« 代官山デビュー | トップページ | 続・携帯電話の文化論 »

はるか、まるか

10月12日(水)~15日(土)

「はるか、まるか」とは、韓国語で「しようか、するまいか」という意味である。

この期間、シンポジウムでの研究発表とそれに合わせての資料調査で、韓国のソウルに行った。13日が資料調査、14日がシンポジウムである。

10月初頭に日本語文の発表原稿をメールで送ったが、例によって主催者側から何の音沙汰もない。原稿が無事着いたのか、着いたとして、翻訳が間に合ったのか、などが皆目わからないのである。

それより何より、このシンポジウムでは、各人がどんなテーマで発表するのかすら明らかになっていない。

いつものこととはいえ、やはり不安である。

実は、1週間ほど前からの足の痛みは、この不安が原因だったのではないか、と思う。

シンポジウム前日、主催者のひとりであるイさんに「打ち合わせをしましょう」と提案する。どうやら、主催者側では打ち合わせも念頭になかったらしい。

打ち合わせの席上で、はじめて発表者の原稿が配られ、他の方が何について発表するのか、その全貌が明らかになった。私の日本語文も、韓国語に翻訳されていて一安心した。

日本から来たI先生と私に、主催者の先生が質問した。

「明日は日本語で研究発表されますか?それとも韓国語でされますか?」

まずI先生が答える。

「どうしようか迷っています」

ベテランのI先生は、韓国語での発表を何度も経験されているのだが、正確を期するためには日本語で発表したほうがいいのではないか、とお思いになっているようである。

次に私の番である。

「私も迷っています」

そう答えると、主催者の方々は口をそろえて、

「日本語で発表されたほうがよろしいのではないですか?聴衆は、韓国語の翻訳文を読めば発表の内容は理解できますし、それに発表時間も短いですからねえ」

と言う。

うーむ。やはりそうか。

打ち合わせが終わった後、資料調査に居合わせていた韓国人の友人に相談すると、やはり、

「私の個人的な考えでは、日本語で発表されたほうがいいと思います」

と言う。

うーむ。本当にどうしよう。この時点で、私の頭には二つの選択肢が浮かんでいた。

1.日本語の原稿をそのまま読み上げる。

2.韓国語の翻訳文を読み上げる。

夜、ホテルの部屋に戻り、さっそく韓国語の翻訳文を音読してみた。

すると、つっかえつっかえになってしまって、とてもではないが読み上げることができない。

やはり、他人が翻訳した文章を読んでもダメだ、という結論に達した。

といって、今から自分で韓国語の原稿を作る時間的余裕もない。

そこで、3番目の選択肢が浮かんだ。

3.日本語の文章を見ながら、その場で即興で韓国語に翻訳して発表する。

さて翌朝。

韓国語が堪能なHさんに聞いてみた。

「他人が翻訳した韓国語の原稿を読みながら発表するのと、自分が書いた日本語の原稿を見ながらその場で韓国語に翻訳しながら発表するのとでは、どちらがやりやすいでしょうか」

「後者のほうがやりやすいかもしれませんね。他人の翻訳した文章は読みにくいことが多いですから」とHさん。

ここで、選択肢は1と3に絞られた。

午後1時半、いよいよシンポジウムが始まった。

この時点で私は、日本語で発表するか、韓国語で発表するかをまだ決めていない。

(さてどうしよう…)

相変わらずの優柔不断ぶりである。発表の時間は刻々と迫っている。

プログラムに記された発表の順番をみると、私の前が、日本から来たI先生である。

(そうだ!こうしよう)

もし仮に私の前のI先生が日本語で発表されたら、私も日本語で発表することにしよう。逆に、I先生が韓国語で発表されたら、私も韓国語で発表することにしよう。

かくして運命の選択は、I先生に委ねられたのである。

緊張のあまり、トイレに行きたくなった。

席をはずしてトイレに行く途中も、日本語で発表すべきか、韓国語で発表すべきかが、頭から離れない。

(はるか、まるか。はるか、まるか。はるか、まるか。はるか、まるか…)

心の中で繰り返しこの言葉をつぶやいた。

トイレから戻ると、ちょうどI先生の発表が始まるところだった。

さあ、I先生はどちらを選ぶのか???日本語か?韓国語か?

…………

「クンバン ソゲパドゥン…イムニダ」

韓国語だ!

ということで、私も韓国語で発表することになった。…というより、自分で勝手にそういうルールを作っただけのことなのだが。

I先生の発表がおわり、次は私の番である。

日本語の原稿を目で追いながら、即興で韓国語に翻訳して発表していく。

どれだけ伝わったかはわからないが、とりあえず30分の発表を終えた。

発表が終わり、休憩時間となった。例によって椅子に座ったまま放心状態になっていると、後ろから私を呼ぶ声がする。

振り返ると、私が大学院生の時に韓国から日本に留学していたクォンさんであった。いまは韓国の地方都市の大学で、日本語を教えていらっしゃる。

「ご無沙汰しています」とクォンさん。

「久しぶりですねえ。5年ぶりくらいでしょうか」

「韓国語、すごく上手になりましたねえ。あのときは、まったく喋れなかったじゃないですか」

「伝わりましたか?」

「ええ、十分に伝わりました」

ま、お世辞でもそう言ってくれるだけでありがたい。なにより言葉とは、何かを伝えようとする意思こそが重要なのである。

私は、韓国語で発表されたI先生に、心から感謝した。

|

« 代官山デビュー | トップページ | 続・携帯電話の文化論 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

 
 先日、某学会の日韓交流分科会の部屋に行ったら、全編英語でやりとりしてたんですが、発表者の中に日本語がしゃべれる韓国の先生がいて、発表の冒頭で「英語しか分からないフロアの皆さんもいるでしょうから、3分間だけ最初に英語でしゃべります」と(英語で)言って、要点を英語で話してから、「これで終わりならいいんですけど(これは日本語)」と、小じゃれたアメリカンジョークを入れて、日本語発表に切り替えていました。
 
 フロアからの質問(これは日本語)に対しても、「韓国の方も会場にいるでしょうし、○○先生(隣の発表者の先生)は日本語が分かりませんので、ここで問題を共有したいと思います」といって、今度は韓国語で質問をリフレーズしていました(○○先生は、すかさず日本語で「ありがとうごじゃいまーす」とアメリカンジョークをブチ込みます)。
 
 これらを踏襲すれば、まず「日本語が分からない方のために韓国語で3分だけしゃべります」とやってから、本編を日本語で発表すれば格好いいじゃないでしょうか。
 
 で、問題は合間に挟み込む「アメリカンジョーク」ですから、ここに力を入れて準備して下さいね。国際学会と言えば、アメリカンジョーク。マイクを渡されて「私、カラオケは嫌いです」とかね(こんなベタなのも堂々とやりのけていましたよ)。

 ちなみに、発表者の眼前に、韓国人の大先生らしき方が座っていましたが、やはり時間中にベルソリを鳴らされて、堂々と通話しておられました。

投稿: こぶぎ | 2011年10月17日 (月) 18時04分

なるほど、こちらも勉強になります。でもこの日記を書いた本当の目的は、たんに最初から最後まで韓国語で発表し通したことを、自慢したかっただけなんですよ。

投稿: onigawaragonzou | 2011年10月17日 (月) 23時53分

 うん、そんな感じのジョークでいいんじゃないでしょうか。

投稿: こぶぎ | 2011年10月18日 (火) 08時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 代官山デビュー | トップページ | 続・携帯電話の文化論 »