韓国版「青春の門」
11月27日(日)
ソウルでの資料調査が無事に終わった。
今回の旅は、知り合いと会食をする、といった予定を入れていないので、仕事が終われば、自由に時間を過ごすことができる。
久しぶりに、映画館で映画を見ることにした。
候補は2つである。
1つは、キム・ユンソク主演の「ワンドゥギ」。もうひとつは、オム・テウン主演の「捜査本」である。
「ワンドゥギ」は韓国でベストセラーになった小説を映画化したものである。タイトルの「ワンドゥギ」とは、主人公の高校生の名前であるワンドゥクの、親しみを込めた呼び方である。
出演者の豪華さからいえば、オム・テウン主演の「捜査本」の方である。なにしろ、主演のオム・テウンはもちろん、ソン・ドンイル、チョン・ジニョン、キム・ジョンテといった、いま注目の個性派俳優も勢ぞろいしているからである。それに、たぶん予算のかけ方もこちらの方がすごいのだろう。
それに対して、キム・ユンソク主演の「ワンドゥギ」は、いたって地味な出演者である。だが私は、「チェイサー(追撃者)」「亀、走る」以来、キム・ユンソクの大ファンなのである。
私より早くソウル入りしていた妻は、すでに映画館で「ワンドゥギ」を見ていた。
「たぶん、『ワンドゥギ』は気に入ると思うよ」
「ということは、ハートウォーミングな内容ってこと?」
「まあね。私の趣味には合わないけど、でもさすがキム・ユンソクだね。面白かった」
ということで、「ワンドゥギ」を見ることにした。
地味な出演者ばかりだが、やはり私のツボにはまる映画であった。主演の高校生をつとめたユ・アインの演技が達者である。そしてもちろん、教師役のキム・ユンソクがめちゃくちゃすばらしい。ほぼ満席の映画館では、ずいぶん「笑い」をとっていた。
キム・ユンソクは、やさぐれた中年男、さえない中年男を演じさせれば、右に出る者はいない。いまや、ソン・ガンホは偉大になりすぎてしまったので別格とすれば、次に私が注目している俳優は、ほかならぬこのキム・ユンソクなのである。
さて映画の内容は、韓国版「青春の門・自立篇」といった感じである。といっても、「青春の門」のような艶っぽさや暗さは微塵もない。
ただ、「青春の門」を彷彿とさせるシーンがある。
それは、主人公の高校生・ワンドゥクが、キックボクシングをはじめる場面である。そこでワンドゥクは、強面で無愛想なコーチと出会う。コーチ役は、韓国映画の名脇役、アン・ギルガンである。
「青春の門・自立篇」でも、主人公の大学生・信介がボクシングジムに通う場面がある。そこでやはり、強面で無愛想なコーチと出会うのである。浦山桐郎監督版(1977)では、主人公の大学生・伊吹信介役が田中健、そしてコーチ役が高橋悦史であった。
このアン・ギルガンと高橋悦史は、雰囲気がそっくりである。つまり、典型的な「ボクシングのコーチ」顔といえよう。
主人公が、ボクシングに自分の生き甲斐を見いだすところや、対戦相手にコテンパンにやられるところ、それを無愛想ながら温かく見守るコーチの姿、なども、「青春の門・自立篇」を彷彿とさせる。
そもそも、周囲のクセのある人たちに支えられながら主人公が成長していく姿は、まさに韓国版「青春の門」と呼ぶにふさわしい。
こういう、カッコいい人や美しい人がひとりも出ない、地味だけれどもおもしろい映画こそが、韓国映画の底力である。
そしてキム・ユンソクこそ、私がめざすところの「さえないオヤジ」なのである。
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