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メイン・イベントの日

12月20日(火)

午前中、職場の廊下を歩いていると、すれ違うたびに、

「今朝のテレビ、見ましたよ」

と言われる。どうやら昨日の取材がニュースで放映されたらしい。

でも、何度も言うように、テレビをいくら見ていても、それが講演会の集客につながらなければ、まったく意味がない。選挙にたとえれば、浮動票のようなものである。

(あ~あ。もうダメだな…きっと誰も来ないな。お客さんが来る気がしない)

例によってマイナス思考が始まる。

展示の受付をしてくれている2年生のNさんに、つい、弱音を吐いた。

「たぶん、今日の夕方の講演会は、お客さんが誰も来ないんじゃないだろうか」

「そんなことありませんよ。少なくとも身内である私たちは行きますから」

Nさんに励まされるとは、なんとも情けない。

こうなったら仕方がない。知っている学生とすれ違うたびに、声をかけることにした。

「夕方の講演会、もし時間があったら来てくれないだろうか」と。

まるで「ドブ板選挙」である。

さて、午後。

会場の設営もしなければならないし、お招きするT先生を駅までお迎えに行かなければならないし…と、講演会本番までに、ひとりでやることが多すぎる。

困ったので、「人手が足りないのです。助けてください」と、学生たちにSOSのメールを出した。会場の設営をお手伝いしてもらおうと思ったのである。

午後3時半、T先生を駅から職場へお連れしたあと、設営のために会場に行くと、学生が10人近く集まってくれていた。私のSOSメールを見て、駆けつけてくれたのだ。

(ありがたいなあ。こんな私にも、味方がいるんだなあ)

夕方4時半。講演会が始まった。

大きな教室は、お客さんでほぼいっぱいになった。

ふと後ろの方を見渡すと、よく知った顔が…。

こぶぎさんだ!

こぶぎさん、どんだけ私のファンなんだ!?たぶん、ここ数日のブログで、「フラグ」が立ったのだろうか(「フラグ」の使い方、これで合っているのか?)

仕事が忙しいだろうに、わざわざ片道50㎞かけて来てくれたこぶぎさんの友情に感謝した。

見渡すと、ほかにも日ごろお世話になっている人の顔がちらほらと見えた。もちろん、東京から応援に来てくれた妻も、そのひとりである。

あらためて、いろいろな人に支えられていることに、感謝した。

さて、講演会は、T先生の力のこもったお話で、予定していた2時間があっという間に終わった。

「自分の(マニアックな)話に、まさかこんなに多くの人が関心をもって聴いてくれるとは思わなかった」T先生も、とても満足しておられたようだった。

この企画をして、本当によかった、と思った。

講演会終了後、T先生を囲んで、数人でささやかな懇親会をした。

T先生のお話は止まらず、それから2時間半ほど続いたのだった。

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コメント

 ば、ばれとる。変に緊張させても何だしと思って、後ろでこっそり下向いて座ってたのに。ま、「こぶぎ」名で記帳しておいたから、しょうがないか。

 で、フラグも立っておりましたし、雪も降って客足も少なそうだし(というのはこちらだけで、現地に着いたら全く積雪なし、せっかく「雪原のトビウオ」を履いていったのに役立たずですわ)、「重大な決意」とあったので、いよいよ、その体格風貌がなんとなく相似していることを生かして、今、とても大変な、彼の国の真の領導者として名乗り出る決心でもされたと思って、今生の別れとなる前にお伺いしたわけです。

 というのは嘘で、単に「眼福の先生」を見たかっただけなのですが、こちらの分野にはなかなか居ないタイプの大先生で、楽しそうに「拓本トップ10」の話をされているのを見るにつけ、つくづく幸福な研究人生をお送りなんだろうなあ、これは「鬼瓦好き」するお方なんだろうなあ、などと思ったりして。ほっこりとした気分になりましたし、段ボールに入れっぱなしの某史料コピーも、ちゃんと読まんといかんかな、と身につまされたりもして。

 他にも、この人の名前だけは覚えて下さいの人(もう忘れてる)の拓本入手エピソードだの、その人の悪筆日記を20年かけて読んだだの、韓国書家の拓本を相当物欲しげに見てただの、清代の拓本取り名人が酔っぱらいだったと、まるで見てきたように話しているだの、クリスマス前の、いうなれば「耳福」の2時間でしたねえ。

 例の石碑に何か書いてあるかも、今回始めてちゃんと教わったわけですが、この王様については、死んでも征服地の民を墓守として近くにたくさん侍らそうとする辺りの「了見」が気に入らず、同じく戦乱に明け暮れながらもストイックに苦悩し続けたローマの哲人皇帝とは大違いで、(また色々と人となりを知れば変わるかもしれませんが)この王様へのシンパシーは感じられませんでしたな。

 なお、入場人数についてですが、ちょうど当日が卒論提出日で、何かとお忙しそうだった「前の職場」の出身学科の先生の人数分のレジュメを、ちゃんと帰りにお土産にもらって行きましたので、その数もカウントされますように。

 ただ、惜しむらくは、時間オーバーで「2人目の講演」が全カットされたことですなあ。さすが司会者が講演者を兼ねていると、役得になりますなあ。でも終了後に学食で2色ソースのハンバーグをレギュラーカレーで流し込みながらレジュメを読みまして、こちらも青年団の話を追っている時に、この県が開拓団やら部隊の派遣先やらで、満州との縁が深いことにピンときてましたので、「そこにそれがある」由来が、その線から分かるといいですね。

おまけ
 講演会の後、図書館に行きましたら新着図書の正面の所に、気になっていた本が飾ってありましたので、パパッと読んでしまいました。「都市を生きぬくための狡知」といって、タンザニアで「泣き売」するやり方が書いてある本です。ね、「寅さん」好きには目がないでしょう。これでいつ「重大な決意」をしても、古着の路上販売で生計が立てられますぜ(ただしアフリカで)。気が向きましたら、ぜひ。

おまけ2
 「テレビに出た!らしい・その2」の方も、頭欠けながらブルーレイで録画できました。ぜひもっと有名になってテレビ出演を重ねて頂き、当方の録画コレクションが増えた折りには、鬼瓦先生の「えくぼ」「あばだ」などの特徴から、撮影時期を一発で推定できる類型早見表を作りたいと思っています。

 では、ご無事でお出かけ下さい。

投稿: こぶぎ | 2011年12月23日 (金) 01時52分

先日はわざわざありがとうございました。おそらくあの場にいた同業者のほとんどは、T先生の「楽しんで研究をしている姿」に、自らをかえりみて「身につまされた」のではないでしょうか。もし同業者たちが、そう感じてくれたのだとしたら、あの講演会は大成功です。
そして学生たちが、「研究することは楽しい」「楽しんで研究している人の話を聞くことは、楽しい」などと感じてくれたら、もう何も言うことはありません。

投稿: onigawaragonzou | 2011年12月28日 (水) 00時44分

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