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続・ライスカレーは裏切らない

9月29日(木)

2日間の東京出張である。

会合が始まるのが午後1時。その前に昼食をとらなければならない。

思いついたのが、水道橋と神保町の間にあるライスカレー屋さんである。

すでにこの日記には2度ほど登場している。私が大学生の時によく食べに行っていたが、東京を離れてからは、なかなか行く機会がなかった。

前回訪れたのが昨年の7月だから、ほぼ1年ぶりということになる。

1年前に訪れたとき、オヤジさんが20年前と変わらず厨房ではたらいている姿を見て、ちょっと感動した。

(まだあるかなあ、あの店…)なにしろこの界隈は、飲食店の出入りが激しいのだ。

少し不安に感じながら、大通りから路地を入ると、果たして店があった。20年前からまったく変わらない店構えである。この店は、厨房を取り囲むような形で、15人ほどが座れるカウンターがあるだけの、狭い店である。

まだ12時前だというのに、席はほぼ埋まっていた。

この店の客のほとんどは、学生や若いサラリーマンの男性である。味はむかしのライスカレーそのものといった感じで、いってみればB級グルメである。しかも値段が安くて量が多い。それが男性たちに人気なのである。

席についてカウンターの中を見渡すが、オヤジさんの姿はない。

代わりに20代くらいの若い青年3人が忙しく働いていた。1年前には見なかった3人である。

「いらっしゃいませ。何にいたしましょう」

「カツカレーをお願いします」

すると、みごとな手際のよさでカツカレーが出てきた。味も量も、前とまったく変わっていない。

カレーが出てくるのも手際がよければ、それを食べる客たちの手際もよい。客たちは食べ終わると、食べた皿やコップをカウンターの机の上に置きっぱなしにするのではなく、カウンターと厨房の間を仕切っている一段高いところ(この説明でわかるかな?)に乗せるのである。厨房の中にいる店員が食器を片付けやすくするための配慮である。

「ありがとうございます。助かります」若き店員が言う。客はサッとお金を出して、席を立って出ていく。

そして空いた席に、次のお客がサッと座る。

このくり返しである。

このあたりの呼吸が、じつにみごとである。

いや、実は店員と客とのこの呼吸は、オヤジさんがいるころからずっと続いている。若い店員たちは、それを受け継いでいるのにすぎないのである。

そう言われてみると、若き3人の店員たちの、カレーを盛る手さばきから、物腰や言い回し、おつりの出し方に至るまで、オヤジさんがいたころとひとつも変わらない。

オヤジさんが、みっちりと教えたのだろうか。

いや、あるいは彼らは、もともと常連客だったのではないか、という気がしてきた。

学生時代、この店のカレーが好きで、常連客として食べていた3人。

オヤジさんが「年齢も年齢だし、そろそろ引退したい。店じまいでもしようか…」とつぶやく。

そのとき、この3人が「俺たちが続けますよ」という。彼らは、毎日のようにオヤジさんの働く姿を見ながらカレーを食べていたから、オヤジさんの手さばきや物腰、口癖を、よく見て知っていた。

こうして、客だった若者3人は、引退したオヤジさんの代わりに厨房に立つ。彼らはまるで実直なオヤジさんが乗り移ったかのように手際よくカレーを出し、客に物腰低く対応する。

店員が変わっても、味も量も変わらず、そして客の層まで変わらないのは、そんなオヤジさんの精神が受け継がれているからではないだろうか。

…なんてことを妄想している間に、カツカレーを食べ終わった。

食べ終わった皿やコップを、カウンターと厨房を仕切る、一段高いところに乗せた。

「ありがとうございます。助かります。600円です」

千円札を渡すと、手際よくおつりの400円が返ってきた。

席を立って店を出る。振り返ると、すでに次の客が私の座っていた席に座っていた。

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