ。俺があれを読んで思うことは、『人間てのは、いくつになっても変わらないものだ』ということだ」

私の高校時代をよく知るコバヤシは、このブログに私の人間性のすべてが集約されていることを指摘した。

出てくる料理に舌鼓を打ちながら、いろいろ話をする。たぶん、こうして2人でじっくり話すのは、15年ぶりくらいである。

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(左上)「ごまさば」(福岡の郷土料理)

(右上)呼子のヤリイカの活き造り

(左中)タラバガニ

(右中)鯛のあんかけ

(左下)フグの唐揚げ

(右下)明太子茶漬け

「最近、唐津焼に凝ってるんだ」とコバヤシ。月に一度、唐津に通っているという。「家が近いから、ちょっと寄って見てみるか」

ということで、店を出て、コバヤシのマンションに行き、唐津焼を見せてもらう。

Photo 「ずいぶんあるねえ」

「ついつい買っちゃうんだよ」そう言うと、コバヤシは一つ一つ説明した。「これで車一台くらいは買えるな」

「一口に唐津焼といっても、絵唐津、斑唐津、朝鮮唐津など、いくつか種類がある」という話からはじまって、「焼き物は実際に使ってこそ味が出てくる」という話など、まくし立てるように蘊蓄を語りはじめる。

昔からコバヤシは趣味人だった。ジャズに凝っていたコバヤシから、高校時代はジャズの蘊蓄をひとしきり聞かされたし、大学に入ってから「そば」に凝り、二人で東京のそば屋をまわりながら、そばの蘊蓄をひとしきり聞かされた。

あの頃と変わっていないのは、私よりもむしろコバヤシではないか、と、聞きながら思った。

話がひとしきり終わって、コバヤシは唐津焼の「ぐい飲み」を一つ持ってきた。

「これ、お前にやるよ」

「いいのかい?」

「ああ。衝動買いしたんだけど、どうもあまりしっくりこなくってな。だからあまり使ってなくて、なんとなく後ろめたいんだ。お前に使ってもらえれば、焼き物も喜ぶ」

「そうかい」ということで、ありがたく頂戴した。

「さ、2次会に行こう」コバヤシのマンションを出て、中州に向かう。行きつけのバーに連れていってくれる、というのである。

バーなんてところにはじめて行ったんだが、店に入ると、カウンターがあって、後ろの棚に洋酒のビンがずらっと並んでいて、カウンターの中には、蝶ネクタイを締めてスラッとした益田喜頓みたいなおじいさんが、バーテンダーをやっている。バーテンダーのおじいさんは、カウンターの客の喋りに黙って耳を傾け、ときどき相づちを打っている。店の中では、話のじゃまにならない程度の大きさで、ジャズが流れている。

まるで映画に出てくるようなバーである。

そこでまたコバヤシが、ブランデーに関する蘊蓄を語りはじめたことは言うまでもない。

話しているうちに、聞き覚えのある音楽が流れてきた。

「おい、この曲!」と私。

「ああ、ソニー・ロリンズの『セントトーマス』だろ」とコバヤシが反応する。

「覚えているか?この曲は俺が高1の時にはじめて聞いたジャズのスタンダードだ」

「そうだったのか?」

「しかも、ソニー・ロリンズではなく、お前のテナーサックスで最初に聞いたんだぞ!」

コバヤシは苦笑した。高校1年の時、吹奏楽部の個人練習の時に、彼はいつもこの曲を音出しの代わりに吹いていたからだ。

つまり私はこの名曲「セントトーマス」を、ソニー・ロリンズの演奏ではなく、ド素人のコバヤシの演奏ではじめて知ったのである。

コバヤシは大学に入ってから、吹奏楽では飽きたらず、本格的にジャズの道に進んだ。大学の仲間たちと、ジャズバンドを結成したのである。

「大学時代に組んでいたバンドのメンバーで、プロにならなかったのは俺だけだ」コバヤシは半ば自嘲的に言った。「ま、甲斐性がないんだな」

コバヤシは大学卒業後、民間企業に就職し、バンドとは縁遠い生活が続いた。3年ほど前、福岡に転勤したのを機に、ふたたび、ジャズのアマチュアバンドに入って、楽器を再開した。

「いまは、純粋に楽しんで音楽をやっているよ」とコバヤシ。「自分のやりたいことを、ようやく自分のペースでできるようになったんじゃないかな」その感じは、いまの私にもよくわかることだった。

「福岡を離れたくないな」コバヤシが言う。「会社の命令で、いつかはまた福岡を離れくちゃならないだろうけど、でも、いずれ福岡にはまた戻りたいな」

「福岡で料理屋でも開けよ。お前、料理が好きだろう。料理の腕を磨いて、唐津焼の食器を使って…。そうしたら、唐津焼にも味が出てくるし、一石二鳥だろう」

「そんな簡単に言うけどな。福岡で料理屋をやるなんて、生半可なことではないんだぞ。それに、俺にはそんな甲斐性もないし」

うーむ。やっぱりコバヤシは昔と変わらない。

たぶん、こいつはこんなふうにしてずーっと趣味人として生きていくのだろう。

気がつくと、夜11時45分。「最後は屋台でとんこつラーメンだ!」

那珂川の川の流れを背にして、とんこつラーメンをすすった。

「今度は唐津を案内してやるよ。そのときは、1泊2日くらいは必要だぞ」とコバヤシ。彼が福岡にいるうちに、唐津に行ってみたい、と思った。

深夜12時16分。中洲川端の駅で別れ、最終の地下鉄で博多駅に戻った。

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